エドガーとオーランドの静かな戦い
番外編は別小説にしていましたが、こちらに一括することにしました。
途中まで連載していたものを、SSに改稿して掲載させていただきます。
今日は私達の婚約を祝した舞踏会がお城の大広間で開かれていて、先ほどまでずっとご挨拶を受けていました。
エド様の掛けられた魔法は解けてしまいましたが、沢山の方々にお祝いの言葉を頂けたので、私達の婚約に反対している貴族は大っぴらにはいないことが分かり少しほっとしています。
特に公爵家の方々には反感を持たれるのではと思っていたのですが皆様、「貴女があのアイシャ」と言うような表現をされていて、思っていた反応と違っていて拍子抜けしてしまいました。
エド様は第一王子殿下だけでなく、ご親戚の方々にまで私の事を話していたようです。
視線を上げれば、今日も麗しいお姿のエド様と目が合いました。
「アイシャと婚約する事ができて、毎日が本当に幸せなんです。今までは夢でしか叶わなかった愛情表現も、こうしてできますし……」
ダンスの最中、エド様は握っていた私の手を口元に寄せられると、指にキスをしてくださいました。
エド様の優雅なその仕草に、会場からどよめきが起きます。
彼のダンスは常に注目の的で、しかも今日は婚約を祝した舞踏会なので尚更注目されているというのに。エド様の大胆さに私の顔は彼の瞳のように真っ赤に染まってしまいました。
――そのような愛情表現は夢でもまだされていません!
比喩表現ではなく、本当にエド様色に染まってしまった私を見た彼は、サラサラの金色の髪の毛を揺らしながら微笑まれます。
「そして、夢では見ることの無い可愛いアイシャをみられるのですから、苦労して婚約をもぎ取った甲斐があります」
「婚約していただいてから私ばかりが、その……ドキドキさせられている気がします」
「そんな事ありませんよ、聞いてみますか?」
エド様は私の頭を支えながら抱き寄せられます。
会場からはまたどよめきが起きて、私達は完全に見世物状態です。いえ、今日の主役は私達なので見世物であることに変わりは無いのですが。
恥ずかしすぎてこのままエド様の上着の中に隠れてしまいたいですが、ふとエド様に触れているほうの耳に注意を向ければ、彼が言われた通り心臓は激しく動いていました。
見上げてみるとエド様はいつもと変わらず、穏やかに微笑んでいらっしゃいます。
「わざわざご自分でドキドキすることをされなくても……」
「今日は僕達の婚約を祝した場なので、アイシャは僕の物だと皆の目に焼き付けておかなければなりませんから」
どうやらエド様は新聞だけでは安心できないご様子ですが、杞憂にもほどがあります。むしろ、心配しなければならないのは私のほうなのではないでしょうか。
公爵家からはもう婚約の打診はないでしょうが、伯爵家でも婚約出来るのだと分かれば、他の貴族令嬢がわんさか押し寄せて来るかもしれません。
そう思うと、急に不安になってきました。
婚約したからといって、確実に結婚できるわけではないのですから……。
私はダンスをしているのも忘れて、エド様に抱きつくと彼を見上げました。
「エド様、いつまでも私の物でいてくださいますか?」
「もちろんです……」
「皆さまの目に焼き付けるにはどうしたら……」
「いえ……これだけで十分です……」
エド様もエド様色に染まると、口元に手を当てて視線を逸らされました。
本日、一番大きなざわめきと共に悲鳴も聞こえたのは気のせいだったのでしょうか。
照れたエド様はとても新鮮で、可愛く思えてしまいます。
先ほどはドキドキしていたにも関わらず、いつも通りの表情をしておられましたが、照れられた今は心臓がどうなってしまっているのでしょうか。
素朴な疑問を感じた私は、再度エド様の心臓辺りに耳を当てました。
エド様の心臓は私の耳も動かせそうなほど、ドクドクと波打っています。
「……アイシャ、今聞くのは反則です……皆も見ていますし……」
