真実
「信じていただけるかわかりませんが、私は幼い頃からエド様にとてもよく似た方の夢を毎日、今でも見続けているのです」
どこからお話しすべきか考えると、やはり私の夢はお話ししなければと思いました。
誰かに話せば見られなくなると思っていた夢を、エド様にお話ししたいと思います。
「私はその方に恋をしていたのですが、初めて参加した夜会でエド様にお会いして、彼が現実に現れたのではないかと驚いてしまいました。なぜなら、その日の出会いは夢で見た光景そのものだったのです」
夢の中のエド様と現実のエド様、お二人とも同時に失うかもしれないと思うと胸が張り裂けそうですが、私がおこなってしまった行為の対価としてはふさわしいでしょう。
「それから正夢を頻繁に見るようになりました。夢の通りにエド様が毎日お会いしてくださるようになると、私の恋の対象は夢の中の彼からエド様に代わって……、というよりは同一人物のように思うようになりました。けれど、夢の中の彼とは恋人同士のような関係でしたので、エド様との関係の違いにもどかしさを感じてしまい。夜会ではその……、一方的な感情をぶつけてしまい申し訳ありませんでした」
改めて謝罪をすると、驚く様子もなく真剣にお話を聞いてくださっていたエド様は、私の手を取り穏やかに微笑んでくださいました。
「エド様はいつもお優しく私を大切にしてくださっていたのに、一方的な感情で傷つけてしまったことをとても悔やみました。親友のアドバイスなどもあり、私はエド様のおそばにいられるだけで幸せなのだと改めて思うようになりました」
このさきをお話しするのが怖くて全身の力が入らなくなってきたというのに、心臓だけはドクドクと存在を主張してきます。
「そんな時、学校で流行している夢魔法のお店に行く機会がありました。そのお店にはいろいろな夢が見られる小瓶があり、私は好きな人と結ばれる夢という小瓶を購入しました。エド様とは身分上、結ばれる可能性はとても低いと思っていたので、せめて夢の中で幸せになりたいと思い、それを一昨日の寝る前に使用しました……」
エド様は、少し驚かれたような表情をされました。
「夢魔法は、私にエド様と婚約する夢を見せてくれました。お茶会でエド様にお話ししましたが、私はとても幸せだったのです。ですが、私は自分の夢が正夢になるということを失念していました。今までお互いに想いを伝え合う夢は正夢になったことがなかったので、当然この夢も正夢にはならないと思っていたのです。……けれど、私の予想に反して婚約の夢は正夢になってしまいました」
泣いてはいけないと思っているのに、体に力が入らなくてこらえることができず、涙が溢れてきます。
「エド様……。私は魔法を使って、エド様のお心を操ってしまったのです。エド様が抱いている私への感情は、正夢が崩れないように操作されている幻惑に過ぎないのです!」
私が言い切ると同時に、エド様は私を勢いよく抱き寄せられました。
「すみません、アイシャ。貴女がそのように思いつめていたとは考えが及びませんでした。大丈夫ですよ、僕は操られてなどいません」
「いいえ……、その感情すら操られたものなのです……」
「……アイシャ、一つ聞かせてください。僕がもし操られていない状態で普通に婚約を申し込んでいたら、喜んでくれていましたか?」
「……はい、エド様以外のお相手など考えられません」
「良かった、僕も同じ気持ちです。アイシャ、もう少しだけ辛いのを我慢してください。きっと僕たちは幸せになれますよ」
エド様は微笑まれると、私の涙を指で拭ってくださいました。
もう少し我慢したら、なにが変わるというのでしょうか……。
結局、私の話は流されてしまったようです。
操られたままのエド様には、なにを言っても通じないのかもしれません。
どうお伝えしたらわかっていただけるのでしょうかと考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえました。
エド様は立ち上がると、自らドアを開けられました。
「議会は終わったか?」
「はい、おめでとうございますエドガー殿下。婚約は無事承認されました」
婚約が承認?どういう意味なのでしょうか。
エド様は「ありがとう」と言われると、ドアを閉めて私の元へ戻ってこられました。
「そろそろ食事の時間です。話したいこともあるのですが、あまり遅くなってはアイシャの家族が心配するでしょうから、さきに食事を済ませてしまいましょう」
晴れやかなお顔で手を差し出してくださるエド様に疑問を感じつつも、私は「はい」と彼の手を取りました。
お食事を取りながら、エド様はさきほどの承認について説明してくれました。
「王族の婚約には契約書のほかに、議会での承認が必要なんです。さきほど承認されたので、僕たちは正式に婚約が認められました」
そのような手順があったとは知りませんでした。
これで本当に、取り返しのつかないことになってしまったようです……。
思わずお食事の手が止まると、エド様は真剣なお顔になられました。
「本当に僕は大丈夫なので、安心してください」
給仕がいるので明言を避けていらっしゃるのでしょう。
私はうなずくと、再びお食事を口に運びました。
エド様はお話しを元に戻されます。
「なぜ、このような法律ができたのかわかりますか?」
「……わかりません」
「この法律が作られたのは、過去に伯爵令嬢が王妃になった後なんです」
「公爵家以外から嫁がないように……、ですか?」
「その通りです。王族とそれに連なる者たちは、王族の血が薄まることを極端に恐れているのです。まれに侯爵家から嫁ぐ場合もありますが、王族の血を濃く受け継いでいる者に限定されています」
公爵家と侯爵家以外の貴族で、王族特有の美しい金色の髪の毛を持つ人を、私は見たことがありません。
今まで一度しか伯爵家から嫁いだ例がない理由が、とてもよくわかりました。
「その点、僕はすでに王位継承権がありませんから、安心してアイシャと結婚できます」
本当にそうなのでしょうか。
エド様は給仕の前なので、そのようにおっしゃられているだけのように思えます。
それともこれも、私の正夢が操っているのでしょうか……。
お食事を終え、再びエド様のお部屋へ戻りました。
「僕が操られていないと証明するには、僕の魔法に関して説明しなければなりません。王族の機密なので、聞いてしまうと婚約破棄はできなくなってしまいますが、どうしますか?」
エド様との婚約破棄など望んでいませんので、私は「聞かせてください」と即答しました。
エド様は真剣な表情でうなずかれると、話を始めてくださいました。
「僕が七歳で授かった魔法は、自分の夢を正夢にできる魔法でした。それは正夢実行の有無を選択でき、内容もどこからどこまでを正夢にするか選べるという、国にとっては大変重宝される夢でした。それによって天変地異や魔獣被害を未然に防いだり、引いては外交も有利に進められるのではないかと期待されていたのです。僕には専属の夢魔法師がつけられ、毎朝夢の内容を報告させられました。けれど、僕は毎日同じ夢しか見なかったのです」
エド様は私の手を取ると、優しく微笑まれました。
「アイシャ、僕は毎日貴女の夢を見ていたのですよ」





