第57話:俺は善人にはなれない
「うわ〜ん!お父さん!お母さんがいじめるよぉ!!」
「レナ!!お父さんは今、お仕事中です!邪魔しないの!!」
「いや、大丈夫だぞ。少し休憩を取ろうと思ってたからな」
「お父さん!あのね、あのね、お母さんがね、怖いの!鬼のように怖いの!カグヤお姉ちゃんよりも鬼なの!!」
「こらっ!人聞きの悪いこと言うんじゃありません!レナが訓練をサボろうとするからでしょ!」
「お〜よしよし。怖かったな〜。お母さんは鬼教官だな」
「えへへ〜。お父さん、優しいから好き〜」
「……………シンヤさん?最近、子供達に甘すぎませんか?」
「そうか?」
あれから、10年もの月日が経っていた。それほどの年月があれば、色々なものが変わる。人も国も世界も………………ありとあらゆる事象は常に不変ではない。こうしている今も刻一刻と時間は過ぎていく。俺達はそれを大切に刻みながら、生きていた。
「お母さん、怖いから嫌…………」
「レナ」
抱っこしている愛娘が続けようとした言葉を遮り、俺は静かに名を呼んだ。ちなみにレナは俺とティアの娘であり、非常に活発的な性格をしている分、よくティアに落ち着きなさいと言われている。外見はティアをそのまま小さくしたような感じで一番早く生まれたこと、性格、さらに戦闘能力の高さから他の子供達のリーダー的存在となっていた。
「何?」
「お父さんはお父さんと同じくらい、お母さんのことも好きになって欲しいな」
「…………でも」
「お母さんはレナのことが憎くて、そんな風に接してる訳じゃないんだよ?そりゃ、人それぞれ嫌いなことやしたくないことはある。でも、好きなことだけをして生きている人なんて1人もいないんだ。だから、お母さんがレナが嫌だと感じることをさせるのは練習なんだよ?」
「練習?」
「そう。レナが大きくなった時にレナが嫌だなと思うことでもしなきゃいけない時がくるかもしれない。それなのに今までしたいことだけをして生きてきたとしたら、できると思う?」
「う〜〜〜ん」
「もしかしたら、できるかもしれない。でも、そんな人は一部で多くの人はできないと思うな。そうするとレナも困っちゃうでしょ?」
「うん、そうかも……………あっ!もしかして、それでお母さんが?」
「レナは物分かりが良くて助かるな〜」
「えへへ」
「じゃあ、そうと分かったら、どうするの?」
俺はそっとレナを床に下ろして、ティアの方へ軽く押した。すると、さっきまで嫌がっていたはずのティアの下へ自分から歩いていった。
「お母さん〜!ごめんね〜!私、お母さんがイジワルしてると思って〜!」
「いいの。私もごめんね。普段から、強く怒っちゃって、ごめんね」
涙混じりに抱き合う2人。それを見ていたら、何だか俺の目も若干、潤んできたような……………あれ?俺って、こんな涙脆かったか?
「知ってるか?人って、子供ができると変わるらしいぜ?」
そんな俺の様子を見たドルツが部屋の扉にもたれかかりながら、そう言った。
「うるせぇ………よ。俺は人じゃない…………神。最高神だぞ?」
「ははっ!違いねぇ」
おかしいな。俺の発する軽口はやけに震えながら、しかも途切れ途切れとなってしまったのだった。
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「また天界に?」
「ああ。とはいっても10年振りだけどな」
「何しに行くの?」
「ティア達に加護を付けた張本人に会いに行くんだよ」
「面白そうちゃき!余も連れていって欲しいちゃき!!」
「駄目だ。行くのは幹部以上だ」
シンヤはビオラとセキレイ、それからクロガネをそう窘めた。3人は悔しそうにしながらもどこか納得した様子だった。
「そりゃ、そうか。ぼく達はまだまだだもんな〜……………あ〜いいな〜…………クラン"黒天の星"及び軍団"黒の系譜"を支える幹部、"十長"。そして、それのさらに上の最高幹部である"十人十色"………………は〜ぼくも早くそのぐらいになりたいよ」
「上はまだまだだな〜」
「同感ちゃき」
「何言ってんだ。既にお前らはこの世界で俺達を除けば、最強クラスだろ」
「だから!そんなのは何の意味もないの!ぼくはこの組織の幹部になりたいんだから!!」
「そうだよ!その為に日夜、どれだけの戦いが繰り広げられているか!!」
「そうちゃき!!」
「……………大変そうだな」
結局、ビオラとセキレイは居心地の良さから、シンヤのクランへと加入を果たした。クロガネに至ってもリョウマから頼まれていたのもあって、当然の如くクランへ加入。ちなみにクロガネが戦闘する時は刀の状態になり、空中を飛び回って
戦うスタイルである。
「じゃあ、行ってくるわ」
「「「行ってらっしゃい!!」」」
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「お待ちしておりましたぞ、最高神シンヤ・モリタニ様」
「気色の悪い呼び方をするな。あと敬語も禁止な?」
「え?良いのか?よーし!じゃあ、このまま一杯やりながら、話を聞かせてもらおうかのぅ!」
「順応早すぎだろ」
その後、天界にて予定通り、神達と会ったシンヤ達。その中で獣神ケルヌンノスがティアへ獣神の立場を引き継いで欲しいと懇願。曰く、ティアの方が自分よりも強くなってしまったから、立つ瀬がないと……………すると、それに続けとばかりに他の加護を授けた張本人達も同じようにそれぞれ後継者を見つけては懇願。これによって、ティア達が立場を引き継いだとかいないとか。
「うわ〜すごい!!」
「英雄シンヤ・モリタニ!カッケェ〜!!」
「私、ティアさんに憧れるわ!!」
「黒刀!シャキーン!!」
一方、地上ではシンヤ・モリタニ率いるクラン"黒天の星"及び軍団"黒の系譜"のこれまでの軌跡が学べる記念館のようなものが設立され、連日多くの客で賑わっていた。そこには"邪神災害"・"軍団戦争"・"聖義事変"・"聖戦"など主だった出来事が記してあり、傍らに控える吟遊詩人が"これはとある青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語"と題して詩を歌っていた。そして、それはこの先永きに渡って語り継がれていくこととなる。
「ほっほっほ。地上では凄いことになっておるんだのぅ、お主ら」
地上の様子を上から見ていた神にそう問われたシンヤは知るかと吐き捨て、背を向ける。そこへティアから声が掛けられた。
「やっぱり、シンヤさんは出会った時から、とても強くて優しくて素敵で……………まさに善人です」
「そんな大層なもんじゃない。俺は俺の大切な者達を守れれば、どうだっていい……………だから、俺は」
そこで一呼吸おいたシンヤはゆっくりとこう答えた。
「俺は善人にはなれない」
これにて、この物語は完結となります。今まで沢山のご愛読ありがとうございました。とても楽しく書くことができました。それは読者の方々あってのものです。本当にありがとうございました!!




