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彼がこの状況を楽しんでいるのは間違いない。
「どうしてそんなことをしているんだい?」
目の前にエドウィンの顔が迫ってきて、ビアトリスは焦った。
自分の婚約者が他の男と仲睦まじく――――そう、いささか睦まじすぎるほどに睦まじくしている様子を見て嬉しい男はいないだろう。
しかもイェルドは秘密にしているとはいえ他国の王子。
そんな面倒な相手と迂闊に親交を深める婚約者にエドウィンが怒るのも無理はなかった。
(実際は欠片も仲睦まじくないんだけど! …………どう言い訳しよう?)
そんなうまい言い訳がすんなりできるようなら苦労はない。
それでも必死に考えて――――。
「えっと、その……れ、練習! そう、練習していたんです!」
迷い迷ったビアトリスは、そんなことを口走った。
「…………練習?」
「あ、はい。……その、いつかエドさまにこうやって食べさせてあげたくって! で、でも失敗したらいやだから…………だから、その、練習です!」
「えぇ~? 僕は練習台にさせられるところだったのかい?」
一方イェルドは不満の声を上げた。
「ひどい! ビアトリス嬢は、僕をもて遊ぶつもりだったんだね」
「も、もて遊ぶだなんて! 違います」
「だって練習台なんだろう?」
被害者ぶって責めてはくるが、眼鏡の奥のイェルドの目は面白そうに歪んでいる。
やはり彼がビアトリスをからかっているのは間違いないだろう。
そんなイェルドに、エドウィンが文句を言った。
「少し黙ってくれないかな、イェルド。これは私とビアーテの問題だ。それに彼女の練習台になれたのなら喜びこそすれ不満をもらすことなどないだろう?」
ジロリとエドウィンに睨まれたイェルドは、堪えきれないように笑いだす。
「アハハ! 聞きしに勝る溺愛ぶりだね。いつも冷静で大人顔負けの老獪な判断のできる君がこんな一面を見せるなんて、やっぱりビアトリス嬢は面白い」
「イェルド!」
「はいはい。降参するよ。僕は、君と争う意志はないからね。それにたしかにビアトリス嬢は興味深いけれど……僕にも彼女以上に気にかかる女性がいるんだ」
両手を上げ降参のポースをしながらイェルドが視線を向けたのはエイミー。
「まずは、どうして彼女が君と一緒にいるのかの理由を聞こうかな?」
エイミーはビクリと大きく震えた。
やはりこちらが気になったのか、彼女が立っている位置は最初に見つけた所よりかなり近くなっている。
おかげでイェルドの声がよく聞こえたらしい。
「り、理由って、私は部屋で休んでいたのにエドウィン殿下が押しかけてきて無理矢理引っ張り出されただけです! しかもビアトリスさまがいそうな所に案内しろなんて無茶ぶりをされて!」
一生懸命怒鳴る彼女の声は上擦っている。
それが怒りのためなのか他のなにかのためなのかは、はっきりしないけど。
「仕方ないだろう。――――無理して公務を午前中に片づけて急いで登校してみれば、ビアーテの姿が見えなかったんだ。知っていそうな人間に聞くのは当然の判断だ。しかもイェルドまで姿をくらませているとなれば、手段は選べない」
ごくごく普通のことのようにエドウィンはそう言った。




