期待
今週最後の学校が終わり、今日も私はエド様とお庭でお茶会をしていました。
「どうしましたアイシャ。今日はずいぶんと暗い顔をしていますが、なにか悩みごとですか?」
エド様は穏やかに微笑みながら、私の顔を覗き込みます。
指摘された通り、私には悩みがあります。とても重要な悩みなのです。
「はい……。もう週末になってしまうと思いまして……」
「週末になにか悩みが?」
エド様はまったくわからないご様子で、首を傾げられました。
「週末は学校がありませんので……、エド様にお会いできません……」
学校帰りに毎日会いたいとエド様はおっしゃいましたので、私がお会いできるのは平日だけなのです。
休日にはきっとエド様もご予定があるのでしょう。
夜会に参加したり、もしかしたら大人の女性とのお約束なんかも……。
考えるだけで、胸が苦しくなります。
黙ってしまわれたエド様に視線を向けると、彼は手を握り締めてなにか考えごとをしているようでした。
「エド様……?」
「……アイシャは今日も可愛いですね。席が向かい合わせでほっとしました」
どのような意味なのでしょう?首を傾げると、エド様は頬杖をついて私に視線を向けました。
「アイシャは休日も僕と過ごしてくれるのですか?」
「そうできれば幸せですが、エド様にはご予定がありますよね……」
「ありません。今、綺麗さっぱり忘れました」
「え……?あの………」
エド様は爽やかに微笑まれましたが、王族がそんなにお暇ではないことくらい、私にもわかります。
どうしましょう……私、大変なわがままを言ってしまった気がします。
エド様、正気に戻ってください!
「エド様、私は二日くらいなんとか我慢できます。ご予定を変えられてまで、お付き合いくださらないでください」
「アイシャより大切な用事などあるはずがありませんよ」
「それではエド様の周りの方々に、ご迷惑がかかってしまいます……」
「彼らはそのためにいるのです。問題ありません」
「エド様ぁ~……」
子供の説得など通じそうにありません。
泣きたい気分になっていると、エド様は苦笑しながら立ち上がり、私の前に手を差し出しました。
「少し散歩しましょうか」
私はうなずくと、彼の手を取り立ち上がりました。
エド様は背の高い木々が植わっている小道を案内してくださいました。
こちらの木には春に綺麗なピンクの花が咲いて、とても幻想的な風景になるそうです。
私も来年、エド様とご一緒に見てみたいです。
「さきほどは少しはしゃぎすぎました、すみません。本当にたいした用事はありませんが、明後日は夜会があります。不参加でも構わないのですが、アイシャがどうしても予定を変更してほしくないのなら、一緒に参加しませんか」
「私が行っても良いのですか?」
「はい、ぜひエスコートさせてください」
夢みたいです。
いえ、夢でもまだエド様にエスコートしていただいたことはありません。
ダンスだけでも素晴らしい体験でしたのに、エスコートしていただけるなんて嬉しすぎて当日の私の心臓がとても心配です。
「エド様にエスコートしていただけるなんて、私は幸せ者ですね」
とても嬉しく思いながらエド様を見上げると、彼は突然私を抱きしめました。
「本音を言うとあまり人前には出したくないのですよ。若い男性の前では、僕などお払い箱なのですから」
「そっ……そんな、エド様より素敵な男性などおりません!」
「本当ですか?」
「はい!私はエド様が……」
大好きなのですから。
夢の中では簡単に言えた言葉が、現実の私では言う勇気がありません。
私は一番言いたい言葉を、飲み込みました。
「エド様が大人の女性の元へ行ってしまわれないか、心配です……」
飲み込んでひねり出した言葉でしたが、こちらも大胆過ぎました。
恥ずかしくなってしまい、エド様の服に顔を埋めます。
「僕の目にはアイシャしか映りませんよ」
そのようにおっしゃられては私、期待してしまいますよ。
エド様の言動の端々から好意を寄せられているように思うのは、私の思い上がりなのでしょうか。
エド様は、さきほどよりきつく私を抱きしめました。
苦しいはずなのに心地よいと思ってしまった私は、いよいよ頭がおかしくなってしまったようです。
翌朝、私は早朝に飛び起きました。
「クッ……、クッキーを作らなくては……!」
私は寝間着姿のままショールを肩にかけて、部屋を飛び出しました。
このような恰好で歩き回ってははしたないと叱られるでしょうが、時間がないのです。
