8
このお話で完結です。
本日は、20時22時と更新していますので、前話を読んでいない方は1話バックしてください。
その後つつがなく卒業式は終わり、卒業記念パーティーが開かれた。
開催の挨拶と同時に、エドウィンとビアトリスが一年後に結婚式を挙げることが正式に発表され、列席者全員から祝福の声が上がる。
隣国リビード国王からも慶事を言祝ぐメッセージを届いているということで、それをイェルドが王子として代読した。
ただの隣国からの留学生と思っていたイェルドの意外な正体に、会場内は騒然となる。
「リビード王国の王子?」
「あそこは、第一王子が失脚したばかりだろう?」
「俺たちと同じ年齢の王子ってことは、繰り上がった第一王位継承者じゃないか!」
隣国の情報を知る卒業生は声高に叫ぶ。
「イェルドさまが?」
「まあ、ぜひもっとお近づきになりたいわ!」
「私、以前から素敵な方だと思っていたのよ」
ご令嬢たちの目が爛々と輝いた。
しかし、その輝きは続いて発表されたイェルドとエイミーの婚約報告でたちまち消え失せる。
落胆のため息があちらこちらから漏れた。
「あら、そうなのね」
「そういえば、お二人はとても仲がよろしかったですものね」
「それでいつも一緒におられたのね」
「……一目瞭然の甘い雰囲気でしたわ」
肩を落としたご令嬢たちだったが、その後、気を取り直したように微笑むとイェルドとエイミーに祝福の拍手を送る。
一方可愛いエイミーに憧れていた男性陣は涙目になっていた。
「エイミーちゃん、俺の癒しだったのに」
「でも、正直イェルド王子の側にいるときの笑顔、最高だったものな」
「我らの女神ビアトリスさまだけじゃなく、天使エイミーちゃんまでも――――」
「……イケメン滅びろ」
「チクショウ! 幸せになれよ!」
一部不穏な言葉はあったものの、最終的にはみんなやけくそのように歓声を上げ祝福していた。
心配していたエイミーの身分が低いことを責める声はどこからも上がらない。
ビアトリスは、ホッと安堵の息を吐いた。
「皆さん好意的でよかったですわ」
「ここにいる者の多くは貴族の令息令嬢だからね。我々のように入学前から婚約者が決まっている者もいるし、そうでない者もほとんどが卒業までに結婚相手を決めている。今さら隣国の王子なんていう存在が現れても、本気で手を出そうなんて思う者はいないと思うよ」
エドウィンの言葉になるほどと納得する。
要は、乙女ゲームみたいな波乱万丈ドロドロの恋物語は、現実では起こりにくいということなのだった。
「スウィニー男爵令嬢だって、イェルドの意向を受けて私が手を回していなければ、とっくに婚約が決まっていたはずだからね」
「――――え?」
思いもよらぬ言葉に、聞き返してしまう。
エドウィンは静かに視線をエイミーに向けた。
「乙女ゲームがどうなっていたかは知らないけれど――――スウィニー男爵が見目麗しい少女を養女にしたということは、少なからず姻戚関係を結ぶ上での自分の利益を計算してのことだと思うからね。学園で高位貴族の子息を捕まえられればそれでOK。ダメなようなら金持ちの平民あたりに嫁がせるつもりだったんじゃないのかな?」
エイミーは寮暮らしだ。
ゲームでもそうだったから特に気にしてはいなかったが、ひょっとしたら彼女にはスウィニー男爵家で暮らしにくい事情があったのかもしれない。
(つまり、政略結婚の駒に使おうとしていたってことよね。……むかつく!)
