私が困惑する話 パート③
「うわぁぁ…!」
今、私たちは飛んでいる。
横にはナーダがいて、ナーダの腕にはリタが抱かれている。
今歓声を上げたのはリタだ。
高所恐怖症ではないらしい。
私もナーダに飛ばして貰っている。
魔族の国に誘ったのはナーダだしね!
「すごいすごい!シスター!リタもできるようになる!?」
「んー…出来なくはないけど。もう少し大きくなってからかなぁ」
「頑張る!だから教えてね!!」
「うん。いいよー」
ナーダは私を胡散臭いものを見る目で見てきた。
きっと私が飛べるとは夢にも思ってないのだろう。
「リタ、あたしが教えるわよ?」
「ナーダも教えてくれるの!?じゃあ早く飛べるようになるね!」
ナーダは自分が教えるから私はいらない、というような意味で言ったみたいだが、リタの純粋な返事にあっさりと敗北した。
魔族の国はなかなか遠いらしく、空を飛ぶこと三日目だ。
もちろん食事や睡眠時間は地上へ降りるが、それ以外はほとんど空の上である。
「ナーダ、ナーダの国はまだー?」
「もう少しよ。明日には着くんじゃないかしら?」
「えっと、てんい?だっけ?それは出来ないの?」
「転移?…あぁ、人間が作った魔術のことね。あたしたちももちろんできるけど、それは陣?だったかしら?が必要なのよ。今は持ってないのよね」
「え?紙に書いたら?」
「…正直に言うと、あたしたち魔族にはその陣とかは必要ないの。だから陣を覚えてないのよ。それに、魔族でその陣を書くことが許されているのは一部の魔族だけなの。あたしは許されていないわ」
「そうなの…?どうしてナーダはダメなの?」
「あたしの力が強いからね。そんな魔族が人間の魔術を使ったらとても酷い結果になるわ」
魔術とは魔力の少ない人間が威力を強めるために作った技だ。
なのに魔力の多い魔族が使えばそれは酷いことになるだろう。
魔族は自主的に規制しているらしかった。
「じゃあシスターに書いてもらお!」
「え?」
話の矛先が私に向いて、ぼーっとしていた私は慌てた。
「いや、そんなに急がなくても…」
「でも早くナーダの国を見たい!」
「…あなた、転移陣を書けるの?」
「まぁ…」
「そう。なら転移しましょう」
ナーダはあっさりと了承して、飛ぶのを止めて地面へ降り立った。
仕方なく私は普段持ち歩く行き場が書かれていない転移陣を取り出した。
「…そんなもの持ち歩いてるの?」
「そりゃ。じゃないと何かあったとき困りますから。じゃあ、この紙に触って下さい」
私は紙をリタとナーダに触らせた。
「リタはナーダの国に行きたい!って強く願ってくれる?ナーダさんは魔族の国を思い描いて下さい」
「わかった!」
「わかったわ」
ナーダもリタも目を閉じた。
私は二人を見て、ナーダの記憶とリタの思いに魔力を込め、転移陣を発動させた。
…まぁ、当然のことだけど。
誰も居なかったところに急に人が現れたらパニックになるよね?
いつぞやのエルフの里での光景を再現され、私は遠い目をした。
そして、素直にナーダに頭を下げた。
「すみません…」
「いいわよ別に。あたしが居るのにこんなに混乱するなんてバカなだけよ」
えぇー…よくそこまで言えるな…
だが、実際、ナーダを見つけた魔族は「なんだ、ナーダか」と言って何事もなかったように動き出した。
ナーダも何事もなかったように私とリタを連れて歩き出した。
「よぉ、ナーダ」
そんなナーダの前に、一人の魔族が立ちふさがった。
ナーダはその魔族をゴキブ…を見るような目で睨んだ。
「…何の用かしら」
「お前が下等生物連れてきたって聞いてな。見にきたんだよ」
「黙りなさい。この人たちはあたしの客よ。それにこっちは魔王様の客でもあるの」
「あぁ?魔王様のぉ?」
魔族は胡乱げな視線を私を向けてきた。
…にしても下等生物か。
これはリタにお守りを作る必要性が出てきたなー
「はっ。下等生物が魔王様に会えるわけがねぇだろ。それにしてもお前はよく食い物と仲良くできるな」
「…黙れと言ったはずよ。死にたいのかしら?」
「事実だろ?俺らは人間を好んで喰う。魔力を吸収しやすいしガキなんかは柔らかくて肉も旨い。…そのガキなんかは旨そうだよなぁ」
魔族はニヤァと嫌な笑い方をした。
リタは私の後ろに隠れ、服の裾を握っている。
とりあえずリタの頭を撫で、私はリタを抱き上げた。
「ナーダさん、行きませんか?」
「…えぇ、そうね。いきましょう」
ナーダはその魔族の横を通り過ぎ、私も後に続く。
手を出されるかと思ったが、意外にも何もされなかった。
「…悪かったわ。まさかあの馬鹿に会うなんて…」
「いえ、大丈夫ですよ。ああいった思想の方は多いんですか?」
「少なくはないわ。あたしたち魔物は魔物以外は全て捕食対象だもの。でも、意志のある生き物と仲良くしようっていう思想を持つ魔族も多いわ。…でもあいつはちょっと異常よ。あたしが守るけど、あいつには絶対に近付かないで」
「分かりました」
なるほど。
よし、とりあえずお守り作ろう。
それから私たちはナーダの案内でお城へ向かった。
魔王の住む城にしてはなんというか綺麗で、おどろおどろしい城を期待していた私は残念なーと思った。
門番はナーダを見てあっさりと門を通してくれた。
…若干訝しげに見られたけども。
お城の中は閑散としていた。
魔王の執務室に行くまでに出会ったのは三人だけである。
一人は執事っぽい人で、私たちを見てお茶の用意をしに消えた。
あとは兵士とメイドさんで、彼らは私たちを見て驚いたあとニッコリ笑ってお辞儀してくれた。
…まぁ、リタが彼らに会う度にお辞儀をしたからだろうけどね。
執務室まで行くと、ナーダはノックもせずにさっさと扉を開けて中に入った。
私とリタは慌ててナーダを追う。
「…あれ?アトゥーロ様は?」
執務室には三人の魔族がいた。
本来アトゥーロが居るだろう場所には、別の男性が座り、他の二人がワタワタと書類を整理したりしていた。
私の発言に、彼ら三人は手を止め、私を見た。
…うむ、困った。
私は全く悪くないのにどうして睨まれてるんでしょう?
「…君、アトゥーロ様を知っているんですか?」
書類を整理していた二人のうち、男性のほうが私に聞いた。
その視線は相変わらず鋭い。
「えーっと…少し前に色々な種族で秘密裏に行われた会議を知っていますか?」
「…会議?」
…その魔族は知らないらしい。
うーむ、困った。
が、思わぬところから助け舟が出た。
「…知っている。あなたは会議に出たのか?」
「あ、はい。当事者だったので」
「…そうか…その、すまないが、その会議の内容を教えて貰えないか?」
それを聞いた私は遠い目をした。
助け舟を出してくれたのは唯一椅子に座る男性だった。
その男性も遠い目をして、この室内にいるリタを除く全ての人が遠い目をしたのだった。




