私が送る話
「それにロランも探したいんだ」
「ロラン?」
「賢者殿は知らないか。私のもう一人の契約魔だ」
月色の狼のことだろう。
レィティアさんは月色の狼と漆黒の鴉と契約を交わしていた。
魔力を失った今はその契約魔たちとは離れ離れになってしまっているが、彼らはレィティアさんをそれはそれは慕っている。
今回エレンに再会したことでレィティアさんは何かしら思うことがあったんだろう。
「構いませんよ。でも本当にいいんですか?」
「あぁ。今の私にはあいつが転生してきているか分からないが、ここで待つより探しに行きたいんだ。老ける前にここに戻れば不老になれるしな」
「分かりました」
私はエレンだった人形に向き直る。
人形の額に付いた血を綺麗に拭い取り、念の為人形を消し去った。
私の血は特に何かあるわけではないが、本当に念の為である。
私がそうこうしている間にヴェルトがレィティアさんに話しかけた。
「…アンタは誰を待ってんだ?」
「…そうだな。私を愛してると言った男だ。アイツは何が何でも男に転生して私にもう一度会いに来るそうだ」
「…どうやって探す?」
「まぁ旅をしながら探してみるさ。神の話だと向こうが気づくそうだしな」
「…」
ヴェルトは私を睨んできた。
まったく、八年前のことを根に持ってるらしい。
それにしても、レィティアさんは神様と会ったのか。
それならきっとレィティアさんの待ち人は転生してくるだろう。
「じゃあ、行きますか?」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。直ぐに荷物をまとめてくるから」
そう言って、レィティアさんは白亜の城に戻っていった。
何だか、少し楽しそうだ。
私はレィティアさんの手を取り、セェルリーザの王都から少し離れた場所にある森へ転移した。
ヴェルトも勿論一緒である。
「私が魔力を持っていた時は色々と制限がなされていてこんなふうに場所を移すことは出来なかったな。それに魔術や魔法という概念がなかった。まぁ私しか使えなかったのだから当然だが…」
レィティアさんは転移というものを初めて体験したらしく、少し興奮しつつ、過去を懐かしそうに振り返る。
「とりあえず王都に来てますけど良かったですか?」
「あぁ。そうだキリヤ。敬語はやめてくれ。それにレィティアで構わない」
「え、う、うん。分かった」
「ふふ。キリヤとは友人になりたかったんだ」
嬉しそうに笑うレィティアさん…レィティアに、何だか私も嬉しくなった。
「うん。私もレィティアと友達になりたい。よろしくね」
「よろしく、キリヤ」
友人となった私たちはくだらない話をしながら王都へ向かった。
小さな村を通り抜け、段々と石の住居が増え、道も整備されたものになっていく。
今のレィティアは赫い眼を眼帯で隠しているからそこまで視線を浴びない。
ヴェルトはヴェルトで髪と眼の色を黒くしたので、女性からの視線はあるもののそう強くはない。
暫く歩くと道は完全に整備され、周りの家も洗練されたものになってきた。
人も増えてきて露天や商店が多くなる。
王都へ入ったのだ。
「ほう…美しくなったな。偶に水鏡に写されるから知ってはいたが…兄上が未来に見た以上の街だ」
レィティアは楽しそうに街を見ていた。
「あぁ。アンタの兄さんの治世は今のこの国に大きく反映されてるな。セェルリーザで一番有名で尊敬される王と言えばクロウゼル=フォルセオ=セェルリーザだろう」
「…そうか。兄上は民に愛されていたんだな…」
「折角だ。アンタの子孫に会って行けよ」
唐突なヴェルトの言葉に、レィティアと私は揃ってキョトンとする。
それが面白かったのかヴェルトは少し笑った。
「知ってるか?今の女王の名前を」
「いいや…知らない」
「アリア=ヴェン=セェルリーザだ」
「ヴェン…!?」
私は何のことだか分からずに取り残されているので、ヴェルトに説明を求めるため服の裾を引いた。
「始原の魔女は元々セェルリーザの王女だったんだ。レィティア=ヴェン=セェルリーザ。それが始原の魔女の名前だ」
「へぇ…じゃあアリアさんはレィティアの直系の女王様なんだ」
