お菓子のお礼
週末初日の午後、私は馬車でお城へやってきました。
エド様に手を貸していただき馬車から降りると、彼の目の前にビシッと教科書を突き出しました。
「エド様!私、今日はその……、お勉強をしたいと思います!ですからエド様もご一緒に……、お仕事しませんか?」
お菓子も作りましたと言いながら教科書をよけてエド様のお顔を見上げると、彼はとても面白そうに私を見ていました。
「ほう、誰の差し金ですか?貴女のお兄様かな?」
「い、いえ……、学校を三日も休んだので少々宿題が溜まっておりまして……。お嫌ですか?」
「アイシャからのお誘いを、断るはずないでしょう。僕の執務室へ行きましょうか」
「ありがとうございます」
なんとかうまくいったようです。
ほっと胸をなでおろしている間に、エド様は後ろに控えていた護衛の一人に執務室に私の席を作っておくよう指示なさいました。
「お菓子は今日もアイシャが作ってくれたのですか?」
「はい、料理人に教えてもらいながらですが。皆様は食事もあまり取っていないと伺ったので、お腹に溜まりそうなスコーンを作ってきました」
「皆の分まで作ってくれたのですか。ずいぶんと気を遣わせてしまいましたね、すみません。実は僕も含めて全員、昼食を食べていないので助かります」
お兄様が言っていたように、本当に執務が滞っているようです。
なにも知らずにお茶会をせずに済んでよかったです。お兄様には感謝しなければなりません。
ゆっくり歩いて執務室へ向かい中に入ると、皆様が驚いた様子でこちらに注目しました。
「本当にいらっしゃったぞ」「奇跡だ」「久しぶりに家に帰れるかもしれん」「彼女は神の使いか?」「仕事が終わるかもしれないと思えたのは何週間ぶりだ」
聞こえてくる囁き声から、このお部屋の過酷さが伝わってきます。
私が寝込んでしまったばかりに大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳なく思ってしまいます。
「皆、感謝してください。アイシャが差し入れを持ってきてくれましたよ」
エド様のお言葉に、おー!と歓声が上がりました。
まずは休憩されるようなので、メイドにスコーンの入ったバスケットを渡し、紙包みに入っているものはエド様にお出ししてもらえるようこっそり伝えます。
皆様に感謝の言葉をかけていただきながらエド様に連れられて奥のお部屋へ行くと、彼の執務机の隣に私用の椅子とテーブルが用意されていました。
エド様はよほどお腹が空いていたのか、運ばれて来たスコーンを美味しい美味しいと言いながら、あっという間に食べてしまわれました。
大きめに作ったつもりだったのですが、二個にしたほうが良かったでしょうか。
お茶も一気に飲み干し「アイシャはゆっくり食べていてください」と言われるとエド様はすぐに仕事をはじめられました。
時々、こちらを見て微笑んでくださるエド様を眺めながらのお茶は、とても美味しいです。
昨日、贈ったペンも早速使ってくださっていて「このペンを使うと執務がはかどります」とおっしゃってくださいました。
使ってくださっているところを見られるなんて、こちらへ来られて本当に良かったと思います。
実際にエド様は、ものすごい速さで執務をされます。
引っ切りなしにやってくる側近たちにてきぱきと指示も出しながら、書類の山がどんどん減っていくのですから、これで執務が滞るのならよほど量が多いのでしょう。
お部屋へやってくる皆様は、私にわざわざスコーンが美味しかったとお礼をいってくださいました。
喜んでくださるのなら、また機会があれば作ってきたいと思います。
人が途切れたところで、エド様が私に視線を向けました。
「アイシャ、皆の感想を聞いていて思ったのですが、僕のにだけクルミが入っていたんですか?」
「はい……、こっそりエド様のは特別仕様にしてみました」
皆様のにはチョコチップを混ぜたのですが、エド様のにはクルミも一緒に混ぜ込んでおいたのです。
わざわざ言うのも恥ずかしいので、黙っておいたのですが気がつかれてしまわれました。
照れながら答えると、エド様は「不意打ちの可愛いは反則です……。誰ですか、執務中はドアを開けておくルールを作ったのは……」と恨めしそうに開けっぱなしのドアを見つめられました。
クルミは美味しいのではなく、可愛いからお好きだったのですか?
形がお好みならば次回は混ぜ込まずに、上に乗せておいたほうが良いかもしれません。
いつも私が帰る時間には、エド様の執務机にあった書類の山は綺麗に消え去っていました。
私も宿題を全て終わらせることができましたので、明日は夜会の時間までゆっくりできそうです。
「アイシャのおかげで執務もほぼ片付きました。ありがとうございます」
「いえ、私も宿題が終わってほっとしました」
「病み上がりでずっと頭を使っていたのですから、疲れたでしょう」
「もう体調は戻っていますし大丈夫です。エド様のお隣でお勉強できたので、むしろ心は満たされています……」
照れ笑いすると、エド様は迷ったように視線を彷徨わせました。
「アイシャが疲れていないのなら、今日はもう少し一緒にいたいのですが……。食事でも一緒にどうですか?」
「……よろしいのですか?とても嬉しいです、エド様」
お勉強をしていただけなのにそのようなご褒美をいただけるなんて、天にも昇る気持ちです。
エド様はほっとしたように微笑むと「アイシャの家には連絡を入れておきます」と、人を呼んで色々と指示を始められました。
お勉強道具を片付けて執務室を出るとなぜか皆様に拍手で迎えられて、全快祝いとスコーンのお礼ということで花束をいただいてしまいました。
どちらの理由も花束をいただくほどではないと思うのですが、皆様のお顔が入室してきた時よりも晴れやかになっていたので、私も少しはお役に立てたのでしょうか。
エド様は私を連れて外へ向かっているように思うのですが、どちらでお食事をするおつもりなのでしょう。
「エド様、どちらへ向かわれるのですか?」
「レストランです。今日のささやかなお礼をさせてください」
「あの……、街へ行かれると騒ぎになるのでは……」
「これから行くレストランには王族専用のエントランスがあるので問題ありませんよ」
王族専用のエントランスがあるレストランは、王都にひとつしかありません。
そこは貴族でもかなり裕福でなければ気軽に行けないような、高級レストランです。
我が家ではお父様が年に一度、結婚記念日にお母様をお誘いして食事に行くのですが、子供たちは連れて行ってもらったことがありません。
まさかそのような場所に連れて行ってくださるとは思いませんでした。気軽にお返事してしまいましたがどうしましょう。
今更お断りなどできませんし、とても緊張してきました。
馬車の中でエド様は、レストランでのおススメメニューを教えてくださいました。
主に海産物の料理が美味しいそうなのですが、国土が広いこの国の王都は国の真ん中にあるため、海産物はとても高価なのです。
高級品として出回る海産物もほとんどが乾物か燻製にしたもので、王都で生の海産物を調理したお料理を食べられるのは、これから連れて行ってくださるレストランだけだったと思います。
なんでも、海の生き物を生きたまま水槽に入れて運び込むのだとか。
好きな海産物はあるかと問われましたが、私はあまり食べたことがないのです。
記憶を探ると数年前に食べたホタテの干したものが美味しかったのを思い出したのでお話すると、焼いたホタテも美味しいそうでご馳走してくださることになりました。
エド様はロブスターがお好きだそうです。
絵で見たことがあるロブスターはとても硬そうでしたが、どのようにして食べるのか気になります。
エド様がとても楽しそうにお話してくださるので、気が付けば緊張もお値段の心配もすっかり忘れて楽しみになってしまいました。





