私が帰す話 パート⑦
レィティアたちがいる部屋の隣を貸してもらい、私たちは腰を落ち着けた。
「僕のような獣人の名前なんて人間が覚えているか分からないからな、改めて自己紹介しよう。獣人族族長スウだ。見ての通り鼠の属性を戴いている」
「キリヤです。先日は会議へ出席していただいてありがとうございます」
「我々獣人にも関係があると言われたから行くべきだと判断したまでだ」
それで?と促されたので私は見たままを話す。
端からスウが信じるとは思えなかったが一応。
スウは私の話を聞き終わり、ため息をついた。
「…なるほど。確かに、お嬢さんから嘘の匂いはしない。だがご友人が嘘を吐いていないとは限らない」
「…それなら、そちらの彼らに聞いたほうが早いのでは?」
「残念だがお嬢さんが口すら利けない状態にしてくれたからな。彼らに話は聞けない」
あちゃー、それはやってしまった。
鼠は相手の体臭で感情を読み取る。
目が見えていないわけではないが、彼らにとって大切なのは表情より体臭の変化だ。
「ご友人に話を聞く前に、ローランド、君の話をしよう。君が失踪してから大体2ヶ月が経っている。その間の記憶はあるか?」
「…俺の記憶はいつも通り兵舎へ向かったところで終わっている。気づいた時には魔族の国にいた」
こちらに視線だけで説明を求めてきたローランドに私は視線を返し、キメラ襲撃事件魔族編をスウに伝える。
先日の会議と似たような内容にスウは眉をひそめた。
私が事件を起こしているのだとでも思っているのかもしれない。
「なるほど。分かった。それで魔族の者はどこに?」
「私の友人と話しています」
「ふむ。彼らはどういう関係なのだ」
「…恋人?」
「なぜそこで疑問系になる」
「だってお互いが恋人だと認めていないと付き合ってることにならないじゃないですか!」
いや私だってハッキリと答えたいけどどうしようもないんだよ!
と、そこで隣の扉が開く音がして何やら廊下で会話がされ、こちらの扉がノックされた。
スウが返事を返すとレィティアとギルが入ってきた。
「すみません、隣の部屋を使わせていただきありがとうございます」
「構わない。それであなた方は?」
「私は魔族のギルディアスです。事件に巻き込んでしまったローランド殿を送る役目を頂いた者です」
「…私はレィティアだ。迂闊に森へと入り込んだことを詫びたい。済まなかった」
二人を冷めた目でスウは見つめた。
「僕はスウ。族長だ。謝罪を受けよう。貴女を襲ったという者たちの話をしてもらえるか?」
「分かった。話そう」
ギルがレィティアを止めようとしたが、レィティアが視線で黙らせた。
ギルは言葉を飲み込み、押し黙る。
私は立ち上がってレィティアに席を譲った。
レィティアは素直に椅子に座り、襲われた時の状況を話始める。
それを聞いたスウは、私のときと同じような反応を返した。
「…なら後は彼らに話を聞きましょう」
「話をできる状態ではなかったが?」
「私が話せる程々の状態まで治しましょう。もし私たちの言い分が正しければ…元通り話せない状態にすればいいだけの話です」
私は扉を示す。
スウはため息をついて立ち上がり、扉へ向かった。
私たちが案内された棟とは別の棟へ移動し、そこの一部屋に私たちは集まっていた。
多分、この棟は病院のようなものだろう。
私が半殺しにした男五人は仲良く一つの部屋で寝かされていた。
私は紙の陣を男たちの額に乗せ、魔力を流した。
喋ることができるだけの状態に治してやる。
うめき声が聞こえ一人づつ目を覚ましていく。
私を見た彼らは怯えた声をあげたが、身体は全く治してないので、もがいて痛みに小さな悲鳴を上げるだけだった。
スウはその時の状況を話せと男たちに言った。
「っ…俺たちはいつも通り尋問をしていただけです!」
「そうだ!それなのにその人間が急に!」
弁解の言葉を喋り始めた彼らを私はただ見つめた。
これでスウが男たちがやってないと言うのなら、ローランドには悪いがレィティアを連れてさっさとこの国を出ようと思っている。
レィティアを不快な場所には居させたくないし、私も不愉快だ。
「…黙れ!」
今まで黙っていたローランドが、急に怒鳴った。
私たちは驚いてローランドを見る。
「ローランドさん?」
「…キリヤ、彼らは嘘をついている。族長、あなただって分かっていたはずだ。尋問は牢屋の中では行われないしするにしても男が五人も集まってすることじゃない」
ローランドは軽蔑の目で男たちを見た。
男たちはばつの悪そうな顔をしている。
「だが…そいつは人間だぞ!」
「いつも俺たちを虐げてきたのはそっちだろう!?」
男たちは開き直った。
その主張は聞くに耐えないものだ。
私はスウを見た。
スウは目頭を押さえ面倒臭そうにため息を吐いた。
「…はぁ。お嬢さん、すまないがこいつらの処罰は僕に任せてくれないだろうか…レィティア嬢、すまなかった。我が部族の非礼を詫びさせてほしい」
スウは立ち上がって男たちの頭を掴み、ベッドから引き摺り下ろした。
そして、冷気を漂わせて部屋を出ていった。
とりあえず、今日は滞在することになった。
レィティアとギルはまだ話すことがあるらしく部屋に閉じ籠っている。
ギルに「如何わしいことだけはすんな」と脅しをかけておいたので多分大丈夫だろう!
仕方ないのでローランドを案内役に、私は獣人の国を探索することにした。
「…おい…お前ら…キリヤに餌付けするな」
「えー!何でー!?」
「キリヤ姉ちゃん喜んでるじゃん!」
「ふぉーらふぉーら!(そーだそーだ!)」
「お前も餌付けされてるんじゃない!」
探索中、大人は全く近寄って来なかったが、好奇心旺盛な子供たちが寄ってきた。
子供は人間を初めて見る者が多く、警戒心は薄いようだ。
何故かよく分からないが、彼らから果実を沢山貰い、頂いている。
「あー、美味しかった!ありがとね、君たち」
「なぁなぁ、人間って怖いって聞いたんだけどキリヤ姉ちゃん本当に人間なのか?」
「人間だよー」
「人間っておれたちをドレーにするって母さんから聞いたよ?」
「んー…奴隷にしようとするやつらもいる。けど、ほとんどの人間は獣人を恐れてるよ」
「えー!?何で?」
「キリヤ姉ちゃんもおれたちが怖いの?」
「私は怖くないよ。獣人が人間の良き隣人であることを知ってるからね。でも知らない人間は獣人が怖いの。怖いから屈服させようとするんだよ」
私の話に子供たちは神妙に頷いた。
「じゃあおれたちの良いところを人間に広めようぜ!」
「人間の良いところもおれたちが広めようよ!」
「とりあえず…」
彼らは楽しそうに私を見て、
「キリヤ姉ちゃんは大食いで餌付けできるって広めよう!」
「いやちょっと待て!それ良いところか!?」
子供たちはキャーキャー言いながら走り去って行った。
何なんだあいつら…
今度、孤児院に招待してあげるのもいいかもしれない。
私は遠くに見える彼らに手を振って、困惑気味のローランドに振り返った。
「さて、次行きましょうか」
「…人間は俺たちが恐ろしかったのか…?」
「えぇ。普通の人間は獣人を恐れます。それは獣人も一緒なのでは?」
「…」
「知らないことは恐ろしいことです。だから私はこの国に来たかった。獣人のことが知りたかったんです」
私は視線を感じながら、次の場所へローランドを急かした。




