夢の小瓶
私がエド様とご一緒にお食事をしてから帰ることへの許可を得たいと彼が言われたので、屋敷にお寄りいただくことになりました。
使用人にお父様を呼んでもらう間、私たちが応接室でお茶を飲みながら待っていると、さきに上のお兄様が入ってきました。
挨拶を終えるとお兄様は「さきほどは、ご丁寧な手紙をありがとうございました」と感謝を述べ、「そのことについても、話し合いたいと思っていたんだ。後で時間をもらえるか?」とエド様が返されました。
お兄様とエド様はお手紙を交わすような仲だったのでしょうか?
聞き覚えがありませんが。
不思議に思っていると、お父様が応接室に入ってきました。
お父様は、エド様とお食事をしてから帰る件については、あっさりと承諾してくれました。
そして邪魔だと言わんばかりに「お前はもう寝なさい」と言われてしまいました。
どうやら私抜きで、お話がしたいようです。
おとなしくうなずくと、お隣に座っているエド様にご挨拶をしようと思ったのですが、彼がいきなり抱きしめるものですから、慌ててしまいました。
「アイシャ、今日は楽しかったですよ。また明日、会えるのを楽しみにしています」
「は……はい、私も楽しかったです。おやすみなさい……、エド様」
「おやすみ、可愛いアイシャ」
私はぎこちなく立ち上がると、お父様とお兄様にご挨拶するのも忘れて、からくり人形のような動きで応接室を出たのでした。
ドアを閉めた瞬間にお兄様の笑い声が聞こえてきて、一気に顔が熱くなるのを感じました。
家族の前で抱きしめられるなんて、恥ずかしいにもほどがあるではありませんか。
エド様は時々大胆すぎて、困ってしまいます……。
私はふらふらした足取りで自室へ戻ると、メイドに熱がぶり返したのではと心配されましたが、理由など言えるはずがありませんでした。
三人がなにをお話しするのかとても気になりましたが、そろそろ寝る時間ですので湯浴みをして寝間着に着替えました。
しばらくしてから窓から外を覗いてみると、エド様の馬車がまだ停まったままです。
なにをそんなに話すことがあるのでしょう?
しばらく外を眺めていると、お父様とお兄様と一緒にエド様が出てこられました。
お兄様がエド様に向かって、深々とお辞儀をしています。
お別れの挨拶としては不自然ですが、手紙の件となにか関係があるのでしょうか。
エド様が馬車に乗り込まれる時、視線に気がつかれたのかこちらを向いてくださいました。
手を振ってくださったので私も手を振り返すと、彼はしばらくの間こちらを見つめてから馬車に乗られました。
メイドに寝間着姿で男性に手を振るなどはしたないと言われながらも、エド様が乗った馬車が見えなくなるまで窓の外を眺めていました。
今日は寝る直前までエド様にお会いできたなんて、とても幸せな一日でした。
この幸せな気持ちのまま、今日は夢でも最高の気分を味わいたいと思います。
現実には叶いそうにない夢を、夢の中で叶えるのです。
ベッドへ入りメイドが下がったのを確認すると、こっそりと起き上がって引き出しの奥に隠しておいた小瓶を取り出しました。
説明書によると、小瓶の中身を枕にかけて結ばれたい人を思い浮かべながら寝ると、その夢が見られるそうです。
このような魔法を使うのは初めてなので、ドキドキしてきました。
小瓶の蓋を開けて枕に向かって傾けると、紫のキラキラした雲みたいな気体が滑り出てきました。
気体は枕全体を包み込むと、次第に枕の中へ吸収されていきました。
後はエド様を思い浮かべながら寝るだけです。
再びベッドへ潜りこむと、エド様の素敵な笑顔を思い出しながら眠りにつきました。
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お城の大広間では、夜会が開かれています。
華やかな雰囲気の中、私はエド様にエスコートされて会場へ入りました。
今日の衣装は、前回の夜会に着ていくドレスをエド様に選んでいただいた際に、最後まで悩まれていた二つのうちの一つで、水色のふんわりとしたドレスです。
エド様にいただいた星屑のネックレスもつけると、まるで雲の上にいるような気分になれます。
「アイシャ、僕とダンスを踊っていただけますか?」
「はい、喜んで」
エド様にエスコートされて中央へ向かうと、人々の視線は一心にエド様に向けられます。
ステップを踏むたびサラサラ揺れる、透き通るような彼の金色の髪の毛。
エド様がくださった赤い宝石のネックレスのような瞳、笑顔は常に私にだけ向けてくださり、私もぽーっと見惚れてしまいます。
「アイシャはダンス中、常に僕の顔を見ていますね。そんなに僕の顔が好きですか?」
「は……はい、大好きです」
「嬉しいです。僕も可愛いアイシャが大好きですよ」
