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グスグスとエイミーが鼻を啜って泣く声が聞こえてくる。
エドウィンはクスリと笑った。
「それほど気にしなくてもいいよ。まあ、聞いたときはものすごくショックだったけど……むしろそれで闘志が湧いたしね。絶対君を手に入れると心に誓ったんだ」
それはたいへん前向きな考え方である。
エドウィンがポジティブ思考でよかった。
もしもそうでなかったら、下手をしたらこの時点でエドウィンとの関係は終わっていたかもしれないのだ。
そう思ったビアトリスの顔から血の気が引いていく。
「す、すみません! エドさま!」
「気にしなくてもいいと言っただろう? 前世の千愛を思えば、私と結婚したくないと思うのもしかたないことだし――――それに、ああは言っていても、君が現実のベンジャミンを愛しているわけではないことは、すぐにわかったしね」
さすがエドウィン。ビアトリスが長年勘違いしていたベンジャミンへの想いを、聞いただけで偽物だと判断できたらしい。
感激するビアトリスの頭をポンポンと優しく叩いて、エドウィンは話を続けた。
「君たちの話を聞いて、私はこの世界が乙女ゲームの世界だと知ることができたんだ。だからイェルドが現れたときも迅速に対応できたのさ」
イェルドへの対応というのは、リビード王国への裏工作のことだろうか?
「悠人は乙女ゲームをしたことがなかったけれど、どんなゲームかくらいの知識はあったからね。ゲームの舞台である学園に現れるイケメンで、なおかつ訳ありの隣国王子なんていう存在が、普通のモブじゃないことくらいすぐにわかった」
イェルドをゲームの主要キャラクター。――――おそらくは隠しキャラと呼ばれる攻略対象者だと当たりをつけたエドウィンは、即座に対応策を練ったそうだ。
イェルドについて徹底的に調査して一刻も早く穏便に排除できるように手を回したのである。
イェルドが思い出したように「ああ」と呟く。
「あのときは驚いたな。会ってそれほど時間も経っていないのに、エドウィンは僕の事情を知り抜いていて――――『協力するからこの国では大人しくして、安全な状況になったら即リビード王国に帰ってほしい』って言ってきたんだ。――――それって、ほぼ初対面で言ってくるような話じゃないよね? いきなり帰れなんて、どんな暴君かと思ったよ」
肩を竦めて話すイェルドは、いつの間にかエイミーを抱き起こしている。
甲斐甲斐しく涙を拭いたり鼻をかませたり頭を撫でたりする姿は、案外スパダリだ。
そんなイェルドを、エドウィンは苦々しそうに睨みつけた。
「少しも大人しくしていなかったくせに、よく言う」
「いやだなぁ、きちんと言うことを聞いて、俺からビアトリス嬢にはちょっかい出さなかったじゃないか。……ビアトリス嬢から俺に接触してきたのは不可抗力だし、それに、エイミーにはなにをしても君は気にしないだろう?」
――――前言撤回。
スパダリとはほど遠い発言だ。
エイミーも逃げ腰になっている。
「え? 私、なにをされるんですか?」
もっともその発言はイェルドを楽しませるだけ。隙あらば逃げようとするエイミーをガッチリ捕獲して、イェルドは上機嫌に笑っている。
エドウィンは、大きなため息をついた。
「たしかに、スウィニー男爵令嬢になにをしようと私はかまわないが……しかし、ビアーテに対してはそれがどんな理由であれ接触するのは禁止だからな。今後、もしそういうことがあれば、見つけ次第問答無用でお前をこの国から排除するからそのつもりでいろ! ――――というか、さっさといなくなれ!」
「えぇっ? 横暴!」
「横暴じゃない。ビアーテの婚約者として当然の権利だ」
――――いや、かなり横暴だろう。
ビアトリスが呆気にとられている間にも、エドウィンとイェルドの会話は続いていた。
「ひどいなぁ。ビアトリス嬢を誘拐犯から救出するのにあんなに協力した僕に対して、その塩対応はないんじゃない?」
イェルドが不満そうに口を尖らす。
「あ、そうそう。君たちが異世界転生者だって話は、そのときに聞いたんだよ」
ついでみたいに言われた言葉に、ビアトリスは「え?」となった。




