8
帰り道、かなり身構えていたビアトリスだったが、拍子抜けしたことに、エドウィンはなにも聞いてこなかった。
開口一番に、ここ数日の急な公務の変更を謝られ、その後、当分一緒に公務に就くことが減るだろうと告げられただけ。
原因はイェルドの監視だと知っているビアトリスだが、そこは黙っておいた。
「授業は一緒に受けられますのでしょう?」
「そうだね。それだけが私の癒しだよ」
その言葉を聞いたビアトリスの胸は、ドキンと一つ大きく跳ねる。
前世で悠人も『千愛と一緒にいるのが俺の癒しだよ』と、よく言っていたからだ。
(本当に、エドさまと悠兄はよく似ているわ。こうして向かい合わせで座っているだけでも心が素直になっていくところなんて、本当に悠兄と向かい合っているみたい)
「エドさま、先ほどはありがとうございました」
気づけばビアトリスは、あんなに避けたいと思っていた話題を自ら出して謝っていた。
エドウィンは、小さく首を横に振る。
「謝らなくていいよ。君を信じ守るのは、私にとって当然のことだから。理由も聞かせてくれなくていい。……ただひとつだけ、危険なことだけはしないでほしい。それだけ約束してくれるかい?」
無条件に自分を信じてくれる優しい言葉を聞いて、ビアトリスは泣きそうになる。
「はい。決して危ないことはいたしません」
首を大きく縦に振り、心から誓う。
イェルドルートは、危険がいっぱい。ヒロインはハラハラドキドキの連続だが、ビアトリスは悪役令嬢。そんなこともないだろう。
(それに、エイミーがきちんとイェルドを攻略してくれれば、万事無事に解決するはずだもの)
そうなれば、隣国との戦争ルートだって避けられるのだ。
「ご心配はおかけしませんわ」
このときのビアトリスは、本当にそう信じていた。
そしてその翌日、学園に登校したビアトリスは、目を丸くする。
なんと、エイミーとイェルドが一緒に登校してきたのだ。
その後も仲睦まじそうに常に一緒に行動する二人に、周囲も驚きを通り越し困惑している。
正直ビアトリスも戸惑っていた。
(昨日の作戦が予想外の大成功だったってことかしら? ゲームだって、ここまで親しくなるのにはもっと時間がかかるはずなのに。……でも、その割にはエイミーの顔色が悪いように見えるんだけど?)
エイミーの本命はベンジャミン。イェルドを攻略できても嬉しくないのはわかるのだが、それにしたって、憔悴感が酷すぎる。目の下には大きなクマがあるし、笑顔が可哀相なくらい引き攣っているのである。
(いったいなにがあったの?)
できることならば、エイミーの両肩を掴んで前後に揺らして聞きだしたい!
しかし、ビアトリスの隣には当然のようにエドウィンがいた。当分一緒に公務に就けないと言ったエドウィンだが、まるでその埋め合わせと言わんばかりに、授業中は元より休憩時間までビアトリスの側に貼りついている。
エドウィンがようやく離れてくれたのは、放課後になってからだった。
「――――イェルド、少しいいかな?」
しかもイェルドを呼び出して、二人で教室を出ていく。
(今がチャンスよ!)
ビアトリスはそう思った。
視線を向ければ、エイミーも同じ気持ちらしく彼女をジッと見ている。
目と目で語り合った二人は、同時に席を立ち別々の出入り口から教室を出た。
前を行くエイミーを追いかける形で、人目を避けて空き教室に入る。
「うわぁぁぁ~ん! 怖かったぁ!」
同時にエイミーが泣きついてきた。




