繋がり
「アイシャ、僕は毎日貴女の夢を見ていたのですよ」
私たちは毎日、お互いの夢を見ていたというのですか……。
いくら夢に関する魔法が盛んな国だからといって、そんな偶然があるのでしょうか。
これも正夢が操っているのでは……。
「僕は毎日アイシャとの夢を報告しました。初めは子供の夢と思って暖かく見守ってくれていた夢魔法師も、月日が流れると共に段々と顔色が悪くなり、報告を受けていた両親も悲しそうな目で僕を見るようになりました。次第に僕に期待する声もなくなり一年後、僕の王位継承権は剥奪されてしまいました」
エド様は悲しそうなお顔で微笑まれます。
「僕は王位に興味がなかったのでさほど気にもしていなかったのですが、周りからは常に憐みの目を向けられるようになりました。城に仕える貴族の中には王位継承権のない僕を軽視する者も現れ、城内は住み心地の悪い場所になってしまったんです」
エド様の幼少期が、そのような悲しいものだとは思っていませんでした。
彼の区画にいる使用人や側近の方々は、良い方ばかりです。
きっとこの空間を手に入れられるために、大変な努力をなさったのでしょう。
「そんな現実から逃げるように、僕は夢の中のアイシャに依存するようになりました。夢の中のアイシャはいつも屈託のない笑顔で僕に接してくれましたから、それだけが僕の心の支えだったのです」
私がいつも笑顔だったのは、エド様が優しく接してくれていたからです。
きっとエド様の夢に出てきた私も、同じ気持ちだったのではないでしょうか。
「そしてある時、アイシャは領地の話をしてくれました。その内容があまりに現実味があったので、彼女は実在するのではと思うようになったんです。アイシャの言動から貴族だろうと見当はついていたので、彼女の話に合致する領地を必死に調べて、見つけることができました。その領地を治めている伯爵の娘がアイシャという名ということも突き止めました」
夢の内容からそこまで突き止められるなんて驚きです。
「そして僕は十五歳で社交界入りした際に、伯爵に会いに行きました。今思えばとても不躾でしたが、理由は言えないがアイシャの婚約者を決めないでほしいと伯爵に願ったのです」
エド様は「伯爵は王族からの奇妙な頼みに、さぞ困ったことでしょう」と苦笑されました。
お父様が昨日懐かしそうにしていたのは、このことだったのでしょうか。
五年も前に二人が会っていたなんて、お父様も隠すのがとても上手です……。
「アイシャに婚約者がいなかったところをみると、伯爵は僕の願いを聞き届けてくれていたようですね」
「父は、私には政略結婚は望んでいないと言っていました」
エド様は嬉しそうにうなずかれると、お話を続けられました。
「伯爵にはそう願いましたが、王族が伯爵家の令嬢を娶れないのはその時すでに承知していたので、どう出会えば良いのかとても悩みました。伯爵はアイシャを気に入ったのなら紹介してくれると言ってくれましたが、それでは将来に期待を持たせてしまうことにまります。接点のない僕たちがごく自然に出会うには魔法を使うのが確実だと思い、出会えそうな夢をひたすら待ちました。けれどアイシャとの夢はいつもメルヘンなものばかりで、とても現実にはできない夢ばかりでした。何年も待ち続けてやっとあの日、アイシャと夜会でダンスを踊る夢を見られたのです」
そこまでお聞きして気がついてしまいました。
単にお互いの夢を見ていたのではなく、同じ夢を見ていたということですか?
「ま……待ってください。それではその……、エド様と私は毎日夢でお会いしていたということですか?」
「そういうことになりますね」
私はずっと夢の中のエド様と現実のエド様は別人だと思っていたのに……。
同一視はしていましたが、同じ心を持っているとは思っていませんでした。
それでは夢の中での大胆行動の数々は、エド様もご存知だったのですか?
