私が困惑する話 パート④
とりあえず、会議の内容はあとでゆっくりということにして、アトゥーロの居場所を聞いてみた。
…残念ながらその会議の時からアトゥーロは温泉地へ消えてしまったらしい。
「…」
「…すまないな。ところで、ナーダの契約相手とはそちらのお嬢さんか?」
「えっ…あ、あの…リタ、です…」
私に抱き上げられたままだったリタは恐縮したように恐る恐る挨拶をした。
椅子に座る男性は微かに笑みを浮かべた。
「そうか。俺はギルディアス。ギルと呼んでくれ」
「は、はい!」
リタが勢いよく返事を返した。
そのとき、懐に入れていた手紙がガサリと音を立てた。
そういえば、トーマから預かっている手紙の主は誰だろう?
「はじめまして、キリヤです。えっと、この中でトーマという者を知っている方は居ますか?」
「え?トーマですか?」
反応したのは書類を整理していた男だった。
「知り合いですか?」
「えぇ。以前、利害の一致により協力関係を結んでいました。キリヤと言いましたね。あなたはトーマの知り合いなのですか?」
「はい。トーマから手紙を預かっています。どうぞ」
私は懐から手紙を出して渡した。
彼はその場で手紙を読み、書類を整理していたもう片方の女性が彼の後ろから手紙を覗き込んだ。
彼ら二人は何やら納得したようで、手紙を燃やした。
「なるほど。キリヤは信用できる人物のようです。トーマが彼女の身分を証明してくれました」
「…そのトーマというのは信用できるのか?」
「あぁ…貴方とナーダは知りませんね。トーマは僕とユリアーデとアトゥーロ様と、この国の現法律の基盤を築いた人間です」
「…そう。私たちと、この国、整備したの、あいつ、だから。その、手紙、から、トーマの魔力、感じるし、キリヤ、信用、できる」
今まで口を挟まなかった書類整理をしていたもう一人の女性が口を開いた。
ユリアーデという名前らしい。
この会話から分かったのは、過去の魔族の国の法律と今の法律は違うこと。
トーマは実は魔族に強力なパイプを持っていこと。
…えー、トーマ、先言ってよ…
…あれ?ちょっと待て、トーマって何歳!?
「僕はザクロ。滞在中はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
自己紹介が粗方終わった私たちは、ナーダにリタを任せ、会議の話をすることにした。
「…それで、会議では何が議題に?」
ギルディアスはナーダとリタの気配が遠ざかったのを確認して、そう口を開いた。
この人(?)はなかなか子供に優しい人らしい。
「…えーっと、ちょっとだけ失礼しますね」
私はこの部屋に結界を張った。
まぁ、聞かれて困る話かと言われると、そうでもないのだが、何となく。
私が何も言わずに結界を張ったことで、彼ら三人は驚きを示した。
そういえば人間って魔術しか使えないんだったね!
私はさり気なく手に魔術陣を書いた紙を転移させ、それを見せた。
彼らはそれを見て納得してくれたらしい。
「人間の国のアルテルリアは知ってますか?」
「もちろんだ」
「そこの魔術学園については?」
「人間の学園の中で最高峰の魔術師養成所だろう。あそこの結界は俺たち三人が全力を出してやっと壊せる代物だと聞いている」
「え、あの結界ってそこまで強いんですか!?ヤベェ…」
知らなかった…あの結界、私なら三秒で壊せるからな…
と、思わずボソリと呟いたが、周りには聞こえていなかったようだ。
「あ、それでですね。あの学園に襲撃事件があったんですよ」
「何…?」
「襲撃ですか?」
「…あの、結界、破られた…?」
「はい。結界の一部に穴がありました。故意に開けられたものでした。襲撃事件自体は賢者様が収集してくださったので怪我人も出ることはなかったです」
私の発言に三人は安堵して、それから難しい顔をした。
「…それはもしや犯人は我々魔族だと思われているのですか?」
「いえいえ、そういうわけじゃないんです。まぁ、犯人が魔族である可能性も無い訳じゃないんですけどね?でも、人間である可能性のほうが高いかも。キメラってご存知ですか?」
私の質問に三人は首を傾げた。
まぁ、わからないだろうというのは最初から分かっていたが。
…もし分かっていたなら、それは犯人である可能性が高いのだし。
私はキメラについて簡単に説明した。
様々な種族をつなぎ合わせた合成体…
それを聞いた三人は嫌悪を露わにした。
…うーむ、この反応なら三人は犯人ではないな、多分。
「それを使った襲撃事件だったんですよ。キメラの材料には魔族も使われていました。だから注意を呼びかけるのと、協力を要請したくて。無理にとは言いませんけどね」
「なるほどな…」
ギルは「あの屑魔王め…重要なことくらい伝えていけ」と呟いていた。
ザクロやユリアーデに至っては「減給…っと」「…私室、ぶっ壊す」と行動を起こそうとしていた。
…うん、魔王様、今は帰らないほうがいいかもね…
「キリヤは、その、こと、伝えに、来た?」
「それもあるんですけど…魔族の国に興味があって。ナーダがリタと契約するなら魔族の国のことを知っておく必要があると思ったからです」
もし契約したならリタが危険な目に遭う可能性も高くなるだろう。
もちろん、契約した分だけ強くもなるが、だからといってリタが死なない保障などないのだし。
人間などの多種族に排他的な魔族ばかりであればリタとナーダが契約しても、魔族の国になど絶対に行かせない。
「でも、キリヤ、人間、なのに。よく、来た、ね」
「何かあったら賢者様が飛んでくることになると思うので、私とリタに手を出すのは止めたほうがいいと思いますね…」
「…なる、ほど」
ユリアーデはふむふむと頷いた。
「…賢者って、そんなに、強い、の?」
「…ユリアーデ、知らないことは先に言ってください」
「…今のは知ってる反応だっただろう…」
…ユリアーデの言動がイマイチ掴めないのは私だけなのだろうか…
「賢者はこの世界で最も魔力量が多く、始原の魔女の再来と唄われている人物だな」
「トーマの憧れというか、尊敬する人物ですよ」
ザクロやギルがヴェルトについて説明すると、ユリアーデは目を輝かせた。
「トーマの、憧れ、か!なら、強い、よね!戦い、たい…!」
「やめてくださいね。森を焦土に変えるでしょう」
確かに、魔族のトップ5の一人とヴェルトが戦ったら、森を焦土に変えるなんて簡単だろう。
…ただし、ヴェルトが手加減している時の話だけど。
本気出したらユリアーデだろうと一捻りじゃないだろうか。
さすがにこの三人が本気になって一斉にかかってきたらヴェルトも大変かな。
「…えっと、まぁ、キメラの件で協力してくださるなら、アルテルリアに連絡をお願いします。王様に手紙でも送ってください」
「あぁ。本当ならこの場で直ぐにでも協力する旨を伝えたいんだが、魔王様が不在のうえ、今国内が少しごたついていてな…」
「大丈夫ですよ。ただ、キメラの件では各国で注意してほしいな、と思ってるだけなので」
「ありがとう。一応国民に通達はしておこう」
「キメラについては内密でお願いしますね」
「…分かった」
私の言葉に彼らは神妙に頷いた。
これで各国に通達は行った。
キメラの犯人はよく分からないが、そのうち相対する時が来るのだと漠然と理解している。
…あの、ユリアーデさん、私強くないから…!
そんなキラキラした目で見ないで!
え?手合わせ?いやいやいやいや…!!




