三年後のエドガー
エドガー視点になります
僕とアイシャが現実で出会って、約三年が経過した。
ここに至るまでにはいろいろな出来事があったが、それは別の機会にアイシャが語るかもしれないので僕は黙っておこう。
今日、十八歳の誕生日を迎えたアイシャは身長が少しだけ伸び、顔も僅かばかり幼さが消えて、順調に大人への階段をゆっくり登っている。
最近は胸も成長が始まったのだと喜んでいた。
僕に隠しごとはしないと誓ったらしい彼女は、そんなことまで報告してくれるのだから可愛くてしかたない。
隠しごとをしないおかげでハラハラさせられる場面もあったが、現実で出会った頃のようにすれ違うことはなくなり、より信頼関係を築けたと思っている。
僕はというと、相変わらず城で執務に追われている。
公爵家を継ぐのはまだ先の話になりそうなので、それまではアイシャと城で暮らすことになるだろう。
明日の会議で使う資料を読み終えると、小さく息を吐いた。
ベッドに入ってまで資料を確認しなければならないほど、僕は忙しいわけではない。
気持ちを落ち着かせるのにちょうど良いと思って持ち込んだが、結局は今日の式でのアイシャを思い出して胸が高鳴っているのだから全く意味がなかった。
隣の部屋で寝間着に着替えているアイシャも、そろそろ出てくるだろう。
アイシャと一緒に寝るのはこれが初めてではないし、今日は純粋に一緒に寝るだけと決めているので緊張することはない。
結局アイシャにはコウノトリが赤子を連れて来るのではないと、言えないまま今日を迎えてしまった。
アイシャがあまりにも楽しみにしているので、夢を壊すのも忍びなくて言えなかった。
隣の部屋のドアが静かに開くと、アイシャが顔だけをのぞかせた。
今にも泣きそうな顔をしているが、おおよその見当は付いている。
「エド様……」
「どうしました、アイシャ」
「お母様が寝間着を贈ってくれたのですが、間違えたみたいなのです……」
大方、アイシャが着るには大胆過ぎる寝間着でも贈られたのだろう。
「ほかの寝間着はないのですか?」
「侍女がせっかくの贈り物を着ないのは失礼だと、用意してくれませんでした……」
僕は軽くため息をついた。ここにも共犯者がいたらしい。
「僕はあちらを向いていますからその隙にベッドに入ってください。入ってしまえば見えませんから」
「……はい」
僕が窓側に体を向けると、アイシャは小走りでベッドに駆け込んだようだ。
背中の辺りでガサゴソ動いているのが、小動物のようで可愛い。
振り返ると彼女は潤んだ瞳でこちらを見ているが、忍耐力には定評のある僕にかかればこのような試練どうということはない。
「風邪を引いてしまいますから、こちらへ来てください」
腕を伸ばせば彼女は無防備にもすっぽりと僕の腕の中に納まる。
「これだと見えませんね」と嬉しそうだが、危険度はこちらが上なんですよアイシャ。
しばらく今日の出来事を振り返りながら他愛もない話をしてから、僕は本題に入った。
「アイシャ、これから僕たちはコウノトリを迎えることになりますが。準備が終わった時に、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「エド、と呼んでくれませんか。様はつけずに」
「ですが……」
「呼ぶか呼ばないかはその時のアイシャに任せます。けれど、アイシャもきっとそう呼びたくなると思うんです。きっと幸せな気持ちになれますよ」
アイシャは少し考えると「わかりました。エド様がそこまで言われるのでしたら、そうお呼びするとお約束いたします」と笑顔で請け負ってくれた。
これで僕たちは、より夫婦らしくなれるだろう。今からとても楽しみだ。
それからアイシャは、頬を染めながら遠慮がちに僕を見た。
「あの……エド様、私もお願いがあるのですが……」
「なんでもどうぞ」
「その……代わりといってはなんですが。その時がきたら、エド様には敬語を使わないでいただきたいのです。そのほうが夫婦っぽい気がして……」
恥ずかしいのか最後の方は僕の胸に顔を埋めながら、アイシャはそう言った。
こんな可愛いお願い、今からでも構わないが楽しみを取っておくのも良いだろう。
「アイシャの望むままにしましょう。もちろんその時にはアイシャも敬語はやめてくれるんですよね?」
「え……、それは……その」
「そのほうが夫婦っぽいと思いますよ」
「わ……わかりました。努力してみます」
重大な決意でもしているように拳を握りしめているアイシャが、とても愛おしい。
「大好きですよ、アイシャ」
アイシャの頬に手を添え唇を重ねる。
コウノトリを迎える準備は、アイシャに合わせてのんびりと進める予定だ。
唇を離せばアイシャは真っ赤な顔でうつむきながら「私も大好きです、エド様」と言うのだから、僕の心はそれだけで満たされている。
その日アイシャと見た夢は、コウノトリが赤子を運んでくる夢だった。
人間の赤子だけではなく、動物や魚の子まで運ばれてきては、雲の揺りかごに寝かされていく。
彼女は嬉しそうに赤子の世話をしている。
「エド様~、ミルクが全然足りません……どうしましょう」
次から次へと運ばれてくる赤子に、手が追いつかなくなってきたようだ。
アイシャは我が子を自らの手で育てたいと言っていたので、僕も子育てに使える夫だと示しておかなければならない。
「ミルクは僕に任せて、アイシャは赤ちゃんを」
「申し訳ありません、お願いします」
そこらに浮かんでいる雲をこねて哺乳瓶の形を作れば、ミルクの入った哺乳瓶ができあがる。
アイシャの夢はとても柔軟だ。
数個作った後は星の妖精を呼び寄せ作業を任せると、僕はできあがったミルクを抱えてアイシャの元へ向かった。
「僕も手伝いますよ」
「ありがとうございます。では、そちらの魚の赤ちゃんをお願いします」
魚はミルクじゃないだろうなと苦笑しながらも与えてみれば、胸びれを使って器用に哺乳瓶を持って飲み始める。
アイシャの夢は実に柔軟だ。
一通りミルクが行き渡ると、赤子はスヤスヤと眠り始めた。
アイシャは僕の元へやってくると、世話の様子を楽しそうに報告してくれる。
よほど子を持つのが楽しみのようだ。
「アイシャはどの子に来てほしいですか?」
「私、この子が良いです」
迷わず抱き上げたのは、僕によく似た金色の髪の毛を持つ子だった。
抱き上げられて開いた彼の瞳は、アイシャと同じスカイブルーだ。
アイシャは愛おしそうに赤子に頬ずりした。
彼女には言っていなかったが、僕の魔法は実行日も指定できる万能な代物だ。
これを正夢にしたらアイシャは喜ぶだろうか。
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、すぐに考え直した。
子は神様からの授かりものだ、事前にわかっていてはつまらないだろう。
僕はまだ見ぬ我が子に想いを馳せながら、アイシャごと赤子を抱きしめた。
こちらで本編完結となります。お読みいただきありがとうございました。
ブクマ・評価・感想ありがとうございます。とても励みになりました。
たまに番外編を掲載したいと思います。
追記:少々改稿させていただきましたが、大まかなストーリに変更はありません。