「あぁ。アリア自体もそれを誇りに思ってるらしいからな。魔女と会ったら泣いて感激するんじゃねぇか?」
なんでもアリアさんはレィティアを尊敬しているらしく、ヴェルトは何度か始原の魔女の王女時代を聞かされたんだとか。
「それにちょっとアリアに用があんだよ。だから王城へ行く」
「レィティア、いい?」
「…そうだな。兄上の墓参りもしたい」
満場一致で、私たちは王城へ向かった。
王城へ入るために、色んな手続きやら何やらがあるらしい。
そう門兵に説明されているヴェルトは面倒そうにしている。
というより、不審な人物だと思われているらしく、門前払いを受けている。
「あー、面倒ぇ。転移しちまおう」
「ダメだって。女王様お仕事してるでしょ」
「チッ…あー、いいところに。おい!そこの馬車!」
私たちの横を通り抜けようとした馬車をヴェルトが呼び止めた。
というか、馬車は一度横を通ってまた門へ戻ってきた。
ヴェルトの態度に門兵が慌ててヴェルトを制そうとしたが、馬車を見て止まった。
馬車は質素ながらも良いもので、位の高い貴族が乗っていると一目で分かる。
門兵たちは背筋をスッと伸ばす。
御者が馬車の扉を開けると、中から初老の男性が降りてきた。
髪はほとんどが白髪で、元は青だったのか薄く色が残っている。
しかし青い瞳は強く穏やかな光を湛えている。
私は何となく男性に見覚えがあったが、分からずに首を傾げる。
「よぉ」
「これは…賢者様ではございませんか。珍しいこともあるものです。あなた様はいつも転移でいらっしゃる」
「キリヤに止められたからな」
「噂のお嬢様ですな…立ち話もなんですから、私の馬車へお乗り下さい」
「あぁ」
男性は馬車の扉を恭しく示し、ヴェルトはお礼を言って乗る。
「どうぞ、お嬢様方も」
「あ、ありがとうございます…」
「すまない、感謝する」
私とレィティアも勧められるがままに馬車に乗り込んだ。
男性が乗ると扉は閉まり、馬車が動き出す。
「ご紹介が遅れました。私はフェルドレグ=トワ=マーレーと申します」
「私はキリヤです」
「私はレィティアだ」
「レィティア…?」
フェルドレグはレィティアの名前を復唱した。
レィティアは苦笑する。
「フェル。アリアに用がある。時間作ってくれ」
「…えぇ、はい。本日は陛下は大きな公務もございませんし、執務もほとんど無い日でございます。直ぐにご用意しましょう」
「悪ぃな」
「いえ、賢者様の用は最優先せよと陛下から伺っております。ただ、陛下はアルテルリアから気に入った料理人を招いておりまして…陛下の機嫌が最高潮に高まっていらっしゃるので面倒かとは思います」
「…マジかよ」
どうやらアリアさんのテンションが高いらしい。しかも面倒なのか。
これでレィティアと会わせたらどうなるんだろう?
私の対面に座るヴェルトが「…明日にすりゃ良かった…」と呟いていた。
お城では視線を痛いほど浴びたがフェルドレグさんのお陰で誰も話しかけては来なかった。
フェルドレグさんの後について歩いて行くとどんどん奥に入って行く。
私は隣を歩くレィティアにこっそり話しかけた。
「あの、めっちゃ奥行ってない?」
「そうだな。この城は修繕はしてあるものの昔と変わってない。このまま行けば執務室だな」
「え?じゃあこのままアリアさんに会うの?」
「昔と変わっていなければな」
レィティアはきょろきょろと城を見回しつつ、私の質問に答えてくれた。
私は今更ながらも服の埃を払い、異空間から上着を取り出して羽織った。
髪を手櫛でといて束ねておく。
レィティアは一応ワンピースなのでいいのだが、私はズボンにブーツ、廃れたシャツという完全に動きやすさ重視な格好なので焦る。
レィティアは笑って、ヴェルトは不思議そうな顔でこちらを見てきた。
「何してんだ?」
「十分失礼な格好だからせめて整えようと思って」
「気にすんなよ」
「いやダメだ!」
「アリアは気にしねぇぞ」
「でもダメだから」
私たちのやり取りが面白かったのかフェルドレグさんまでニコニコとしている。
「あなたたち、執務室まで聞こえてるわよ」
女性の声がして前を向けば、ついこの間会った女性陛下が扉の前で仁王立ちしていた。




