私が聴く話、来るは妖精の王 パート④
私はヴェルトとサフラに断りを入れて目を閉じた。
瞼を閉じるとそこに広がるものは普通暗闇だが、今回は閉じた瞬間から宇宙へと繋がっていた。
「よ、キリヤ」
「久しぶりだねー、神様」
「俺は元気だぞ?」
「…あぁ!もしかして食前のお祈りの返事か!」
「あぁ。元気ー?って聞かれたから。元気だぞって。で、色々起こってるみたいだな」
名前を呼ばれて振り返るとやはり光の球が浮いていた。
その後ろには、男性と女性の天使っぽい外見の人が立っていた。
曾々おじいちゃんと曾々おばあちゃんではなかったが。
「…神様。その人の子は少し神様に対して馴れ馴れしいのでは?」
男性のほうが私を睨んでいた。
女性のほうも同じように睨んでいるが、私はどこ吹く風である。
「いいんだよ。キリヤは唯一俺と同じ存在になれる可能性を持ってる奴だから」
「…そのようにお優しいことを…!お前!神様がお優しいからと言って調子に乗るなよ!」
「そうですわよ!」
私は神様を見た。
同情心満載である。
…可哀想に…
「…ま、がんばれ、神様!」
「お前の曾々じいさんと曾々ばあさんに比べたらコイツらは可愛いもんだよ。で、精霊帝王に会うための準備はできてんのか?」
「全然。それ分かってて聞いてるよね?」
「まーな。俺が呼ぼうか?」
「いい。自分で探すよ」
「…時間切れにならなきゃいいけどな」
「それならそれでいいんだよ。時間切れになる運命だったんでしょ」
神様はあくまでも世界の創造主だ。
世界の法則も、自然も、何もかも知ることができるが、神様は未来だけは絶対に知ろうとはしない。
それに、世界にだって滅多に干渉しない。
それは世界が自分のモノではないことを知っているからだ。
「…そうか」
「うん。だからここに呼ぶの止めてよ。宇宙服着たくなる」
「いや勝手に着ればいいだろ!?」
「…神様が元気そうでよかったよ、うん」
私はふよふよと漂う神様を捕まえて撫でておいた。
「おい、ペットじゃないんだぞ」
神様はきっと私を心配してくれているんだろう。
精霊帝王に会うことはそう難しくはない。
ただ、その後に待つエルフの里での御子様との対面は、酷く心を傷つけるだろう。
「たまには夢に出てきてよ。そこで晩酌でもしよう」
「あー…そうだな。晩酌でもするか」
暗に辛そうなら慰めに来いと言えば、神様は分かったと了解してくれた。
やべ、天使っぽい2人の視線からビーム出そう。
「じゃ、またね」
「あぁ、またな」
視界は暗闇に戻された。
目を開ければ、ヴェルトとサフラが何やら会議をしていて、私はこちらを見ていない2人の会話の内容を盗み聞いた。
「だからさー。押し倒せよ!同じ屋根の下!向こうだって意識してるんだから」
「…テメェ女に刺されるタイプの奴だろ」
「大丈夫!避妊さえすれば人間なら…」
「あのなぁ…キリヤは今後俺と同じ時間を生きるんだぞ。ここで焦って気まずくなってみろ」
「…お終いだ…!」
サァーと青くなったサフラとため息を吐くヴェルト。
…楽しそうだなぁ…
「…んー…2人とも、何してんの?」
「あ、キリヤちゃん!べ、別に何も…」
「神はどうだった?」
「元気そうだったよ。そうそう、里に入るための条件なんだけどね」
話を聞かなかったフリをして、私は会話を戻した。
「精霊帝王に会わなきゃいけないんだ」
「…精霊帝王?」
「そう。精霊王っているでしょ?それより上位の精霊で、普段は神様の補佐として神様の側にいるんだけど、エルフは精霊帝王の加護を受けるから里の出入りが可能になる」
「…なら今会ってきたのか?」
「…残念ながら、精霊帝王は気紛れで。神様の補佐として側にいなきゃいけないのに、呼ばれるまでこの世界で遊び回ってるらしいよ」
「…」
しかも、姿を変えるため、一度見たからといってまた同じ姿をしているとは限らない。
「賢者様はどこかで会ったんだろうね。それで知らないうちに加護を貰ってたんでしょ」
