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(きゃぁっ? なになに? 今、あの部屋の中から聞こえたわよね?)


 もしも中で爆発でも起こっていたのなら、エドウィンとエイミーが危ない。


「エドさま!」


 ビアトリスは、急いで駆け戻ろうとした。

 そこへもう一度さっきより派手な音が起こる。



『ドドドゴォォォッッンンンン!』



「きゃぁぁぁっ!」


 次いで、『バキバキ!』『メリメリ!』という音がして、ドアが『ドスン!』と倒れた。




「――――へ?」


 あまりのことにビアトリスは、呆気にとられてしまう。


(待って! 待って! 待って! あのドアって、木製じゃなくって金属製の超丈夫なドアだったわよね?)


 間違っても、バキバキメリメリと壊れるような代物ではなかったはずだ。

 呆然としていれば、たった今倒れたばかりのドアをヒョイと避けながらエドウィンが部屋から出てきた。


「やあ、ビアーテ」


 嬉しそうに微笑まれて、思わずビクッと震えてしまう。

 ――――笑顔なのに怖いとか、どういう状況だろう。



「エ、エドさま」


「どうもドアの具合が悪かったようでね。ちょっと力を入れたら壊れてしまったんだよ。ごめんね?」


(…………ちょっと?)


 ビアトリスは慌てて首を横に振った。


「そんな! 全然大丈夫ですわ! 謝られなくて結構です! む、むしろ、ドアの具合が悪くて? あの、その……ご迷惑をおかけしました!」


 ガバッとビアトリスは頭を下げる。

 廊下の床を見つめていれば、コツコツと足音が響いて、視界に黒い靴が入った。


「謝らなくていいよ、ビアーテ。今日は招待してくれてありがとう」


 大きな手が優しく頭に触れて、そのまま顔を上げさせられる。

 底の見えない黒い目に覗きこまれて、混乱した。



(優しいんだけど、滅茶苦茶優しいんだけど…………怒ってないの?)



 そこが不思議で不安だ。

 普通、部屋に閉じこめられたりしたら、不快に思うのではないだろうか?

 ビアトリスの戸惑いなど知らぬげにエドウィンは微笑んだ。


「少し遅れてしまったけれど、まだ親睦会に間に合うかな? 挨拶する時間はあるかい?」


 まるでドアのことなどなかったように聞かれて、ビアトリスはコクコクと頷いた。


「もちろんですわ、エドさま。エドさまに参加していただければみんな喜びます」


 いや、でも、それでいいのか?

 この事態はどうするんだ?


 そう思っていれば、騒ぎを聞きつけたのだろう公爵家の使用人たちが駆けつけてきた。


「お嬢さま! ご無事ですか?」

「今の音はなんですか?」

「殿下! これは――――いったい?」


 まあ、駆けつけてきたところで、全員呆然とするしかないのだが。

 そんな中、エドウィンだけが落ち着いていた。


「ああ、大丈夫だよ。少し不具合があってね。ドアを壊してしまったんだ。もちろん、修理代は私が払うよ。――――すまないが、後片付けを頼めるかい?」


 王子にこう言われて、これ以上ツッコめる者や断れる者がいるだろうか?

 使用人たちは「少し?」と疑問を呟いたものの、全員「はい」と頷いた。


「そんな! エドさま、修理代は我が家が出します!」


 慌ててビアトリスは、声を出す。ドアを具合悪くしてしまったのは自分なのだ。修理代を払わせるなんてとんでもない!

 エドウィンは、宥めるようにビアトリスの頭を撫でた。


「壊したのは私だよ。……でもそうだね。もしもビアーテの気が済まないのなら、今度王立歌劇団に一緒に行ってくれないか?」


「王立歌劇団ですか?」


 ビアトリスは、目を瞬いた。

 いったいなにがどうして、王立歌劇団が出てきたのだろう?

 エドウィンは、困ったように笑う。


「ああ、毎年この時期に王立歌劇団の創立記念公演会が開かれているのは知っているだろう? いつもは叔父上夫婦が臨席されるのだけど、今年は揃って体調を崩したらしくてね。代理を頼まれてしまったのさ」


 そういうことであれば、やぶさかではない。


「わかりました。喜んでご一緒させていただきます!」


「ありがとう。ああ、着ていくドレスや装飾品は私の方で用意するよ。帰りは最近王都で評判のレストランで食事をしよう。……楽しみだね?」


 それは、エドウィンにとって、ますます出費が嵩むのでは?

 ドアの修理代を払ってもらう代わりになるのだろうか?


「あ、あの、エドさま――――」


「約束だよ。ビアーテ」


 そっと手を握られて、甲に唇を落とされながら願われては、ビアトリスに断れるはずもない。



(……えっと? これでよかったの?)



 混乱しながらエドウィンにエスコートされ、クラスの親睦会に復帰したビアトリスが、エイミーのことをすっかり忘れていたことに気がついたのはすべてが終わった夜半過ぎだった。



 ――――翌日、エイミーから親睦会への招待に対する礼状が届く。

 素っ気もなにもない白い封筒に白い便せんに形式通りの礼文のあとには、日本語で追記が一言。


『とりあえず休戦にしとくから、私には構わないで!』


 まったくもって意味不明の文章に首を傾げてしまった。



(どういうこと? とりあえず、今すぐには、ベンさまに手出ししないってことなのかしら?)


 休戦というのはそういうことだろうか?

 今すぐ会って問い質したいと思うのだが『構わないで』と書かれてしまってはそういうわけにもいかなかった。


 礼状の礼状を出して聞いてもみたのだが梨のつぶて。


 なにがどうしてそうなったのか、まったくわからない。



 ビアトリスは、ただただ途方に暮れた。


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