そう言われてハッとしました。周りを見てみれば、エド様目当てのご令嬢やご婦人方がエド様色に……いえ、この表現は相応しくありません。皆様、真っ赤なバラのようなお顔になってこちらを見ています。
私は、公衆の面前でなんて大胆な事をしてしまったのでしょう。
「もっ、申し訳ありません……」
慌ててダンスに戻ろうとすると、ちょうど曲が終わってしまいました。
「アイシャ、暑くないですか?少しバルコニーで休みましょうか」
「はっはい!今日はとても暑いですね」
逃げるようにバルコニーへ移動すると、ため息を付きました。
エド様に視線を向ければ、彼も少しほっとしたようなお顔をしておられます。
指にキスの辺りから思い返せば、とんでもない事を皆様の前でしていたような気がしてなりません。今日はもう会場の中に戻りたくないと思っていると、誰かがバルコニーへやって来ました。
「エドガー殿下、アイシャ、改めましてご婚約おめでとうございます」
振り返れば、そこには親友のエマと彼女の婚約者様、そしてオーランド様がいました。
先ほどご挨拶したのですが、流れ作業のように終わってしまったので改めてご挨拶をし直すと、エマはニヤリと私に視線を向けました。
「先ほどは随分と仲のよろしいお二人を拝見させていただきましたわ」
エマも見ていたのですね。親友に見られたなんて尚更恥ずかしいではありませんか。
オーランド様も後を追うように口を開きます。
「先ほどのお二人を見てしまったら、誰もお二人の仲を裂こうなんて思わないでしょうね」
「ほう……、君もそう思ったのかな?オーランド」
「勿論です殿下、僕は父と同じく穏健派なんです」
「彼は穏健派だがなかなかに強かで、侮ってかかると痛い目を見る。君はどうかな?」
「さすがは第三王子ですね、よくご存じで。ですが僕はどちらかと言うと気が弱いほうなんです。学校へ入学した頃も、父と敵対する派閥の子息達によく虐められていて……、アイシャ嬢の笑顔にはいつも救われていましたよ」
そう言いながらオーランド様は私に微笑みかけます。入学してからずっと彼に挨拶したら笑顔で返してくれていたので、虐められていたなんて初めて知りました。
エマに視線を向ければ彼女は悲しそうに微笑んだので、どうやら知っていたようです。学校でもエド様の事ばかり考えていた私だけが知らなかったのでしょうか。
「おっと、今のは親しくしておりませんよ。アイシャ嬢を見て笑顔になってしまうのは今まで通りですから。では、僕はダンスの相手でも探してきますので失礼いたします」
オーランド様が逃げるようにこの場を去ると、エマと彼女の婚約者様も長居してはお邪魔になると、冷やかしながらこの場を後にしました。
黙ってしまわれたエド様が気になって見上げると、彼は難しい顔をしながら呟きました。
「彼は、僕と同じだ……」
舞踏会が終わりエド様に家まで送っていただきましたが、家に帰ってベッドに入った後も何となく先ほどの言葉が耳に残っていました。
エド様が以前、夢の中の私が心の支えだったと言われていましたが、その事をオーランド様と重ねられたのでしょうか。
ですが、私とオーランド様は本当に挨拶だけの関係だったので、深刻に考える必要は無いと思うのですが。
エド様が、必要以上に気に病まれなければ良いのですが……。
その夜、夢でお会いしたエド様はいつも通りのご様子でしたので少し安心しました。
翌日、いつものように二番目のお兄様と一緒に馬車で学校へ向かいました。
お兄様に手を貸してもらい馬車から降りると、周りの視線が一斉にこちらへ向くのはもう慣れてしまいました。
特に、エド様とご一緒に社交の場へ出た次の日なんかは、女性の視線を特に感じます。
エド様と出会った頃は私に聞こえるように陰口を叩く方も多かったですが最近では皆様、割と好意的な視線に変わっているように思えます。
彼女達にどのような心境の変化があったのかはわかりませんが、悪く思われるよりは全然良いです。
