二度目の
ダンスが始まれば、見学している人々の視線はエド様に向けられます。
エド様が踊られる姿は本当に優雅で、ずっと見ていたくなってしまいます。
相手が私で大変申し訳ないですが、特等席で見られる幸福に感謝したいと思います。
「アイシャはダンス中、常に僕の顔を見ていますね。そんなに僕の顔が好きですか?」
夢と同じことを言われて、自分がエド様を見すぎていたことに気がつきました。
恥ずかしくなりながらも「は……はい、大好きです」と告げると、「嬉しいです。僕も可愛いアイシャが大好きですよ」と。
今日はエド様のお言葉に、溺れてしまいそうです。
夢見心地のふわふわした気分でダンスを終えると、エド様はその場で私を抱きしめるのですから、私は気が遠のく感覚に襲われました。
「エ、エド様……」
ダンスが終わり移動しようとしていた方々も、エド様に熱い視線を送っていた方々も、それに気がつき会場はザワザワし始め、次第に私をを囲むように人の輪ができます。
逃げ場がなくなり、消えてしまいたいほど恥ずかしく思っていると、ふと耳に触れているエド様の心臓の辺りがドクドク動いていることに気がつきました。
ダンスを踊ったせいかとも思ったのですが、息を切らせている様子はありません。
――エド様……、緊張されているのですか?
気になって見上げると、エド様は心臓の音とは裏腹に穏やかな笑みを浮かべられました。
そして私から離れると、片膝を床につけられ私の手を取ったのです。
「アイシャ、僕と婚約してくれませんか?」
そのお言葉に、私の心臓はドクリと周りに聞こえてしまいそうな音で動きました。
――なぜ、あの夢が正夢になるのですか……。
今まで好きに関係する夢は、一度だって正夢になったことがなかったのに。
私の動揺とは無関係に、私の口からはスルリとあの言葉が飛び出します。
「はい。私でよろしければ……、とても嬉しいです」
どうしましょう……。
私、とんでもないことをしてしまいました。
ただの正夢ならば素直に喜べたのに。
私はあの日、夢魔法を使って意図的に婚約の夢を見てしまったのです。
正夢でエド様のお心を操ってしまったも同然ではありませんか。
罪悪感と共に瞳に浮かんだ涙は、奇しくも夢での情景と同じになりました。
あの時は、幸せでいっぱいの涙でしたのに……。
エド様はポケットから箱を取り出されると、夢で見たのと同じ赤い宝石のついた指輪を私の薬指にはめてくださいました。
そして立ち上がると、私をきつく抱きしめてくださいました。
「ありがとうございます、アイシャ。大好きですよ」
「私もです……、エド様」
会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こり、国中の貴族に私たちは祝福されたのでした。
その後、別室にエド様と私、それから私の両親が呼び出され、国王陛下と王妃殿下に謁見させていただきました。
そこで婚約の契約書が交わされ、私たちは正式に婚約を結ぶ運びとなりました。
エド様はとても幸せそうなお顔をしていて、それを操っているのは私だと思うと罪悪感で胸が締めつけられる思いでした。
かといって、証拠がない夢の話を持ち出してはエド様を傷つけてしまうかもしれませんので、私は頑張って彼に笑顔を向けることしかできませんでした。
お話も終わりお部屋を出ると、エド様は幸せをかみしめるように私を抱きしめてくださいました。
「アイシャと婚約することができて、本当に嬉しいです」
「私もとても嬉しいです、エド様」
私だって嬉しくないはずはないのです。
ずっと叶って欲しいと思っていたエド様との結婚が、一歩前進したのですから。
けれど、私がしてしまったことをエド様がお知りになったら、きっと婚約は破棄されてしまうどころか、もうお会いしてくださらなくなるでしょう。
その時を迎えるのが、とても恐ろしいです。
血の気が引く思いでいると、エド様は私の顔を覗き込まれました。
「大勢からの祝福を受けて疲れたでしょう。送りますので、今日はゆっくり休んでください」
「お気遣いありがとうございます、エド様。ですが……、今日は家の馬車が二台あるので家族と帰ります……」
「……そうですか。家族と話したこともあるでしょうし、残念ですが今日はこれでお別れですね。せめて馬車まで送らせてください」
私はうなずくと、エド様と共に馬車へ向かいました。
お兄様たちはまだ夜会を楽しみたいようなので、両親と一緒に帰ることにしました。
別れ際。
「明日は学校を休校にしておくべきでした。アイシャの学校が終わるのが、今から待ち遠しいです」
操られていても変わらないご様子のエド様に少しほっとしつつ、彼にご心配をおかけしないよう精一杯の笑顔でおやすみのご挨拶をしてから馬車に乗り込みました。
馬車の窓からエド様が見えなくなるまで手を振ってから、小さくため息をつきながら背もたれに体を預けました。
「まさかこんなに早く婚約を結べるとは思わなかったな。てっきり数年はかかるかと思っていたよ」
まるで婚約すること自体は決定だったかのように、お父様は満足そうです。
「数年後には婚約できると思っていたのですか?」
「ああ、殿下はその予定だったからな」
「……どうしてお父様がそんなこと知っているのです?」
私の知らないところで、そんなお話をされていたのですか?
不思議に思っていると、お父様は懐かしそうに眼を細めました。
「まぁ、詳しいことは殿下からお聞きしたほうが良いだろう。殿下は初めてお前を送り届けた日に、数年かかるだろうが国王陛下を説得したいと言われたんだ」
あの段階でそのように思っていてくださったなんて、思いもよりませんでした。
もっと早くに気がついていたら、夜会でエド様を困らせてしまったり、夢魔法を買うこともなかったのに……。
お父様は「こんな急に決まるとは、説得が早く終わったんだな」とほっとした様子ですが、違うのです……。
私がエド様を操ったからで、正夢の整合性を取るためにきっと国王陛下までも操ってしまったのでしょう……。
王族の方々を操るなど、重罪ではありませんか。
万が一にも、夢魔法が正夢になるかもしれないと慎重になるべきでした。
自分があまりにも浅はかで情けなくなってしまい、気がつけばまた涙が出ていました。
「まぁ、アイシャったら子供みたいに泣いて。良かったわね、殿下にこれほど愛されるなんて、きっと幸せになれるわ」
お母様が私の背中を優しくなでてくれます。
お母様に抱きついて泣きたいのを我慢して、私はなんとか涙を収めました。
誰かに甘えるなど、今の私には許されないと思ったのです。
我が家に仕えている下位貴族が先に知らせに戻っていたのか、屋敷に着くと使用人全員に出迎えられ祝福されました。
ここで妙な言動を取っては、エド様との婚約に不満があるのかと思われてしまいますので、私はなんとか笑顔を作り祝福を受けました。
疲れたのでと早めに休んだ私は、今日もエド様の夢を見ました。
夢の中でも婚約していることになっているので、エド様は「結婚式はいつにしましょうか」と嬉しそうに考えています。
「私が成人するのは三年も先なのに、気が早すぎます」と私は苦笑しましたが、結婚式もいずれ正夢になるのかと思うと恐ろしくなってしまいました。





