好き
私が落ち着くまで抱きしめてくださっていたエド様は「少し用事を思い出したので伯爵に会ってきます。また後でお茶会を再開しましょう」と言われたので、使用人を呼んでエド様をご案内してもらいました。
エド様はきっと、崩れたメイクを直す時間をくださったのでしょう。
メイドにメイクを直してもらうことにすると、明らかに泣いたであろう私の顔をみたメイドは心配そうに尋ねてきましたが、とても嬉しいことがあったとだけ告げると、安心した様子でメイクを直してくれました。
再びお戻りになったエド様とお茶会を再開したのですが、彼は延々と私の好きなところを挙げ始められたので、私はとても恥ずかしくてお茶やお菓子の味がわからないまま、お茶会は終了しました。
家族も全員が夜会に参加するようでエド様と私が乗った馬車と、お父様とお母様が乗った馬車にお兄様二人とお義姉様が乗った馬車、それに加えていつもいるエド様の護衛の騎馬が四騎、列をなしてお城へと向かいました。
本日は第一王子主催の大規模な夜会で、国中の貴族が参加しています。
この国は国土が広いため、領地を預かる貴族の数も多いのです。
大広間だけでは入りきらないらしく隣接する中広間や小広間も開放されていて、エド様の腕をしっかり掴んでいないと迷子になってしまいそうです。
第一王子殿下は普段、騎士団の団長として魔獣の多い国境の領地を守っていて、たまに王都に帰って来ては、こうした大規模な夜会を開くのだそうです。
「兄が帰って来たので、しばらくは僕の公務も減りそうで助かります」
とエド様は嬉しそうです。
第一王子殿下の元へご挨拶に行くと、殿下は騎士団の団長らしくとてもがっしりとした体つきの豪快な方、でひたすら圧倒されてしまいました。
「君があのアイシャ嬢か、エドガーから飽きるほど聞いているぞ」
殿下は私のことをご存知のようで。
エド様が事前に私のことを伝えてくださっていたなんて、それも飽きるほどだなんて……。とても嬉しくなってしまいました。
エド様は第一王子殿下にだけは剣で勝てたことがないそうで、そんなお話をお聞きすると少し不安になってしまいます。
エド様ほどの腕前ならば、魔獣退治に行かれることもあるのでしょうか。
そのことをお尋ねすると、彼は笑って私の頭をなでられました。
「辺境でもない限り、大人数が必要な魔獣退治はありません。兄が負傷することがあれば代わりに駆り出されることはあるでしょうが、あのように兄は頑丈ですから。そんなふうに心配してくれるアイシャも好きですよ」
エド様はよほどの事態でなければ危険な場所へは行かないようで安心しましたが、今日何十回目かの『好き』にはまだ慣れなくて顔が赤くなってしまいます。
お知り合いへの挨拶回りは終わりましたが、まだエド様とお話したい方々がいらっしゃるようなので、私はエマを見つけてお待ちすることにしました。
「ここから動かないでくださいね、見失うと見つけられなくなるかもしれませんので。それからダンスの誘いを受けては駄目ですよ。あと知らない人にもついて行かないでください」
次々と注意事項を述べられてから、エド様は側近の方と共にこの場を離れられました。
横で聞いていたエマは「エドガー殿下って、過保護なお父様みたいね」と笑いました。
エマの隣にいた彼も「殿下はよほどアイシャ嬢が心配なのですね」と苦笑しています。
傍らから見るとそうなのかもしれませんが、私には知らない人について行ってしまった前科があるので、なにも言えません。
それよりも私は、気になることがあるのですが。
「ところで、なぜ二人が一緒にいるのです?」
エマの隣にいるのは彼女の婚約者様ではありません。
学校で私の隣に座っている侯爵子息のオーランド様なのです。
不思議に思って首を傾げると、エマは「たまたま独り者同士、一緒にいただけよ」と、深い意味はないと笑いました。
エマの婚約者様は急に仕事で抜けられなくなったそうで、準備をしてしまったエマは暇つぶしに参加したそうです。
