私が探る話 パート⑤
宴は無礼講と化し、ほとんどのやつらが我を忘れて踊り、飲み、食っている。
蟒蛇だと言われる俺でも、流石にキツいものがあった。
キリヤが途中で消えてから、大分時間が経っている。
とはいえ、キリヤはすぐ側の木の根元で寝ているだけなのだが。
俺はキリヤの側に移動して、キリヤを抱き上げようとした。
が、触れた途端、強烈な眠気がやってきて、俺は倒れるように眠りについた。
「やぁ、ヴェルト」
「…何してやがる」
「キリヤが寝てしまったんだ。不可抗力だよ」
暗闇から急に視界が晴れて、柔らかそうな布が敷かれた部屋にいた。
その布の上ではキリヤと同じ色彩の男がキリヤを抱えていた。
寝ているらしいキリヤからは規則正しい寝息が聞こえる。
「…寄越せ」
「はは。そんなに睨まなくともちゃんと返すさ。ただ、君に少し話があってね」
神は立ち上がると俺にキリヤを渡した。
俺はキリヤを抱え直し、布の上に座る。
「キリヤが前世を覚えていることは知っているね?」
「…あぁ」
「本来、魂というのは私の側で浄化され清らかな状態で現世に降り立つ。キリヤの魂は私と同等だから私が浄化せずとも清らかな状態を保つ。だからキリヤは前世の記憶を持って現世に転生することができたんだ」
「何の話だ?」
「今回の事件は魂の気を使っている。ハウエルを襲った犯人には術返しがされるだろう」
術返しとは、掛けた術が自分に戻ってくることだ。
しかも、掛けた時よりも威力は増している。
「犯人の魂はとても傷つくだろうね」
「だろうな。それで?」
「キリヤは優しい。その魂を助けようとするかもしれない」
「…それを防げ、と?」
神はその通りだ、とでも言うように慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「頼んだよ、ヴェルト。君を止めるのはキリヤしかいないが、キリヤを止めるのも君しかいないのだから」
神はそう言って、俺達を現へと戻した。
起きるとベッドの上にいた。
ここまで来た記憶はないから、多分ヴェルトが運んでくれたんだろう。
部屋を出てヴェルトを探しているとサフラに会った。
「あ、キリヤちゃんおはよー。よく寝てたね」
「え?そんなに寝てた?」
「時間的にはそこまで。今は8時だし。いや、昨日賢者がキリヤちゃんをお姫様抱っこで連れてきたりさー」
「…」
くっ…サフラのニヤニヤした顔がムカつく…!
「うん、オレは二人のこと応援してるから!」
「…はいはい。ヴェルトは?」
「さっき顔洗いに裏の井戸に行ったよー」
「ありがと」
ニヤニヤした顔のサフラを放って、私は井戸に向かった。
サフラの言うとおりヴェルトは井戸で顔…あ、頭から水被った。
頭から水を被ったせいで服がびしょびしょになっている。
「ヴェルト?」
「…キリヤか」
「何してんの?」
「…頭冷やしてた」
「ふーん?風邪ひかないでね?あ、あと、昨日は運んでくれてありがとう」
「…」
「ヴェルト?」
急に黙り込んだヴェルトはまた頭から水を被る。
…昨日何かしたっけ?
ヴェルトの反応に聞いたら危険だと感じた私はさっさと顔を洗って井戸から移動した。
…よし、準備は万端だ。
ハウエルは肌で空気の流れを感じた。
誰かがこの地下へやってきたのだ。
その誰かはまっすぐにこちらの部屋に向かっているらしい。
扉が動き、部屋の空気が流れる。
ハウエルは扉のあると思われる方に顔を向けた。
誰かは、ハウエルのベッドの直ぐ横に立ち…
「待ってました」
キリヤが声が空気を裂いた。
私はハウエルさんのベッドの側に立つ人に微笑んだ。
「な、ぜ…」
「神殿に居たときに、私は悪寒を感じました。最初はヴェルトに何かあったからかと思ったんですが、ヴェルトには加護を渡してありました。それならヴェルトに何かあった場合気づきます。でも、そうならなかった。…では、何に悪寒を感じたのか。それはハウエルさんに掛けられている術にです」
私の加護は神様の加護と同等のものだ。
たとえエルフの秘術で何かされたのだとしても、私が気付かないわけがない。
「…術の使用者が、側にいた。だから悪寒を感じた」
「…」
「ねぇ、アルルさん」
ハウエルさんのベッドの側に立つアルルさんは、真っ赤なドレスを着ていた。
その唇も、同じ赤で彩られ、彼女の持つ可愛らしさを妖艶さに変えていた。
「…あんたさ、何者だい?」
「エルフのみなさんは私を斎と呼びますよ」
「あたしがやったって、天啓でもあったと?」
「まさか。そんなものが無くても分かります。昨日、みなさんから聞きました。…貴方はハウエルさんを愛してるんですよね」
私の言葉に、アルルさんは唇の端を上げた。
笑みとも言えない、歪な表情だった。
「そうだよ。親子ほど歳の離れたハウエルをあたしは愛してる。でもね、ハウエルは御子なんだ。精霊様に全部捧げてる。あたしがハウエルを手に入れることは、不可能に近い」
「だから、人形に?」
「そう…もう少し、もう少しなんだよ」
アルルさんは誰もいないベッドを撫でた。
ハウエルさんはあらかじめ扉から死角になる場所に連れてきておいた。
アルルさんを誘き出すためには部屋から出すわけにはいかなかったからだ。
ベッドには私が幻覚を見せる術を掛けているのでハウエルさんがいるように見えるはずだ。