毎日大好きと抱きついていましたし、幼い頃などわがまま放題にエド様に遊んでいただいていました。
お……おねしょをしてメイドに怒られたと、泣きついたことだってあります。
全身が一気に熱くなって、エド様を見ていられません。
私はソファの背もたれに顔を埋めました。
「もう……恥ずかしくて、生きていけません」
「恥ずかしいのはお互い様なので、諦めましょう」
そう苦笑されますが、エド様は夢の中でもいつも優しくて素敵な方でした。恥ずかしい記憶などないと思います。
エド様は慰めるように私の頭をなでながら、続きをお話しされました。
「僕は迷わずダンスの夢を正夢にして、アイシャと出会うことができました。けれど、僕には二つ懸念することがありました。ひとつは、結婚に関する障害です。食事の際にも話しましたが、王族は血が薄まることを嫌がります。それは父も同じで、王位継承権のない僕にはいつも譲歩の姿勢を見せてくれていた父も、結婚だけは許してくれませんでした。侯爵の地位に落としてほしいと願ったこともありましたが、それも叶わず。全ての婚約の申し出を白紙に戻してくれたのが父の最大限の譲歩で、それほどアイシャといたいのなら一生独身でいなさいと言われてしまいました。もうひとつは、出会ったアイシャが夢の中のアイシャと同一人物なのかということ。あの時点での僕には、それが判断できませんでした。現実のアイシャはどちらかというと、おとなしい性格だったので」
少し落ち着いてきたのに、傷をえぐらないでください。
夢の中の自由奔放な私がとても恨めしいです。
「エド様だって……、現実では照れ屋さんではありませんか……」
「確かにそうですね。お互い夢の中のようにはいかないものです」
エド様は照れ笑いされますが、照れ屋さんなところも私は結構好きだったりします。
「現実のアイシャもとても可愛らしくて僕はすぐに惹かれてしまったのですが、どうしても夢の中での記憶があるのか知りたかったんです。僕の心の支えとなってくれていたのは、夢の中の彼女だったので。それであのネックレスを作ってみました。夢の記憶があるアイシャならばきっとわかってくれるだろうと思ったんです」
やはりあのネックレスは、夢の中で作ってくださったものを模していたのですね。
「アイシャはとても驚いてくれたので、手ごたえはありました。その後にレストランで、魚は歩くと思っていたとアイシャから聞いて更に希望が持てましたが、夢を見たという決定的な一言を待っていたのです。そしてアイシャは昨日、とうとう夢の話をしてくれました。詳しい話ではなかったけれど、幸せだったと現実なれば良いと言ってくれて、僕の夢とアイシャの夢は繋がっているのだと確信しました」
夢と現実の私が同一人物だとわかったから、あの日エド様は初めて好きだと言ってくださったのですね。
「アイシャは同時に、とても良い夢を見てくれました。王の許しが出ない以上、僕たちが結ばれるにはこの夢を正夢にするしかないと思い、僕は正夢を実行して魔法がかかっている間に契約書を交わし議会の承認を得ました。魔法がとけてしまっても夜会で僕がアイシャに婚約を申し込んだ事実は消えませんし、婚約が公式文書に残りさえすればこちらの勝ちですから。操っていたのはアイシャではなく、僕の方なんです。アイシャに話してしまったので魔法はもう解けましたが、強引に婚約を進めた僕を嫌いになりましたか?」
私は大きく顔を左右に振りました。
「嫌いになどなるはずがありません。そこまでしてエド様が私との婚約を望んでくださったなんて嬉しいです」
「良かった……。アイシャは僕を操っているのではと心を痛めていたので、同じことをされたと知ったら嫌われるのではと心配だったんです。事前に話せたら良かったのですが、誰かに話すと魔法がとけてしまいますから、議会が終了するまでは言えなかったんです。辛い思いをさせてしまいすみませんでした」
「辛い思いなんて……、今のお話を聞いたらどこかへ飛んでいってしまいました」
涙が溢れてしまいながらも笑って見せると、「アイシャ。お互いに操られていない状態で、もう一度申し込ませてください」とエド様はソファから降りて私の前に膝をつきました。
「可愛らしいお嬢さん、僕のお嫁さんになってくれませんか?」
エド様と私の夢が繋がっている証明に、これ以上の言葉はないと思います。
お嫁さんだなんてエド様は気が早すぎますが、私もあの時と同じお返事をしました。
「はい、お嫁さんにしてください」
エド様は私の頬に触れるとお顔を近づけられて、初めて私たちの唇が重なりました。





