エドガーの心
文具店を出ると、向かい側にあるお店が目に留まりました。
ガラス越しに見えるお店の中は、女性でにぎわっています。
「エマ、あのお店はなにかしら?」
「あそこは、最近学校で流行っている夢魔法のお店よ」
「流行りの魔法?」
そのような流行りがあるとは初耳です。
「もー!アイシャは流行りに疎すぎますわ。せっかくだから入ってみましょ」
エマに手を引かれ、お店へと向かうことになってしまいました。
私には流行りに疎いと言っておきながらエマもお店に入るのは初めてらしく、うまく口実に使われたようです。
お店の中は色とりどりの小瓶が並んでいて、とても綺麗でした。
小瓶の手前には説明の札があり、どんな夢が見られるのか書いてあります。
夢魔法師に作ってもらう夢魔法は高価なのですが、見られる夢を限定して大量生産することで、気軽に買えるお値段になっているようです。
「せっかくですもの、なにか買っていきましょうよ」
エマはうきうきしながら、見たい夢を探し始めました。
私は夢など買わなくても常にエド様の夢を見られるので、エマと一緒になんとなく眺めていたのですが、ふと気になる説明書きが目に留まりました。
これなら使ってみたい気がしてきました。
小瓶を手に取ると、エマが横から覗き込んでニヤリと私の顔を見ました。
「好きな人と結ばれる夢?アイシャ……」
「だっ、だって……現実では叶わないかもしれないんだもの。せめて夢の中で幸せになっても良いじゃない」
昨日のエマとの会話で、エド様とはこれからも一緒にいられるような気はしてきましたが、結ばれるとなると話は別です。
伯爵令嬢の私では、儚い夢に終わってしまう可能性が高いのです……。
元々、夢の中のエド様と結婚したいと思っていたのですから、せめてその願いだけでも叶えたいではありませんか。
エマにからかわれながらも私は『好きな人と結ばれる夢』の小瓶を購入しました。
彼女は外国旅行をする夢を買ったようです。この国は国土が広くて王都から国外へ出るだけでもひと苦労なので、気軽に旅行気分を味わえるのは良いかもしれません。
週末に夢を使って、後日報告し合おうとエマと約束しました。
今週最後の学校帰り、私はお約束通りエド様にお会いするため、お城へやってきました。
お迎えしてくださったエド様は、いつもの輝いた笑顔が消えてとてもお疲れのように見えます。
このままでは心配ですので「気分が優れないのでしたら後日出直します」と申し上げたのですが、少しだけでも話がしたいと言われまして、エド様のお部屋へ向かうことになりました。
廊下ですれ違う方々に「体調が戻られて良かった」と何度も声をかけられたのですが、なぜ私が寝込んでいたことを皆様が知っているのでしょう?
それをエド様に尋ねると「僕が心配していたので、皆も心配してくれていたのでしょう」と力なく微笑まれました。
とても体調が優れないように見えるのですが、本当にお休みになられなくて大丈夫なのでしょうか……。
お部屋に通されソファに座った途端、彼に抱きしめられてしまいました。
あまりにも勢いよく抱きつかれたので、危うく倒れ込むところでした。
「アイシャ、会いたかった……。とても会いたかったです」
「エド様……ご心配おかけしてしまい、申し訳ありませんでした。この通り熱も下がりましたので、もう大丈夫ですよ」
そんなに心配してくださっていたなんて、とても嬉しいです。
お見舞いのお礼も述べようとしたところで、エド様が「アイシャ……」と静かな声で呟かれました。
「……もう僕に会うのは、嫌になりましたか?」
「……え?」
なぜそのように言われるのですか……。
「僕が追い詰めるようなことを言ったから、嫌になったのではないのですか?」
「まっ、待ってください!そのようには思っていません!」
「ではなぜ、見舞いを拒否して昨日も会いに来てくれなかったのですか」
寝込んでいた時も昨日もご連絡を差し上げて了承してくださったので、エド様がそのように思われていたなど考えも及びませんでした。
けれど、夜会であのようなことがあったのでエド様にお会いするのが辛くて、お見舞いをお断りしたのは事実です。
それどころか、三日目には元気になっていたのにお花を届けてくださったエド様にはお会いせず、エマとはお茶会まで開いてしまいましたし、今週もお会いするとお約束したにも関わらず、昨日もエマと出かけてしまいました。
自分のことばかりでエド様がどう思われているかなんて考えもしなかったことに気がつき、心がヒヤリと冷たくなるのを感じました。
小さな積み重ねが、こんなにもエド様を傷つけていたなんて……。
夜会の帰りにあんなに心配してくださったのですから、私はもっと早くお会いして彼にご安心していただくべきでした。
「エド様……申し訳あ」
「すみません、アイシャ。また追い詰めるようなことを言ってしまいました。僕はこうしてまたアイシャに会えるだけで幸せです。アイシャもそう思ってくれますか?」
「……はい、今日お会いできるのがとても楽しみでした」
「嬉しいです。僕はそれだけで満足です」
謝罪すら受け付けてくださらないなんて、エド様は私に甘すぎます……。
エド様はしばらくの間、私を抱きしめたまま頭をなでてくださいました。
傷つけてしまったのは私のほうなのに、私が慰められている気分です。
エド様が甘い分、私は自分でしっかり反省したいと思います……。
それからエド様は、渡したいものがあると立ち上がり、二つの箱をテーブルに置きました。
再びソファに腰を下ろすと、私をひょいっと持ち上げてご自身の膝の上に乗せました。
突然の出来事に、私は大いに慌てます。
「エ、エド様!私、子供ではありませんよ!」
「僕は四日も放置されたのですから、今日はたっぷりとアイシャを補充させてください」
「補充ですか……?」
「はい、アイシャが足りないと僕は動けなくなるんです」
補充の意味はよくわかりませんが、放置と言われてしまうと返す言葉がありません。
この歳で膝に乗せられるなど、とても恥ずかしいのですよ……。
エド様は箱の一つを手に取ると、私に渡してくださいました。
開けるよう言われて箱を開けてみると、中には赤い宝石のついたネックレスが入っていました。
シンプルながらとても素敵なデザインです。
「あの……、こちらは?」
「この前言ったでしょう、初めてを僕に取っておいてほしいと。作らせていた物が完成したんで、受け取ってください」
そんなサラリと言われましても、とても濃い色の赤い宝石は高価な物だと思うので、気軽にいただくわけにはいきません。
受け取るお約束はしましたが思っていたよりも高価な贈り物にとまどっていると、エド様はネックレスを手に取り、さっさと私の首につけてしまいました。
「これを僕だと思って毎日つけてほしいのです。受け取ってくれますか?」
私を覗き込むエド様の瞳の色と、宝石の色が全く同じに見えました。
エド様にお会いできない時間も、エド様のお心がこのネックレスに籠められていると思えば……。
「大切に……、大切に肌身は離さず身につけています」
気がつけば頭で考えるよりも先に、自分の口から言葉が出ていました。





