第267話 名の知れた男2
「そんな………………本当に僕は許されてしまってもいいのだろうか?」
大きく掲げられた署名を見ながら、ハーメルンは呟いた。その表情は不安と恐怖で彩られており、あと1歩のところで自身の明るい未来を信じ切ることができてはいないようだった。ところが、その気持ちもシンヤが次に放った一言により、氷解することとなる。
「ハーメルン、よく見ろよ。これだけの者達がお前のことを想ってくれているんだぞ。それにお前が許されないってことはここにいるユーサー達も同じことになる。もう自分自身を責めなくていいんじゃないか?お前はこの2週間、十分苦しんだんだ………………よく我慢したな」
「……………ううっ、シンヤ………………ぼ、僕は兄のせいでみんなが………………」
「ああ。嫌な思いをしたと思って辛かったんだろ?大丈夫だ。お前のせいじゃないし、何もお前が責任を負う必要はない。民意だけではなく、俺達もそう思っている」
「そう……………なの?」
「ああ。だから、俺達をもっと頼れ。あまり1人で背負い込むな。俺達の関係は何だ?」
「同盟……………?」
「そう。つまり、仲間だ。仲間が困っているのなら、助ける。これは当然のことだ」
シンヤの言葉に深く頷く同盟クランのマスター達。彼らから感じるものは仲間への親愛の情。ただそれだけだった。そこには打算的な目論みも野心も一切なく、皆がハーメルンのことを純粋に心の底から想っていた。
「……………シンヤ、ありがとう。もう大丈夫だ」
一瞬、涙混じりの顔を下へと向けたハーメルンだったが、それも数秒後に顔を上げた時には笑顔になっていた。そして、ユーサー達とアイコンタクトを交わしたハーメルンは聴衆へと身体を向ける。するとそれに続くようにユーサー達も前へと進み出て、ハーメルンの横に並んだ。結果、横一列になった3人は目配せをし合うと深呼吸をして数秒経った後にこう言った。
「「「この度は大変申し訳ございませんでした!」」」
ここまで色々と起こったせいか状況を今一度整理する者達が多く、しばらくは静寂が場を支配していた。5分、下手したら10分程だろうか。実際には1分程度しか経っていないのだろうが聴衆にはそれぐらいに感じていた。とそんな中、この状況を見かねたのか最初に沈黙を破ったのは聴衆ではなく、まさかのシンヤだった。
「とまぁ、これだけの署名もあるしこいつらも反省している。だから、ここは1つ許してやってくれないか?」
まるで湖面に石が投げられた時のようにシンヤの言葉は徐々に聴衆の間に浸透していった。これによって現場の空気感では完全にハーメルン達が無罪となる流れだった。誰も彼らに対して嫌悪感を抱いてはおらず、先程までハーメルンに対して否定的な意見を持っていた者でさえも無罪を認めざるを得ない、そんな状況になっていた。
「まぁ、普通に考えてあいつらは悪くないしな」
「そうよ。可哀想よ」
「お、俺は最初からそう思ってたぞ!」
「あ〜肉食いてぇ」
聴衆からハーメルン達を肯定する意見が次々に出ているのを確認したシンヤはハーメルン達へと目配せをした後、次の瞬間、同盟クランのマスター達と共にその場から姿を消した。そして、それに聴衆が驚いたのも束の間、3人の口からその日最も大きな声で感謝の言葉が紡がれた。
「「「皆様、どうもありがとうございました!!!」」」
その後、広場に歓声が湧き上がったのは言うまでもないことである。
「ふ〜ん……………やるじゃねぇか」
壇上での一幕を遠くの方で見ていた男がそう零した。薄汚れたローブに傲岸不遜な態度をしており、手に持った骨付き肉を人の目などお構いなしに食い千切っている。その度に顔を半分程覆っているフードが揺れ、そこから黒髪が見え隠れしていた。するとそんな様子を近くで見ていた酔っ払いが何を思ったのか、いきなり絡み出した。
「おい!お前の食ってる肉、やけに美味そうだな!ちょっと分けてくれよ」
あろうことか酔っ払いは男の持っている肉へと手を伸ばして奪い取ろうと試みた………………が、その手は呆気なく空を掴み、
「邪魔だ。どけ」
「げぶらぁっ!?」
腹に膝蹴りを決められてどこかへと吹っ飛んでいった。突然起きたこの出来事に周りの者達は驚いて一斉に男の方を見たが、そんな視線を気にする素振りもなく、男は出口へと向かって歩いていった。
「お、おい。今のって……………」
「ああ。薄汚れたローブに傲岸不遜なあの態度。そして何より…………黒髪黒眼。間違いない。キョウだ」
「おいおい、それって…………」
「ああ。ここらじゃ、名の知れた男だな」