「…すみません、アルルさん。もう、術返しは始まってる」
「…ぐぅっ…!」
レィティアさんには、術返しを頼んでいた。
返した時、威力が増さないように配慮はして貰っている。
アルルさんはシーツを握りしめ、痛みに耐える。
「…ふ、ふふ、賢者が来たときから、もうダメだって分かってたんだ。だけど最後まで望みたかったんだ…」
…酷い話だ。
御子が結婚しちゃいけないなんて、精霊帝王は決めていないのに。
エルフは御子を純潔な存在に保ちたいがために結婚を禁止した。
アルルさんの手足が、ゆっくりと滑らかな…まるで、陶磁のような、そんなものに変わってゆく。
その代わり、ハウエルさんの手足や中身が、ゆっくりと元に戻っていく。
私は傷付くアルルさんの魂に手を差し伸べた。
「キリヤ」
…けど、触れられなかった。
ヴェルトが私の手を掴んでいたから。
「…ヴェルト?」
「ダメだ。その魂は汚れきってる。なんたって禁術に手を染めたんだからな」
「私ならなんとか出来るよ。あの魂を…」
「キリヤ。どうして全て救う必要がある。テメェは神じゃねぇんだぞ」
「でも…!」
私とアルルさんの魂との間に、ヴェルトの結界が張られた。
それはとても強固で、しかもどうにかしようとすればヴェルトに傷がついてしまう。
「ヴェルト!」
「悪ぃが、あれをどうするか決めんのはサフラだ。キリヤは黙って見てろ」
そう言われ、私は部屋の、ハウエルさんの側に佇むサフラを見た。
彼の瞳は凪いでいて、それでいて悲しそうだった。
「…キリヤちゃん。もういいよ。長老は…アルルは罰を受けるべきだ。なら、魂が消えるギリギリまであのままにするべきだよ」
アルルさんの魂は既に半分も無い。
消えることはないが、魂は欠片しか残らないだろう。
そうなると彼女は本当にただの人形になる。
私は伸ばした手を戻した。
黙って、彼女が人形と化すのを眺める。
「…サフラさん。ハウエルさんを地上に連れて行ってください。術返しに巻き込まれるかもしれない」
「うん、分かった」
サフラは身体が戻りつつあるハウエルさんを連れて、部屋を出て行った。
術返しは終盤へ差し掛かっている。
…アルルさんの身体は、顔と心臓を残して全て人形になった。
アルルさんの魂は、ほんの欠片となる。
「お待たせしましたわ。魂の回収に来ました」
アルルさんの直ぐ後ろに、この間の天使の女性の方が現れる。
アルルさんは茫然と天使さんを眺め、緩やかに目を閉じた。
「ははは…まさか天使とはね…あたしはどうなるんだい?」
「貴方は狭間の世に送られます。そこで全て無に返しますわ。簡単に、とは行きませんけれど」
天使さんはアルルさんの魂を掴み、消えて行った。
残されたアルルさんの肉体は、かくん、と動かなくなった。
生きてはいるが、もう彼女の魂はないし、意志もない。
そのうち肉体も活動を止めるだろう。
「…終わった、んだ」
「ううん。まだ終わってないよ」
ずっと空気だったエレンの呟きに、私は答えた。
「まだ、終わってない…」
夢から覚めたヴェルトの話。
◇◇◇
現に戻った俺は、目を開けて息を止めた。
目の前には眠るキリヤの顔があったのだ。
どうにか声を押さえ込み、身体を起こす。
宴はもうほとんど解散していた。
きょろきょろとしているサフラを見つけ、声を掛ける。
「おい」
「あ、いた!途中でどっか消えるから…あぁ、なるほど。ごめん、邪魔した!」
「余計な気使うんじゃねぇよ。引き抜くぞ」
「何を!?」
隣で眠るキリヤを見つけたサフラはニヤニヤと笑って踵を返そうとした。
俺はそれを止めてうざったいサフラを睨む。
「家貸せ。こいつ寝かせるから」
「うん。賢者も同じベッドで寝」
「そうか、引き抜かれたいか」
「ごめんなさい2つ部屋を用意させていただきます」
殺気立った視線を向けるとサフラは顔を蒼くして首を横に振った。
俺はキリヤを横抱きにして立ち上がる。
「よかったねー、賢者。顔にやけてるよ」
「うるせぇよ。さっさと歩け」
茶化してくるサフラを急かし、俺はサフラの家へ歩いた。
サフラに扉を開けて貰い、二階に用意されている部屋まで行く。
結局サフラにその部屋の扉まで開けさせたが、俺が中に入るとサフラはさっさと扉を閉めて去って行った。
部屋に置かれているベッドにキリヤを寝かせる。
「…プリン…」
「は?…っ、おい、」
寝かせようと屈み、キリヤをベッドに置こうとした瞬間、キリヤは寝言と共に俺の首もとの服を引っ張った。
俺は慌てて手を付き、顔面の衝突を免れた。
…が。
「っ~!」
キリヤが引っ張ったせいで、キリヤの首筋に顔を突っ込む姿勢になってしまった。
しかも、俺の手がキリヤの胸に置かれている。
「ん…」
キリヤの声が聞こえ、危うく理性が吹っ飛ぶところだった。
ゆっくりと、なるべく意識しないように体を起こし、キリヤの手を服から離す。
「…ヴェルト…」
「…はぁ…あのなぁ…」
意識が無いとはいえ、キリヤは俺を嘲笑うかのように次々と行動を起こしてくる。
「…ヴェルトに」
「…何だよ」
「…プリン…食べさせてあげたかったんだ…」
ふにゃ、と笑ったキリヤの顔が、その後朝までエンドレスに脳裏で再生されることになった俺は、(次ああなったら襲う)と決めた。
◇◇◇
キリヤ寝言長いな!!
それとヴェルト!君にはヘタレ疑惑があります。
とりあえずお前らさっさと進展してよ!!