「あの……!アイシャ様、おはようございます!」
お兄様と教室へ向かっていると、下級生二人がやって来てそのうちの一人が私を呼び止めました。
「おはようございます。私に何か御用ですか?」
「その……花かごをお渡ししたくて。アイシャ様は毎日沢山受け取っているご様子でしたので、荷物になるといけないと思い遅くなってしまいましたが、よろしければ受け取っていただけますか」
「まぁ、お気遣いありがとうございます、とてもうれしいです」
「昨夜の舞踏会でのお二人はとても素敵でしたと兄が申しておりました!ご婚約本当におめでとうございます!では失礼いたします!」
彼女はチラリとお兄様に視線を向けると頬を赤くして、この場を逃げるように去っていきました。遠くの方で付き添っていた子とキャーと手を取り合っています。
「本命はお兄様だったのかしら?」
「……さぁな」
横に立っているお兄様を見上げると、少し照れた様子で彼女たちに視線を向けています。
最近、このようにお兄様目当てのご令嬢が増えているらしいのです。エマの話によると、毎日私を教室まで送り迎えしている姿が騎士のようでかっこいいのだとか。
騎士に見えるかはさておき、お兄様に助けられているのは事実です。
初めの頃は噂話から守るように私を教室まで送ってくれましたし、婚約後も大勢に取り囲まれないよううまく誘導してくれました。
改めて考えると、騎士に見えなくもない……かもしれません。
お兄様にお礼を言って教室へ入ると、自分の席に着きオーランド様に挨拶をしました。
「オーランド様、おはようございます」
「おはようございます、アイシャ嬢。昨夜は楽しい舞踏会でしたね」
「はい、お祝いしてくださりありがとうございました」
「いえいえ、殿下がアイシャ嬢をとても大切にしているのが良くわかる会でした」
「お恥ずかしいです……」
「僕はあの後、上級生の令嬢と踊ったのですが彼女は殿下のファンだそうで、僕が殿下と話してるの見ていたようで紹介出来ないかと熱心にお願いされてしまいましたよ。それから……」
「あ……あの、オーランド様」
今日の彼はどうしてしまったのですか?いつもは挨拶して終わりなのに、このように雑談してしまってはエド様とのお約束が果たせません。
「どうしました?」
「申し訳ありませんが……あまり親しく話すとエド様が悲しまれるので……」
オーランド様もエド様とお約束したはずなのに忘れてしまったのですか?私の心配を察したのか、彼は真剣な眼差しで私を見つめました。
「アイシャ嬢……、僕はアイシャ嬢との関係で重大な事に気が付いてしまったのです」
「重大な事……ですか?」
改まって言うような重大な事など、あったでしょうか。
「はい、僕達は長年挨拶をする関係でしたが、それだけでは不十分だったのですよ」
「それはどういう……」
「考えても見てください。社交界デビューしたというのに、気の利いた会話も無く挨拶だけで終わるなんて、これで紳士淑女と言えましょうか?」
「それは……」
言われてみればオーランド様の言う通りかもしれません。今だって、私から昨日のお礼を言うのが立派な淑女というものではないでしょうか。
いくらエド様に止められているからと言って、本当に最低限の挨拶ではオーランド様に対して失礼ではありませんか。
「そこで僕は考えたんです。社交界で上手くやっていくためには、練習が必要だと。僕もアイシャ嬢も少し言葉数が少ないように思うので、良かったら一緒に練習しませんか?勿論これは挨拶の一環なので、殿下とのお約束を破る事にはならないと思うんです」
礼儀作法はこれでもかと言うほど幼い頃から練習させられてきましたが、会話術はやはり数をこなさなければ上達しないのかもしれません。
私は今まで夢の中のエド様の事ばかり考えていて、あまり会話を楽しむ事をしていなかったように思えます。
エド様にも大人しい性格と言われてしまいましたし、もっと会話術を学ばなければエド様に飽きられてしまわれるかもしれません!
