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(リビード王国の第一王子と王妃が諸共に失脚寸前って? ……なんでそんなことになっているの?)


 寝耳に水の初耳である。

 そんな展開、乙女ゲームのどこにもなかった。

 どおりでリビード王国のお家騒動の噂が聞こえてこないはずである。


(自分たちが失脚寸前なのにお家騒動なんて起こしている場合じゃないもの)


 しかし、いったいどうしてそんな事態になっているのだろう?


『第一王子殿下が失脚する前に、イェルドから王位継承権の放棄を宣言してもらおうと今回の誘拐を企てたが、棚からぼた餅、思わぬ収穫だな』

『ああ。こうなれば一刻も早くその家宝を手に入れなければ!』


 思わぬことを聞いてビアトリスが呆然としている間に男たちの相談はまとまったようだ。


「つまりお嬢さん、その家宝の在処はイェルドではわからないということなのかな?」


 軍服の男に聞かれたビアトリスは、コクコクと二回首を縦に振った。


「ええ、そうです。……イェルドさまが家宝を持ってこられなければ、私は解放されないのでしょう?」


 不安そうに目を潤ませて尋ねれば、軍服の男はわざとらしく考えるふりをした。


「いや、必ずしもそうとは限らない。要は俺たちが目的のモノを手に入れられればそれでいいんだからな」


「だったら! 私がその家宝をお渡ししますわ! イェルドさまから預かった大切なものですが……でもでも! 私の命には代えられませんもの。きっとイェルドさまだって、あんな古びた家宝より私の方が大切だって言ってくださるはずです!」


 今のビアトリスの役どころは、恋人に愛されていると信じ切っている哀れな令嬢だ。イェルドのあの性格で、自分の持ち物より恋人が大切だなんて百パーセントないと思うが、それでも健気に信じるふりをする。


 我ながら名演技だと思ったのだが、男たちは思案顔をした。


「イェルドがどう思おうが、俺たちはまったくかまわないんだが――――お嬢さん、あんたはそれをどうやって渡してくれる気でいるんだ? 言っておくが、俺達はここからあんたを出すつもりはないぞ」


 どうやら一時的にでも開放してくれたりはしないらしい。あわよくば、監視付きでも外に出て、隙を見つけて逃げだそうと思っていたビアトリスは、当てが外れてがっかりする。


(さすがにそこまで抜けてはいないってことかしら)


 それでもビアトリスは、心外だと言わんばかりに首をフルフルと横に振って見せた。


「そんな! 私、絶対約束を破ったりしませんのに! 信頼して任せてもらえれば必ず後嗣の証の家宝を持ってきてみせますわ!」


 胸を張り堂々と宣言しても、男たちの表情は変わらない。


「残念だがお嬢さん、俺たちはそうそう簡単にあんたを信じるわけにはいかないんだ。……そうだな、いわゆる大人の事情っていうやつだ。だからあんたは、そのお友だちとやらに手紙を書いて、その手紙を持っていった奴に家宝を渡してもらうように頼んだらいい」


 予想通りの言い分である。

 まあビアトリスの目的は、エイミーに自分が誘拐された事実を知ってもらうためなので、それでも全然かまわないのだが……ただ問題がひとつ。急にありもしない家宝を出せと言われたエイミーが、きっと困ると思うのだ。


(機転を利かせて適当なアクセサリーでも渡してくれたらいいんだけど……ちょっと無理そうよね? あの子男爵家の養女だし)


 エイミーの能力を疑っているわけではない。ただエイミーの身分上、一国の家宝に相応しいようなアクセサリーの持ち合わせがないだろうと思うだけだ。


「えっと、それはちょっと難しいと思いますわ。その友だちは学園の寮暮らしなんですけれど、私が預けた家宝は実家に隠したって言っていましたもの。寮から実家に帰るには寮母の許可がいりますでしょう。ですからその場で手渡しは不可能です。――――そうですね。用意でき次第場所を指定して届けてくれるようにお願いするのがいいんじゃないでしょうか?」


 ビアトリスの提案に男たちは頭を寄せ合って相談をはじめた。


 とはいえ、考える余地などないことなので結局は彼女の言葉どおりになる。


 その後、ビアトリスは男たちの監視の下でエイミーへの手紙を書いた。その際、日本語で詳細を知らせようかと思ったのだが、怪しい行動で誘拐犯たちの警戒心を高めるのはまずいかと思い自重する。


(むしろ、日本語を使わないっていうことで私が誘拐されて監視されているってことが、より切実に伝わるかもしれないわよね。……あとは監禁場所を急いでエドさまに伝えてくれればいいんだけど)


 学園の寮にいるエイミーにどうやって手紙を届けるのかと思ったら、彼らの仲間は学園内にもいるらしく、簡単なのだという。



 手紙を持った男たちが立ち去って、ビアトリスは部屋に一人残された。


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