オーランド様は婚約者がいないそうで、元々お一人での参加予定だったのだとか。
ずっと隣の席なのに、そんなことも知らないのかとエマに言われましたが、隣の席だからといってそれほど親しい関係ではありません。
思えば彼とはどの学年でもいつも隣の席でしたが、夢の中のエド様に夢中だった私は彼に興味がなかったというと失礼ですが……、興味がなかったのです。
学校にいる男子生徒の中では、一番お話したことがありますがそれだけです。
エマとお互いの服装を褒め合った後、話題は学校で流行りの夢魔法の話になりました。
オーランド様はまだ使ったことがないそうで、私たちが使ったことにとても興味がある様子で聞いています。
エマは世界一周の旅をしたそうで、とても満足そうに話してくれました。
旅行の話を聞くと、私も外国旅行をしてみたくなってしまいました。
エド様とめぐる世界は、とても楽しいと思うのです。
私の夢はオーランド様の前ではとても恥ずかしくて言えないので、かなり内容をぼかして話しました。
私たちの夢を話し終えた後、エマが「オーランド様はどんな夢を見たいですか?」と尋ね、オーランド様はしばし考えてから私に視線を向けました。
「僕はアイシャ嬢と仲良くなる夢が見たいですね」
「私ですか?」
「ずっと隣の席なのに全然仲良くなれないのですから、せめて夢の中だけでも仲良くしてみたいと思いまして」
オーランド様が私と仲良くしたいと思っていたなんて、まったく気がつきませんでした。
そのようなこと、わざわざ夢で叶えなくても言ってくれたら良かったのに。
「お隣同士ですし、私で良ければ……」
休み時間にお話しするくらいはできますよ。と言う前に、口を塞がれ後ろから誰かに抱きしめられました。
上を向くと、エド様がにっこり私を覗き込んでいます。
「それには賛成しかねますね。アイシャには、僕だけを見ていてほしいです」
突然現れたエド様に驚きながらもコクリとうなずくと、彼は「ありがとうございます、大好きですよアイシャ」と、今まで言って下さらなかった分を、今日のうちに全て言い尽くすおつもりなのかと思うほどサラリとつけ加えます。
二人の前で言われて、私の顔は一気に熱くなりました。エド様の陰に隠れたい気分です。
エド様は私の反応に満足したご様子で微笑んだ後、オーランド様に視線を向けました。
「君は確か、宰相の息子の……」
「オーランドと申します」
「オーランド、アイシャは僕の大切な人だ。夢の中だろうが親しくするのは止めてくれないか」
「しかし隣の席同士で親しくするなとは、無理なお話ではありませんか?」
「今まではそれで、問題なかったのだろう」
エド様のご指摘にオーランド様は苦笑され「……わかりました殿下。アイシャ嬢とは今まで通り、親しくない関係を続けさせていただきます」と不思議な宣言をしました。
オーランド様はエマをダンスに誘うと、さっさとこの場を離れていきました。
やっと口を塞いでいた手を放してくださったエド様は「今の僕、わがままでしたか?」と、なんだか肩を落とされたご様子です。
「いえ、オーランド様とは今日が一番長くお話したと思うほど、普段は挨拶程度しかしませんからら。挨拶もお嫌ですか?」
エド様がご不快に思われることは、極力したくはないのですが。
彼は苦笑されながら「さすがにそれは礼儀に反しますから問題ありません」と了承してくださいました。
それでしたらオーランド様との関係はなにも変わらないので、学校生活に支障はありません。
オーランド様には悪いですが、彼にはエマと仲良くなってもらいたいと思います。
エマは誰とでも気さくに話せるとても良い子なのです。
エド様は「僕たちも行きましょうか」と私の前に手を差し出してくださいました。
「アイシャ、僕とダンスを踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
今日もエド様とダンスを踊ることができるなんて、とても幸せです。