「…全然分かんねぇけど」
「オレらだって見たことないんだぞ!だから会って加護貰った賢者様は歓迎したんだよ」
「…だから異様に待遇が良かったのか…」
条件としては簡単だ。
会って気に入られればいい。
だが、会うことすら困難である。
だから、先にヴェルトにはエルフの里に行ってもらうのだ。
「…賢者様。頼んだからね」
「分かった。俺が里で何かあったら対処すりゃあいいんだろ?」
私のワガママを聞いてくれる賢者様に、私は気付かれないように加護を渡した。
あーあ、また子どもたちと遊ぶ時間が減っちゃうのかぁ…
翌日、ヴェルトはサフラと一緒に先に行った。
子どもたちは2人が行くのを寂しそうに見ていたが、大人しく見送った。
いつの間にか子どもたちはサフラと仲良くなっていたらしい。
私は2人を見送ると、街に出掛けた。
出向いた先は色とりどりの花を売っている花屋。
「こんにちは」
「…あぁ!シスター!」
店の奥から出てきたのはアンナで、その後ろには青年と中年の夫婦が着いてきた。
「こんにちは。ご無沙汰しております」
「あらあら!シスター様。お久しぶりですわ」
「こんにちは、シスター様」
「キリヤさん、お久しぶりです」
私が挨拶をすると夫婦と青年が挨拶を返してくれた。
シスター様とか柄じゃないんだけどなぁ…
「シスター、どうしたの?確かにこの間来るとは言ってくれたけど…」
「うん。ちょっとね。アンナ、小部屋に案内してくれないかな?」
私がそう言うと、アンナを含めた四人が、笑みを深めた。
「そっか。こっちだよ、シスター」
連れて行かれた場所は店の奥の奥。
そこにある本当に小さな部屋だった。
「シスター様。本日はどのようなご用でしょうか」
部屋には中年の夫婦の夫の方と、青年がいる。
アンナが嫁ぐ花屋はただの花屋ではない。
情報屋と呼ばれ、些細な噂や眉唾の話までどんな情報でも売っている、恐ろしい職業である。
私がシスターとして働き始めてから二年経ったくらいで彼らと出会い、素質のあったアンナが勧誘されて嫁ぐことになったのだ。
まぁ、この青年と何やら悪巧みしているアンナは楽しそうだから、特に反対はしていない。
「今日は虹雨花について聞きたくて」
「ほう…虹雨花ですか。幻の花ですね。花屋をしていますが未だ見たことはありません」
「その虹雨花がほしいんです。用意して貰えませんか?」
「…ふむ…高くつきますが」
「情報を幾つかと珍しい薬を差し上げます。どうでしょうか?」
「薬ねぇ…どのような薬で?」
「自白剤。それも相手は何を言ったか忘れる薬です。情報は王族についてと、他国の食糧状況、政治での貴族間での裏の攻防…なんてどうです?」
「…いいでしょう。5日後、またお越し下さい。それまでには何とかご用意しましょう」
彼らはとてもいい笑顔を浮かべた。
私は苦笑する。
…分かっている。どう考えても私のほうが対価を払いすぎた。
特に薬が。
だが、そのぶん日にちを無理してくれているだろうことは分かっているから、私は何も言わずに彼らとの商談を終えた。
小部屋から出ると、アンナが待ってましたとばかりに私に質問を始めた。
「ね、シスター!院長とは?何か進展あったんでしょ!」
「アンナに入ってる情報だと?」
「学園でみんなの前でこめかみにキスされたんでしょ?で、びっくりしたシスターが逃げたとも聞いた!」
「うん、間違っちゃいない」
「それで?押し倒された?」
「アンナって思考回路がサフラさんと一緒だよね…ヴェルトは気まずくなりたくないからそんなことしないらしいよ」
「えー!?私は押し倒したほうがいいと思うんだけどなぁ…そしたらシスターも素直になりそうだし!」
「本人の前で言うことじゃないと思う」
「うーん…早くシスターも素直になってね!」
私はため息を吐いて、アンナの頭を撫でた。
「そうだね…あと二年経ったらね」




