第154話 温泉
「シンヤ殿、いかがかね?我が里自慢の温泉は」
「気持ちいいな。話には聞いていたが、まさかこれ程とは」
宴が終わり、次に俺達が案内された場所はこの里に古くからある天然温泉だった。効能としては心身の疲労回復、また軽い怪我に対して治癒効果があり、暴飲暴食からくる不調もしっかりと湯に浸かれば治ってしまうらしい。来る途中で何度も力説されていた為、すっかり覚えてしまった。おそらく今後、記憶から離れることはないだろう。だが、一度湯に浸かってしまえば、そんな自慢をしたくなる気持ちが痛いほどよく分かった。それほどまでに良質で気持ちの良い温泉なのだ。里の者達にとってはこれがとても誇らしいのだろう。
「思う存分、浸かっていってくれたまえ。まぁ、君達のしてくれたことに比べれば、こんなものでは全然足りないが…………」
「美味い料理と温かい温泉があれば十分だ。ましてや、お前達はカグヤの仲間だ。それにいずれは本当に家族になるかもしれないからな」
「ん?それは一体、どういう…………」
その時、ちょうど横から1人の男が近付いてきた。どことなく、カグヤに似ている風貌をしていた。
「長老!お話中、申し訳ございません。私もそちらの青年と少し話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん?お、オキナじゃないか。いいぞ。特に急ぎでする話もないしな」
「ありがとうございます」
「おぅ。ではシンヤ殿また後で」
そう言ってオキナと呼ばれた男と入れ替わる形でギルは湯から上がり、どこかへと向かった。直後、俺の横にその男はやってきた。
「失礼する。俺はオキナ。長老一家の護衛隊で隊長を務めている者だ。この度は長老をお救い頂き、誠に感謝する。本当にありがとう」
「俺はシンヤ。冒険者をしている。俺の方こそ、こんな素晴らしい里に来れて良かった。ありがとう」
「…………君はカグヤの話通りの人物だな」
「?」
「こうして目の前にすると分かる。何故、みんな君に着いていこうとするのか……………間違いなく、人の上に立つ器の持ち主だ」
「話が見えないんだが?」
「あぁ、悪い。さっさと本題に入らないとな。カグヤのことなんだが……………」
「ああ」
「あいつを…………娘を今日まで本当にありがとう。それから沢山、迷惑をかけてしまい、本当にすまない」
「娘ってことはアンタ、もしかして」
「ああ。俺はカグヤの父だ」
「なるほどな。どことなく似ていたのはそのせいか…………俺の方こそ、ありがとう。カグヤには今まで沢山助けてもらってきた。迷惑についてはかけない奴なんていないだろ。何なら、俺もかけてきたから、おあいこだ。これからも助けてもらうし、迷惑をかけていくが楽しく生きていくつもりだ」
「そうか。これからも娘をよろしく頼む。いずれは違う形で挨拶にも来るのだろう?」
「よく分かったな」
「カグヤとシンヤの顔を見ていれば分かるさ。お互いがお互いのことを語る時、とても幸せそうだ」
「そうか」
一方その頃、女子メンバー達はというと…………
「ネネ、この温泉はどうだ?」
「いいですね〜文字通り、羽を伸ばしてます」
「そうか。マヤはどうだ?」
「私も文字通り、首を伸ばしてます〜あ〜気持ちいい」
「広いからちゃんと浸かれるだろ?レーンはどうだ?」
「いや〜これは疲れが取れますね〜まぁ、とはいっても今回の依頼では我々が疲れるほどの相手になど出会ってませんがね」
「おいおい、油断は禁物だぞ。世界は広いんだ。一体、いつ強大な敵に遭遇するかは分からんぞ?アスターロ教の幹部達がそのいい例だ」
「ア、アスターロ教っ!?そ、そうだ!その話をまだ聞いていなかった!」
アスターロ教という単語に大きな反応を示したリースはほぼほぼ寝る体勢で浸かっていたが身体を起こし、話に参加してきた。そこからはカグヤがあの時の戦いをリースの質問に答えながら話していった。ちなみにリースの性別はフリーダムを出発する前にシンヤがクランメンバー全員に伝えていた為、彼女がここにいることに対して疑問を抱く者はいなかった。だから、フォレスト国の城内で王子達に告げた時もクランメンバーは驚くことがなかったのだ。性別を隠し通すという彼女の信念についてだが、生活を共にする上でクランメンバーを信頼するようになり、ずっと嘘をついているのが裏切りみたいで嫌だと感じたリースがシンヤに相談して、伝えることとなったのである。そして、今後は性別を偽ることなく、ありのままに生きていくと彼女は決めていた。元々、それが国の為に必要なことだと感じていたからしていたのであり、国の問題を解決した今、もうその必要はないのだ。だからこそ、こうして堂々と仲間達と温泉に浸かれるのは彼女にとって、とても幸せなことだった。