「わ……わかりました!是非、ご一緒に練習させてください」
「ありがとうございます、アイシャ嬢。社交界の星を目指して共に頑張りましょう」
「はい!オーランド様」
このような練習に付き合ってくれるオーランド様には感謝したいと思います。エマやお兄様方では話し慣れているので練習になりませんし。エド様はむしろ、本番ですから。
放課後、いつものようにお城へ行きエド様の執務室で宿題をしていると、上のお兄様がエド様に書類を渡しにやってきました。
二人でお仕事の話を終えた後、エド様は私に視線を向けました。
「アイシャ、最近の学校はどうですか。何か困ったことはありませんか?」
急に話を振られたので、私は少し考えました。
婚約の発表から大分日にちも経ちましたので、強引に繋ぎを持とうと近寄ってくる方も減ってきましたし、そういった方々もほとんどは二番目のお兄様に追い払われているので、私は特に困っていません。
元々存在感の薄い私でしたので、他には特にトラブルも無く至って普通の学校生活を送っています。
「特に困ってはいません、エド様……」
そう言い終えようとして、ふと今日の事を思い出しました。
「あの……エド様、オーランド様と挨拶の練習をすることになったんです」
「……挨拶ですか?」
エド様はオーランド様の名前を聞いて少し、眉間にしわを寄せられました。
ご不快になられるのは申し訳ありませんが、また黙っているとエド様に余計なご心配をかけてしまうので、事前にご報告はしておいた方が良いと思ったのです。
「オーランド様が、紳士淑女たるもの挨拶をする際には気の利いた会話も必要で、私達は今まで言葉数が少なかったので練習が必要だというのです。これは挨拶の一環なのでエド様とのお約束は破ることにならないと言われたのですが、エド様にはお話しておいた方が良いと思いまして……お嫌でしたか?」
そうお尋ねすると、エド様より先にお兄様が笑い出しました。
「ドレスを受け取らせた時の殿下と手口が似ていますね」
「……人聞きの悪いことを言わないでくれ。僕は可愛いアイシャに癒される為、こんなにも仕事を頑張っているというのに」
手口とはなんでしょうと思っていると、エド様が手招きをされたのでイスから立ち上がってエド様のお隣に行きました。
私を抱き寄せたエド様は私の頬に触れると、温かさの塊のように優しく微笑まれます。
「アイシャはその練習を必要だと思うのですか?」
「はい……私は、その……今まで夢の事ばかり考えていて、学校で碌に交流もしてきませんでしたので、会話術に不安があるのです」
お兄様がいるので、エド様の事ばかり考えていたとは言えませんが『夢の事』でエド様には十分伝わったようです。
彼は私の頬から髪の毛に手を移動させると、髪の毛を手に取り口づけなさいます。
髪の毛には神経が無いのに何だかドキドキしてしまいます。
「僕もその日見た夢を思い出すのは大好きですよ。ですが、学校で多くの人と接するのも大切な事です。その一歩となるなら僕は構いませんよ」
「ありがとうございます、エド様」
「ですが、条件が一つあります」
「条件……ですか?」
「オーランドも含め、他の男性と雑談する時には僕の話題を必ず入れてください。課題があった方が練習になると思いませんか?」
確かにただ雑談をするよりは、課題があった方が私も話しやすいですし、なによりエド様の話題には自信があります。
必ず入れるとお約束すると、お兄様が笑いを堪えながら口を開きました。
「殿下、私も一つ策がございますので、明日からでも実行させていただきます」
「あぁ、頼りにしているぞ」
何に対して策を練っているのかよく分かりませんが、お兄様は短期間で随分とエド様の信頼を得たようです。
翌日、二番目のお兄様といつものように学校へ行き、私の教室の前でお別れする筈が、何故か席まで一緒についてきます。
そして、私とオーランド様の間に屈むと、ふくれっ面で机に顎を乗せました。
「お兄様、何をしているのですか?お兄様の教室は隣ですよ」
「そんなの言われなくても分かっている。今日から片時もアイシャと離れないと決めたんだ。……まったく、アイシャのせいだぞ」
よく分からない宣言と共に文句を言われました。意味が解りません。
オーランド様のお邪魔になっていないか気になって視線を向けると、彼は軽やかに微笑みました。
「おはようございます、オーランド様。兄がここに居ても大丈夫でしょうか?」
「アイシャ嬢、おはようございます。勿論構いませよ。片時も離れたくないなんて兄上殿と仲が良いのですね」
もしかしてこの前、一緒にいる時間が減って寂しいと言っていたのが限界に来たのでしょうか。
この歳になってもまだ一緒に居たいなんて困ったお兄様です。
オーランド様は気を悪くすること無くお兄様を歓迎してくださり、その後は授業が始まるまでずっと二人で話をしていて、私の入る余地がないほどでした。
せっかくエド様の話題をしようと思っていたのに、またの機会に頑張りたいと思います。





