第128話 ダークエルフの隠れ里
「長老…………?」
門番の呟きに反応してか、1人のダークエルフがこちらへと歩いてくる。長く使い込まれたであろう杖をつき、鋭い目を門番へと向けながらだ。相当年老いているはずであろうがその動作に衰えは見られず、一歩一歩を確かな足取りで進んでくる。全体的に隙のないその動きからは実力者であることが窺える。おそらく、リースと同程度の実力だろう。
「ジェイド、お主は自分が今、何をしているのか分かっておるのか?」
「は、はい。私はただこの不届きな侵入者を排除しようと……………」
「それが間違っておるという可能性を少しも考えなかったのか?」
「え…………」
「お主は先程、何と言った?"中身を知ろうとせず、外見だけで判断されてきた我々は他種族から散々な扱いを受けてきたんだ"…………そう言わなかったか?」
「は、はい」
「お主が今、まさに彼等にしようとしていることがそれそのものではないのか?彼等の話を聞いて人間性や中身を判断せず、外見から他種族で薄汚い連中だと決め付けて排除しようとする……………これでは我々がされてきたことと同じではないか」
「で、ですがローズが!」
「何と言っておった?彼等のことを仲間であり、家族とまで言ったんじゃぞ?さらには彼等に襲い掛かろうとするお主を必死に止めようとまでした。そこまでさせておいて、手を止めないということは目の前にいるローズのことも信じていないということになる」
「そ、それはっ!」
「ローズの顔を見るんじゃ。それでもまだ信じられないか?」
「ジェイドさん……………」
「ローズ…………」
そこから約20秒ほど沈黙の時間が流れた。その間は誰1人この場を動こうとせず、少し張り詰めた空気が漂っていた。しかし、ローズの顔から何かを得たのか、ジェイドと呼ばれた男は1つため息を吐くとこちらへ向かって歩き出し、俺達の目の前まで来て、いきなり土下座をしだした。
「お客人!この度はこちらの身勝手な判断から、いくつもの無礼な態度や暴言をしてしまったこと、本当にすまなかった!!」
「頭を上げろ。別に気にしていない。お前は仲間達を守ろうと必死だったんだ。その行動を称賛することはあれど否定したりはしない」
俺がそう言った直後、一陣の風が吹いた。いつの間にか離れた距離を詰め、いきなり目の前に先程の長老とやらが現れた…………ように常人の目には映っただろう。見れば、持っていた杖を俺の方に振り下ろそうとしていたところだった。それをリースが自身の持つ山吹色をした綺麗なシャムシールで受け止めていた。
「ほぅ…………これを止めるか」
「いきなり何をするんだ!それも今、許してやったばかりのシンヤに対して」
長老の感心した声に苛ついた様子を見せたリースが答えた。俺はリースを落ち着かせようと2人の間に割って入り、リースを下がらせた。
「落ち着け、リース。この爺さんには殺気がない。そんなことはお前以外、全員気が付いている。だから、誰も反応しなかっただろ?」
「……………」
「俺の為を思って動いてくれるのは構わないがまずは周りの状況を読み、相手の様子を常に警戒することを覚えてくれ。それと爺さんの実力はお前とほぼ同じ。つまり、他のメンバーが仮に襲われたところで何も問題はない」
「うっ…………ぐすっ」
「泣くな。別に責めている訳じゃない。お前の行動は素直に嬉しかったぞ。でも、もう少し修行が必要だな」
「……………うん、分かった」
「よし……………で、爺さん、何のつもりだ?あんたの茶番のせいでうちの大切なメンバーが軽く泣いてしまったんだが」
「これは失礼した。お主らの実力を少し計りたくての…………しかし、これは参った。そこの金髪坊や以外はまるで微動だにせんかった。薄々気が付いておったが、1人1人がワシよりも確実に強いな。やはり、お主らが"黒天の星"の者達というのは本当のようだな」
「それはどうかな?門番の言うことにも一理あると思うが?俺達がローズを唆して隠れ里に侵入して、何か良からぬことを企むとか…………爺さんも勘づいてるように俺達はアンタらよりもよっぽど強い。一瞬でアンタら里の者達を亡き者にして、去ることなど造作もないんだ。あっさりと認めるには早いんじゃないのか?」
「もし、偽物ならばワシらを殺るチャンスなどいくらでもあった。それにローズのあの訴えかけが演技だとは到底思えん。何より、そんなことを企んでいる者がわざわざ自分達の正体に疑問を持たないのかなんて問いかけをする余裕などはないはずじゃ」
「なるほどな」
「という訳でお主らが本物の"黒天の星"の者達で間違いはないじゃろ。それが分かったところで改めて自己紹介をさせて欲しい。ワシの名はシード。このダークエルフの隠れ里の長老をしている者じゃ。この度は里の者が勘違いから無礼な振る舞いをしてしまい、誠に申し訳なかった。それから、今までローズを仲間として家族として扱ってくれて、ありがとう」
「礼には及ばん。ローズは俺達にとって大切な存在だ。それは強制されたからでもなければ、何か見返りがあったからでもない。俺達が心の底から彼女を必要としていたからだ」
「そう言ってもらえて大変嬉しいのぅ。どうやら、お主ら"黒天の星"が多種族でできたクランというのは本当のようじゃの」
「ああ………………っと改めて俺も名乗ろう。俺はシンヤ。冒険者をしている者だ。今日はローズの里帰りに付き合わせてもらいにここまでやって来た」
「それはご苦労様じゃ。特にめぼしいものはない里じゃがゆっくりしていってくれ」
「ああ。お邪魔させてもらう」
「いらっしゃい。ようこそ、ダークエルフの隠れ里へ」
俺達は長老の案内で里の中へと入っていく。チラリとローズを見てみるととても嬉しそうな顔をしていた。やはり久しぶりに仲間に会えるのが嬉しいのだろう。その表情を見れただけでもここへ来た甲斐があった。と同時にこの行為が間違っていなかったことに少しホッとしていた。