午後にはエド様とお会いするお約束をしているのですから。
夢でエド様に手作りクッキーをお渡ししたところ、とても喜んでくださいました。
私はこの夢を正夢にすべく、手作りクッキーを作るため調理場へ向かいました。
っと言っても、私はお料理などしたことがありません。
朝食の準備で忙しく動き回る料理人に頼み込み、朝食後にクッキーの作り方を教えてもらう約束を取りつけました。
ほっとしながら部屋へ戻り、メイドのお小言を聞きながら身支度を整えました。
朝食後、調理場へ行くと料理人が材料を揃えて待っていてくれました。
「アイシャお嬢様がエドガー様のお心をつかめるよう、全力でサポートさせていただきます!」
妙に張り切っている料理人に教えてもらいながら、クッキー作りに挑戦です。
初めてのお菓子作りで一番苦労したのは、卵でした。
なにせ私は、生卵を割ることすら初めてだったのですから。
三回ほど割るのに失敗しましたが、なんとか殻の入らない卵を作ることができました。
ほかの材料は測るだけでしたのでさほど苦労はしませんでしたが、混ぜ合わせる作業が大変で少々手が疲れてしまいました。
お料理とは、思ったよりも体力勝負のようです。
料理人が色々なクッキー型を用意してくれたので、可愛い形のクッキーがたくさんできあがりました。
可愛くラッピングもできたので、お渡しするのが楽しみです。
午後。お約束の時間にお城へ行きますと、エド様はお庭とは別の方向へ私を案内してくださいました。
「エド様、どちらへ行かれるのですか?」
「今日は庭で母がお茶会を開いているので、城の中に入りましょう」
エド様に手を引かれ城内を歩いていると、すれ違う方々が私たちを見て驚いた表情をしています。
私が子供に見えるからでしょうか。それともエド様とは不釣り合いだからでしょうか……。
どちらにせよ、とても場違いな気がしてきました。どうしましょう……。
「エド様、私などがお城へ入っても良いのでしょうか?皆様が驚かれているようですが……」
「問題ありませんよ。皆、アイシャに驚いているのではなく、僕が女性を連れて歩いていることに驚いているのでしょう」
「え?」
「初めてなんです。女性を招くのは」
「なんだか照れますね」とエド様は微笑まれます。
女性に絶大な人気があるエド様が、女性をお招きしたことがないだなんてとても信じられませんが、エド様の表情は冗談を言っているようには思えません。
いったいどういうことなのでしょう。
今までダンスもお誘いしたことがなかったようですし、エド様は女性に興味がないのでしょうか?
案内されたエド様のお部屋は、あまり飾り気のない落ち着いた雰囲気のお部屋でした。
シンプルながらも素敵な家具置かれていて、着飾らなくてもいつも素敵なエド様に相応しいお部屋だと思います。
ソファを勧められエド様と並んで座ると、メイドがお茶を用意してくれました。
メイドが部屋を出て行くのを確認してから、私は早速クッキーの入った袋を手に取りました。
「あの……クッキーを作ってみたのですが、よろしければお茶のお供にいかがですか」
おそるおそるラッピングしたクッキーの袋を差し出すと、エド様は驚いたようにそれを見つめました。
「もしかして、アイシャが作ってくれたのですか?」
「はい。料理人に教えてもらいながら初めて作ったので、味の保証はできませんが」
料理人自慢のレシピで作りましたので味見した時は美味しかったですが、お茶会でいつもいただくお菓子もとても美味しいものばかりですので、エド様のお口に合うか少し心配です。
「アイシャの手作りクッキーが食べられるなんて、とても嬉しいです。ありがとうございます、アイシャ」
エド様はとても嬉しそうに袋を受け取ってくださいました。夢の中のエド様もこのように喜んでくださったのです。
二度もエド様に喜んでいただけるなんて、とても幸せです。
リボンを解いて中身を覗いたエド様は、何個かクッキーを取り出して形の違いを楽しまれました。
三種類の味を何個もある型で抜いたので、全て違う見た目になっています。
エド様はクッキーを眺め終えると、袋に戻しました。
食べてくださらないのでしょうか?
成り行きを見守っていると、エド様は私に視線を移して微笑まれました。
「アイシャ、食べさせてくれませんか?」
なっ、なにを言っておられるのですか、エド様。
このような展開は、夢にはありませんでした……。





