第241話 ルイス家
ルイス家と言えば代々、優秀な研究者を輩出する家系として有名だった。その始まりは実に200年以上前と言われており、1人の天才が成した偉業により、それまでは中流家庭だったルイス家がそこから一気に貴族の仲間入りを果たしたとのことだ。それから今日に至るまでルイス家の者は皆、研究者という道を歩むのが当然でそれ以外の選択肢を切り捨てるという考え方自体に疑問を持つ者は1人もいなかった……………僕を除いては。日々、研究に没頭し、そこで出会った研究者同士が惹かれ合い結婚する。僕の家系はそういったパターンが多かった。かくいう僕の父と母の出会いも職場だ。そんな家に生まれた僕はいわゆる異端児だった。幼い頃から一通り、研究者になる為の勉強をさせられてはいたが、これっぽっちも興味が湧くことなく、ひたすらに無意味な時間だけが過ぎていった。そんな僕に対して、両親はさぞかし嫌気が差していたことだろう。最初こそは僕の内面とちゃんと向き合おうとしていたが、途中からは顔を合わせても無視されることが多くなっていた。しかし、両親を困らせていたのはどうやら僕だけではなかったようだ。というのも僕には5つ歳上の兄がいるのだが、その兄の方が僕よりもよっぽど問題児だったみたいだ。例えば、ブツブツと独り言を言いながら本を読んだり、時折不気味な笑いを浮かべながらどこかを見ていたりといったような行動をとっていた。当時、父はよく言っていた。"あいつは歳に似合わない危険な目をしている。いつかとんでもないことをしでかさなければいいが"……………と。そんな父の予言は当たることとなる。ある日、遂に兄が一線を越えてしまう事件が起きた。ルイス家と研究者を輩出する他の貴族と共同で管理する研究があった。それは極秘のものであり、万が一にも外へ漏れてしまわないよう細心の注意を払いながら、研究が行われていた。当然、現場も厳重に管理され、それぞれの家長以外は入ることが許されていなかった。僕達もその研究の存在自体は知っていて、よく"あそこにだけは入ってはいけない"と釘を刺されていた。とはいってもその研究が一体どこで行われているのかは分からない為、何故そんなことを口酸っぱく言ってくるのか理解ができなかったし、仮に現場を突き止めたとして突撃してやろうなんてことは微塵も考えていなかった。ところが、そんな状態だったのは僕だけであり、兄は違ったようだ。兄はずっと機を窺っていた。来る日も来る日も他のことで気を紛らわし、いつかその研究に近付くことだけを夢見てきたらしい。そして、その日は突然、訪れることとなる。ある日、たまたま家にいた父が僕達を呼び、一緒に極秘の研究をしているところまで行かないかと誘ってきた。僕達は2人共暇だった為、同行することになったのだが、その時の兄のニヤけた顔がしばらく頭から離れなかった。現場につくとそこは大きな研究所だった。僕らには理解が及ばないような道具や書類が沢山あり、魔道具に繋がるケーブルなようなものも伸びていた。初めての場所であることとあまりに本格的で戸惑っている僕達を見た父は分かりやすいようひとしきり説明をしてくれた。それから迷惑のかからないよう見学していいと言われ、あちこち見て回っているうちにふと兄がいないことに気が付いた。そのことを父に伝えると父も途中で見失ってしまい、探しているとのことだった。そこで2人して兄の捜索をすることになり、しばらくして、とうとう兄らしき者を見つけることができた。しかし、問題が1つあった。兄を見つけたタイミングだ。兄はちょうどある場所から出てきたところだった。それは父から絶対に入ってはいけないと釘を刺されていた場所だった。それが分かった瞬間、父は激怒し、兄に詰め寄った。ところが兄は………………
"こ、これが僕の求めていたものだ!ぐははっ!もうこれでこの家に用はない。あ、父上と弟よ。今まで世話になったな。約束を破った僕を勘当してくれて結構。もう僕はルイス家の者ではない!これからはただの研究者として生きていく!"
狂った笑いを浮かべながら、僕達へ背を向けて、どこかへと消えていった。それから僕は兄とは会っていない。
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「自分達が何をしたのか分かってる?」
ハーメルンが"聖義の剣"の幹部に対して問いかける。そこには隠しきれない怒りがあった。
「あ?何がだ?」
「死者を生き返らそうとするなんて」
「まさに神秘の力だ!一度潰えた命がこうして再び舞い戻ってきたんだからな!しかもこいつは以前よりも…………」
「君達は何を考えているんだ!」
ハーメルンの怒声が辺り一帯に響き渡る。その迫力と威圧感により空気が震え、木々が揺れる。これには幹部の男も目を見張った。
「人は本当の意味で生き返ったりはしない!だからこそ、たった一度きりの人生を死に物狂いで一生懸命に生きているんだ!それがどれだけ美しいことか、君には分かるか!」
「は?お前、一体何を言って」
「一生懸命生きて、その人なりのストーリーを歩んで終わりを迎える。それをもう一度、本人の意志を無視して、生き返らせるなんて!それは死者を冒涜しているのと一緒だ!どれだけ馬鹿にすれば気が済む!僕はそんなの認めない……………もう一度言うよ。人が生き返るなんてことがあってはならない」
「何をグタグタと言ってんだ。もう一度、やり直せるなんて最高じゃねぇか」
「これ以上はいくら言っても平行線だね。それにしても人を生き返らせるなんて研究が本当にあったなんて……………昔、父に聞いた通りだな」
「父だと?」
「あ、こっちの話。ところで、君達の研究者のトップって」
「ああ。そいつなら、先日ハジメ様に殺られたぞ。なんでも放っておいたら危険だからと。まぁ、そいつのおかげでこうして"新生人"が手に入ったが、もう用済みなのは間違いないからな」
「……………そうか」
「何だ?まさか、そいつと知り合いってんじゃないだろうな?」
「そうかもしれないと言ったら?」
「っ!?そ、そんな馬鹿な!?奴の交友関係は極めて狭いはず。ましてや、同じ組織以外の奴など」
「その人、ズボラって名前じゃない?」
「っ!?な、何で知って」
「だって、その人……………」
そこから10秒ほど間を空けてから、ハーメルンは言った。
「僕の兄だから」