エド様に麗しい微笑みを向けられると、頭がくらくらしてしまいそうです。
幸せな気分でダンスを終えると、エド様は私の前に膝を付かれ、私の手を取りました。
「アイシャ、僕と婚約してくれませんか?」
「はい。私でよろしければ……、とても嬉しいです」
何年も恋い焦がれていたエド様に婚約を申し込まれ、私は涙ぐみながらお返事しました。
やっとこの日を迎えることができました。私はとても幸せです。
エド様は、指輪を私の薬指にはめてくださいました。
この国では自分の瞳の色の宝石がついた婚約指輪を、女性に贈る風習があります。
彼の瞳のように、私の薬指で赤い宝石が輝いています。
彼は立ち上がると、私をきつく抱きしめてくださいました。
「ありがとうございす、アイシャ。愛しています」
「私も愛しています、エド様」
周りにいた人々から拍手が沸き起こり、私たちは皆様に祝福されながら結ばれたのです。
「アイシャ、結婚式は――」
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「――お嬢様、朝ですよ!起きてくださいませ!」
「…………」
私はメイドに起こされ、目が覚めました。
後もう少し……。もう少しだけ見ていたら、結婚式もできたかもしれないのにひどいではありませんか。
泣きたいのを堪えながら起き上がると、メイドに向かって頬を膨らませました。
「なぜ起こすの?休日はゆっくり寝ていても良いルールよ……」
「旦那様が朝食後にお話があるそうなので、全員を起こすようにとのことでした」
「お父様が?なにかしら……」
仕方がなくベッドを出ると、メイドに身支度を整えてもらいました。
途中で覚めてしまったとはいえ、とても良い夢を見ることができました。
思い出すとついつい顔がにやけてしまいます。
「お嬢様、早く起こされた割に機嫌が良いですね」
「とても良い夢をみたの」
「まぁ、どのような夢ですか?」
「ふふ、それは秘密よ」
エド様の夢は誰にも話したことがないのですから、今までで一番幸せな夢だったからといって、易々と教えたりはしません。
私が夢の内容を言わないのはいつものことなので、メイドはすぐに諦めました。
食堂へ行くと、すでに家族が食事を始めていました。
最近は上のお兄様夫婦もこちらで食事を取るようになったので、全員がそろっています。
挨拶をして席に着くと二番目のお兄様が早速、昨日のレストランのことを聞きたがったので、皆にお魚が可愛かったことやお料理が美味しかったことなどを話しながら朝食を食べました。
お父様とお母様のお話によると、お庭にいた金色のお魚は王族専用の個室からでなければ見ることができないようで、良い体験をできたなと言われました。
義理のお姉様が「アイシャちゃんが羨ましいわ。私も一度でいいから行ってみたいわ」と上のお兄様におねだりすると「来年の結婚記念には連れて行けるかもな」なんて、ずいぶんと余裕のある返事をしました。
一年かけて貯金するつもりなのでしょうか。
二番目のお兄様は「行けないのは俺だけかー!」と頭を抱えました。
お兄様は無駄遣いが多いので、大人になっても行けそうにありません。
食後に全員で広間へ移動するとお父様から、上のお兄様がエド様の側近の一人に取り立てられたとの報告がありました。
昨日のお話は、この件についてだったようです。
お母様とお義姉様にはすでにお話しをしているようで、驚いているのは私と二番目のお兄様だけです。
「そういうわけで、俺は伯爵家を継ぐことができなくなった。後はお前に任せた」
上のお兄様は、二番目のお兄様の肩をポンと叩きました。
突然、後継ぎになるよう言われた二番目のお兄様は、慌てふためいています。
お兄様に伯爵なんて務まるのでしょうか……。とても心配です。
上のお兄様は元々、お城でそれなりの地位につけたら家督を二番目のお兄様に譲るつもりだったようで、今回のお話はとてもありがたいことだったようです。
義理のお姉様も伯爵夫人になるより王都で暮らしていたかったそうで、結婚当初から二人で密かに画策していたのだと、二番目のお兄様が騒いでいる間にこっそり教えてくれました。
お兄様を立派な伯爵にするための対策が練られた後、広間を出ようすると上のお兄様に呼び止められました。
「殿下はお前と片時も離れたくないご様子だったから、午後に茶会にお呼びしておいたぞ。どうぜ夜会まで暇だろ?」
お兄様、そういう大切な要件は早めに言ってください!
お茶会にお呼びするならお菓子の一つも作らなければならないではありませんか。
夜会の準備もあるのに、私はもうドレスを着替えるだけで終了の子供ではないのですよ。
急いで調理場へ向かうと、仕事がひと段落着いたのか休憩をしていた料理人に泣きつきました。





