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「二人とも! そろそろ戻りましょう」


 声をかけると、ノエルとアロイスは同時に振り向いた。

 私を見るなり気まずそうに目を泳がせている姿は似ていて、改めて血のつながりを感じてしまう。


「アロイス殿下にはもう少し話したいことがあるから、他の先生たちに上手く言ってくれないか?」

「ダメよ、早く戻らないとこれから森番のお話を聞く時間があるでしょう? 貴重な機会なんだから、アロイス殿下が逃すともったいないわ」


 本音としてはゲームのイベントを起こしたくないからなんだけど、そんな理由を彼らには言えないし、学外学習の内容を存分に活かして説得するしかないわね。


 二人が一緒にいるとなにか起きそうで怖いのよ、早くみんなの元に戻したい。


「……そうだな、それならアロイス殿下だけ先に連れていってくれ。僕は用があるから後で戻るよ」


 用がある?

 こんな森の奥で?


 嫌な予感がして、冷や汗が流れる。


「なんの、用があるの?」

「森の様子が少し変でね。魔物がいるかもしれないからちょっと様子を見てくるよ」


 嫌だ。どんどんゲーム通りになっている気がする。

 だけど、ゲームではアロイスを魔物に近づけさせたノエルが、自分が魔物を見てくると言っている。


 アロイスに危害を加えるつもりはなさそうでホッとしたけど、それと同時に、ノエルが危ない目に遭うのが心配だ。


 ノエルを止めなきゃいけないのに、なんて言ったら留まってくれるのか、わからない。


 危ないからとか、気のせいだとか、そんなことを言ってもノエルを止められない気がする。


 頭を捻っていると、アロイスが縋るようにノエルの服を掴んだ。


「ダメです! それでは兄上が……あ」


 「兄上」と、言ってしまったことに気づいて、アロイスはすぐに口を閉じて、狼狽えながら私とノエルの顔を窺う。


 そうよね、彼が兄弟だということは公表されていないことだから、私に聞かせちゃダメよね。

 それに、ノエルとはお互いに一定の距離を保って接しているようだし、本当はそう呼びたくて、心の中でずっと読んでたのが口をついて出てきてしまったのかも。


 やばい、兄上って呼びたくて呼んじゃっただなんて、かわいすぎて鼻血出そう。


「すみません、言い間違えました」


 いや、ノエルが兄上で合ってるんだけどね。

 だけど公にされてないことだもんね。


 なんとかうまいこと言ってアロイスを宥めたかったのに、顔を真っ赤にしているアロイスを見ているとにやけそうで、理性を総動員して表情を保つのに忙しくて声をかけられなかった。


 すると、ノエルがアロイスの頭の上に手を置いて、くしゃりと撫でる。


「僕が兄上、か。こんなにも優秀で頼もしい弟ができて嬉しいなぁ。だけどアロイス、みんなの前では先生と呼ぼうね? ブラコンだと笑われてしまうよ?」

「っからかわないでください」


 ぐしゃぐしゃと、いささか乱暴に撫でるものだから、アロイスの前髪はボサボサになっていて、空色の綺麗な目はすっかり隠れてしまった。

 彼の手を払いのけようとしているアロイスは、怒ったように言い返しているけどどこか嬉しそうで、口元を綻ばせているのが見える。


 ゲームでアロイスがサラに零した話だと、アロイスは生まれた時から兄弟はみな敵であったし、母親は彼を王座に就けることしか考えてない上に、父親である国王なんてもってのほかで、子どもたちに見向きもしないものだから、家族の愛に憧れがある。


 たぶん、ゲームの中でアロイスがノエルに騙されてしまったのは、王室の外にいる彼なら、他の兄弟たちとは違って家族らしい交流ができるのではと、期待していたからなのかもしれない。


 一方でノエルは、寂しそうな顔をしていて、まるで痛みや苦しみに耐えているかのようで、あまりにも辛そうに見えるから、見ていると泣きたくなった。

 

 ノエルはアロイスを見て、なにを考えているのかしら?

 聞いたところで教えてくれないだろうけど、もし彼が傷ついたのなら、励ましたい。


 もう彼の過去に、彼を苦しめさせたくないから。


「アロイス、兄さんに任せなさい。その代わり、兄さんの婚約者を守っていてくれ」

「私も行きます。魔物がいるかもしれないのに一人で行かせたくありません」


 めずらしく拗ねた声になるアロイスに、ノエルも私も驚いてしまったけど、ノエルはすぐに眼差しを優しくして。


「いい子だから、みんなのところに戻りなさい」

 

 そう言って、アロイスの肩を押して私に預けてくる。


「ダメよ、ファビウス先生も一緒に戻りましょう。戻って、他の先生たちと一緒に見に行った方がいいわ」

「先生たちは生徒を守る必要があるし、様子を見に行くだけなら一人で充分だよ」


 それはそうかもしれないけど、もし魔物が本当にいて、それがゲームに出てきたのと同じ魔物だったら、普通の魔法では太刀打ちできない相手だから、ノエルが危険だ。


 その魔物は、アロイスを暗殺するためシーアが呪術で強化しているはず。

 倒すのには光使いの力が必要で、サラが目覚めていないいまでは、多勢でも倒すのが難しいのに一人で行くだなんて無謀だ。


「私から離れちゃダメって、言ったでしょう?」


 そんな言葉、ノエルに効かないのはわかってる。

 実際に、ノエルは思い留まってなんかくれなくて、微笑みすら浮かべているんだもの。心配してるのに、なんで笑ってるのよ。


「説教はあとでたっぷり聞くから、待ってて」

「嫌よ。ノエルが無茶しそうだもの」

「レティシアほどじゃないよ」


 ノエルの手が頬を撫でてきて、離れていった。

 

 私とアロイスを残して奥へと進む彼を、森の木々が飲み込んでしまった。

ブクマ&評価をありがとうございます!

レティシアが心配してくれるのが嬉しいノエル、にやけた顔もイケメンがすると爽やかに微笑んでいるように見えるようです(レティシア談)。

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-ミーティアノベルス様告知サイトへの移動はこちらの文字をクリック- 挿絵(By みてみん)
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