私が困惑する話 パート⑥
「…ふむ」
目の前には会議で会った魔族の男性…アトゥーロ様が正座していた。
彼は金髪と深い蒼の目を持った壮年の男性である。
頭には瘤が出来ていて、熱を持っているのか湯気が出ていた。
いや、それアニメの世界だろ…
もちろん、殴ったらしいユリアーデの拳からも湯気が立っていた。
食事を頂き、最後のデザートの時にアトゥーロ様は現れた。
扉が大きな音を立てて開かれたと思うと、魔王っぽい黒い服装のアトゥーロ様が現れて、空いている席にどかりと座った。
奇しくもそれはユリアーデの隣の席で、アトゥーロ様が私に気づいて何か口を開く前にユリアーデの拳がアトゥーロ様を襲った。
正直に言おう。私はあの拳を受けて生きていられる自信はない。
アトゥーロ様は宙を舞い、壁に激突。
また殴ろうとするユリアーデをナーダが止め、ザクロがアトゥーロ様を正座させ、冒頭に戻る、というわけである。
因みに私とリタはただただそれを呆然として見ていた。
「ごめん、リタ、キリヤ、食べてて」
「あー、うん。分かりました」
私は出て行く彼らを見送り、リタと一緒にデザートに舌鼓を打った。
リタは最初の時は心配していたのだが、孤児院でもそういうこと(私が元組織組の大人をシメる時とか)があるので、最後は一緒に美味しくデザートを頂きました。
ナクタさんが何事もなかったかのように給仕を続けてくれたのも助かった。
とりあえず、今日はお先に寝かせていただきます。
リタと一緒に寝て、ドーラさんに起こされて朝食を食べているとナクタさんが来た。
アトゥーロ様が私に会いたいらしい。
私は二つ返事で了解し、ご飯を食べてからアトゥーロ様に会いに行くことにした。
リタもついていきたいと言ったので、一緒に挨拶しようという話になる。
珍しくナーダがやってこないのでドーラさんに聞いてみるとナーダは私たちを迎えに行っている間の仕事をしているらしい。
…なんかごめん。
朝食を食べて、一息ついて、そろそろかなー、と思っているとナクタさんが迎えに来た。
私はリタと手を繋いでナクタさんの後を歩く。
そういや、お守りまだ作ってないなぁ…
今作ったら怒られるかな?
怒られるな、きっと。
仕方ないので私が普段身に付けている神様から貰ったブレスレットをリタに貸し出すことにした。
このブレスレットには私に何かあったとき(魔力封じられるとか)のために色々と細工をしかけておいたので、リタを守るには十二分の役割を果たしてくれると思う。
「リタ、これを貸してあげる」
「え…シスター、これ、いつも付けてるやつだよね?」
「うん。ここの人はみんないい人だけど、変な人がいないとは限らないから。ちゃんと取れないように魔術もかけておくし、気にせずに付けてね」
「でも…シスターの宝物じゃないの?」
「リタと比べたらただの玩具だよ。これくらい変えはいくらでもあるよ」
頭の片隅で「おいおい、いくらもねぇぞ!」と光る球が言っている幻想が浮かんだが、私はそれを軽くスルーした。
リタは恐る恐るブレスレットを付けたが、私が笑ってリタの頭を撫でるとリタも笑った。
ナクタさんがいる前なので、わざわざ懐から魔術陣の書かれた紙を出してブレスレットに押し当て、リタから離れないように魔術を張った。
「よし。お風呂の時もはずしちゃダメだよ」
「はーい」
…まぁ、外そうと思っても外れないが。
ナクタさんは私たちをニコニコと見ていた。
…あ、すみません、歩きながらでもこれ出来たんですけど、わざわざ止まっていただいて…
「失礼いたします。キリヤ様とリタ様をお連れしました」
「あぁ…なぁ、ナクタ、せめてノックくらいはせんのか」
「おや、必要でしたか?」
「…儂は魔王だったはずだが…この扱いは何故だ…」
「ご自身の胸に聞いてみると良いかと思います。陛下、キリヤ様とリタ様がお困りですよ」
「誰のせいだと…」
ナクタさんはお茶を用意しますね、と言って出て行った。
アトゥーロ様は不服そうにブツブツと呟いていたが、リタと目が合うと、気まずそうに私を見た。
「…確か、キリヤ殿、だったか」
「はい、お久しぶりです。会議以来ですね」
「うむ…キリヤ殿がここにいるということは我が国で何かあったのか?」
「え?いえ特には。私がここにいるのはこちらのリタの付き添いですよ」
アトゥーロ様は少し驚いた様子でリタを見た。
リタは緊張した面持ちで一歩前に出て、アトゥーロ様に挨拶をした。
「り、リタです!よろしくお願いします!」
「あ、あぁ…儂は魔族の国の王、アトゥーロだ」
「アトゥーロ様、そこはもう少しにこやかに挨拶なさったほうがいいですよ。リタはナーダさんと契約をする可能性があるので、契約した場合を考えて魔族の国を訪問しているんです」
「なるほどな…うむ。リタ殿、我々魔族はリタ殿の訪問を歓迎しよう。しかし、危険な思考を持つ者もおる。リタ殿が安心して滞在できるよう我々も手を尽くすが、そちらの方でも警戒はしておいてほしい」
「は、はい!」
少し引きつってはいるが、アトゥーロ様は中々にこやかにリタに挨拶を返した。
そこへ丁度ナクタさんが現れたので、私はナクタさんにリタを託した。
ナーダのところへ連れて行ってもらうよう頼むと、ナクタさんは快く了承してくれた。
2人きりになった部屋で、アトゥーロ様の雰囲気が変わった。
「…先日の会議だが」
「はい」
「…殆ど内容を聞いていなかったのだが…」
…うおい!!
ま、マジか…マジだったのか!!
嘘でしょ…確かに会議中ずっと温泉地の観光案内見てたけどさ!!
私の頭の中はどうしよう、という言葉しか浮かばなかった。