同時にそんな可能性に思い至れなかった自分を、ビアトリスは恥ずかしく思った。
(本当にこの世界は乙女ゲームの世界なんかじゃないんだわ)
あらためてそう感じる。
イェルドの隣で幸せいっぱいに微笑むエイミーに視線を向けた。
「――――ありがとうございます。エドさま」
知らないうちに友人を救っていてくれたエドウィンに、心からの感謝を告げる。
「べつに、スウィニー男爵令嬢のためじゃないよ。友だち思いの優しい君のためだ。ビアーテ」
エドウィンはニコリと笑ってそう言うと、ビアトリスをベランダへと誘った。
人々の関心はイェルドとエイミーに向かっているため、少しくらいなら席を外してもかまわないだろう。
この世界の気候は地球と同じで、卒業式の行われる今は日本でいう春くらい。
既に日も暮れ、パーティー会場の熱気にあてられたビアトリスの頬を冷たい夜気が心地よく冷やしてくれた。
二人黙ってバルコニーの手すりにつかまり夜空を見上げる。
美しい三日月が空にかかっていた。
「……綺麗」
思わずビアトリスの口から感嘆の声がもれる。
エドウィンの黒い目が彼女に向けられた。
「――――月が綺麗ですね」
低い声で囁かれた言葉にビアトリスの頬が熱くなる。
『月が綺麗ですね』というのは日本の古風な愛の告白だと、他ならぬ悠人が教えてくれていたからだ。
たしか返し方は――――。
「し、死んでもいい――――」
「――――わ」と言いかけたところで、焦ったエドウィンの手で口を塞がれた。
「うわっ! ま、待った! ビアーテ! ……ダメ! ダメだよ! ……いや、意味合い的にはまったくいいんだけれど……でも、私はビアーテに『死んでもいい』なんて絶対言ってほしくないんだ! 今度こそ末長く一緒に長生きしたいんだから!」
前世では若くして死別してしまった千愛と悠人。だからエドウィンの気持ちもよくわかるのだが、ではどうしたらいいのだろう?
ビアトリスは困って瞬きする。
とりあえず、自分の口を塞ぐエドウィンの手を、自分の手で引き離してから問いかけた。
「私はなんて答えたらいいんですか? まだ死にたくないとか?」
「それは拒絶の返事だから、絶対ダメだよビアーテ!」
エドウィンは、ブンブンと首を横に振る。
『月が綺麗ですね』と言われて『私はまだ死にたくありません』と答えるのはNOの模範解答なのだという。
自分が言った愛の告白で自分自身を追い詰めてしまったエドウィンは、そう説明すると顔色を悪くして考えこんだ。
ビアトリスも考える。
YESの別の返事としては『このまま時が止まればいいのに』というのもあるそうなのだが、これから末永く一緒に生きていきたいと願うエドウィンに対し、この返事も少し違うような気がする。
しばらく考えて――――諦めた。
(そんな直ぐに気の利いた答えなんて、私に出せるはずがないもの)
ビアトリスは、一度離したエドウィンの手に自分の口を寄せる。
そのまま彼の手のひらにキスをした。
手のひらへのキスは、情熱的な愛情表現だったはずだ。
「エドさま、あなたを愛しています」
シンプルにそう告げた。
エドウィンは、耳まで赤くなる。
ビアトリスに取られている手とは反対の手で顔を覆い、下を向いてしまった。
「君って人は――――格好付けて『月が綺麗ですね』なんて言った私が馬鹿みたいじゃないか」
「そんなことありません。嬉しかったですし、エドさまはいつでも最高にカッコいいですよ」
「もうっ! ビアーテ!」
突如エドウィンはビアトリスに手を伸ばす。
強く、深く、そしてこの上なく大切に抱きしめられた。
「きゃっ!」
「ビアーテ、愛している! 君だけだ」
耳元で囁かれ、顔をのぞきこまれる。
そのままエドウィンの顔が近づいてくるから目を閉じた。
唇に柔らかな感触が伝わり……やがて深く重なっていく。
エドウィンのキスは、優しく……激しい。
そして、なにより強く彼の想いを伝えてくれる。
きっと二人は、これからずっと寄り添い幸せに暮らしていくだろう。
どんな名言よりも明確に愛を伝え合う恋人たちを、綺麗な月が見ていた。
完結しました!
お付き合いいただき、ありがとうございました!




