想い
料理人に、とにかく時間はないけれどお菓子は作りたいと伝えると、ちょうどゼラチンがあるのでゼリーが良いのではと提案されました。
ゼリーの作り方を聞いたところ申し訳ないほど簡単だったのですが、本当に時間がないのでゼリーを作ることにしました。
透明のグラスにフルーツをたっぷりと入れてゼリーを流し込むと、思いのほか可愛い見た目になったのでお出しするのが楽しみです。
暇なのか作業を見学していた二番目のお兄様も食べたいと言うので、仕方なく一緒に作ってあげました。
お兄様は「アイシャが最近、構ってくれないから寂しいよ」と作業台に顎を乗せ頬を膨らませています。
私とお兄様は年子で、兄妹と言うよりは双子のように育ったのでいつも一緒に行動していたのですが、お兄様がそのように思っていたなんて意外です。
だからといって、エド様とお会いする時間を削ってまでお兄様を構ったりはしませんが。
ゼリーを冷やしている間に、夜会の準備です。
今日は夢で着ていた、水色のドレスを着たいと思います。
『好き』に関する夢は正夢にならないことはわかっていますが、星屑のネックレスととても良い組み合わせだったので、雲の上にいる気分でエド様とダンスが踊れたら嬉しいです。
身支度と昼食を終えて一息ついていると、エド様がいらっしゃいました。
「今日のアイシャは、妖精のように可愛らしいですね」
「あ、ありがとうございます。エド様もとてもよくお似合いで素敵です」
今日はメイクも髪型も可愛く仕上げてもらったのですが、頬を染めていらっしゃるエド様には気に入っていただけたようで嬉しいです。
エド様はいつものようにシンプルな装いですが、麗しいエド様にはとてもお似合いです。
ふと、彼の胸ポケットを見ると私が贈ったペンが挿してあるのですが、直前まで執務をなさっていたのでしょうか。
「エド様、ペンを挿したままになっていますよ?」
「これは僕の宝物なんで、常に身に着けておきたいんです」
誰かに同じ指摘をされたら私からの贈り物だと自慢するご予定らしく、エド様も案外子供みたいなところがおありなのだと可愛く思えてしまいました。
エド様は「準備で忙しい中、お邪魔してしまってすみません。アイシャに早く会いたくて、ついお誘いを受けてしまいました」と照れ笑いをされながら私に花束を手渡してくださいました。
私のお部屋に、またお花が増えるようです。
思わずクスリと笑うと彼は「どうしました?」と首を傾げられました。
「すみません、私もエド様に早くお会いできて嬉しいです。今、私のお部屋はとても素敵な空間になっているんですよ。エド様も驚かれると思います」
メイドに花束を花瓶に挿してくるよう頼むと、「ご案内いたしますね」とエド様の手を取りました。
思った通り、エド様は私のお部屋へ入ると驚いて辺りを見回しました。
エド様の側近の方々からいただいたお花も一束ありますが、ほかは全てエド様にいただいたお花ですとお伝えすると「こんなに贈っていましたか」と彼は苦笑されました。
エド様は無意識のこの量を贈られていたそうですが、私はお花畑みたいでとても嬉しかったとお礼を申し上げると、「それなら、これからも贈りましょうか?」なんて言い始められたので、丁重にお断りいたしました。
私は嬉しいですが、あまり続くと管理をするメイドが大変だと思うので。
テーブルにはティーセットのほかに私が作ったゼリーと、エド様が持ってきてくださっていたお菓子やうちの料理人が作ったお菓子も並べられ、中央にはもちろんエド様がくださったお花が飾られています。
お茶をお出ししてエド様が口をつけられるのを見届けると、私は早速ゼリーのグラスを手に取りました。
「エド様、こちらのゼリーは私が作ったのです。ぜひ食べてみてください」
スプーンでゼリーと果物をすくうと、エド様のお口に寄せました。
彼は恥ずかしそうにお口を開けるとゼリーを食べてくださいます。
「とても美味しいです。アイシャ、今日はどうしたんですか?ずいぶんと積極的ですね」
「今日はとても幸せな夢を見たので、嬉しくなってしまって……」
いくら自宅だからといって、少し大胆すぎたようです。
照れながら申し上げるとエド様は「どんな夢だったんですか?」とお尋ねになられました。
本人を目の前に詳細はとても言えませんが、どれだけ幸せだったのかを雰囲気だけ伝えました。
「そんなに良い夢だったんですか。正夢になったら嬉しいですか?」
「は……はい。叶わぬ夢だとは思いますがもし叶えば、私の人生はとても幸せなものになると思います」
告白しているみたいで、顔が熱くなってしまいます。
『好き』に関する夢は正夢にならないとわかっていても、叶って欲しいと願わずにはいられません。いえ、叶わないとわかっているからこそ、ずっと願い続けて現実から目を背けていたいのです。
エド様は私が持っていたゼリーのグラスとスプーンを手から外してテーブルに置くと、私の両手を取りました。
どうなさったのでしょうと不思議に思っていると、彼は午後のお日様のように暖かな笑みを浮かべられました。
「アイシャ、大好きです」
「え…………」
今、なんとおっしゃられたのですか……。
私が頭で理解するよりも先にエド様は「出会った時からずっと、アイシャのことが大好きなんです」と続けて、私への想いを告げてくださいます。
「やはりアイシャは、僕が思っていた通りの素敵な女性でした。急にすみません、今どうしてもアイシャに伝えたかったんです」
あれほど言っていただきたかった言葉を突然伝えられると、どうしたら良いかわからなくなってしまいました。
なぜなら最近の私は少し諦め気味で、一緒にいられるだけで満足だと思っていたのですから。
これは本当に現実なのですか?私、夢の続きを見ているのでは……。
「驚かせてしまったようですね。そんな表情のアイシャも可愛くて好きですよ」
私の頭をなでてくださるエド様の大きな手の感触が伝わってきたと同時に、手を握られていたことも思い出します。
夢ではない……、のですね。
「アイシャの気持ちも教えてくれますか?」
彼は私の気持ちなど見透かしているように、微笑まれました。
私もエド様への想いを、お伝えして良いのですか……。
気がつけば私の目には涙が溢れ、零れ落ちました。
「エド様……私も、私もエド様が大好きです。ずっと、お伝えしたかったのです……。大好きです」
「とても嬉しいです、アイシャ。今まで辛い思いをさせてしまいましたね、すみません」
ハンカチを取り出されたエド様は私の涙を拭ってくださり、「泣き顔のアイシャも可愛くて好きですよ。……この言い方だと、いじめっ子みたいですね」と苦笑されました。
思わず笑ってしまうと「やはり笑顔が一番大好きです」と、抱きしめてくださいました。
やっと想いを告げられた幸福感と、エド様も同じ想いを抱いてくださっていた嬉しさで私の心は満たされ、このまま溶けてしまいそうな気分でエド様に身をゆだねました。
そのため、エド様が囁かれたお言葉の意味を考える余裕など、私にはありませんでした。
「今日これから、僕がすることをどうか受け入れてください」





