私が通う話、場所は学園 パート⑱
アルベルト様の屋敷からの帰りは、徒歩だった。
あれから晩御飯までごちそうになり、今は空に星がキラキラと輝いている。
ハルトが途中まで尾行していたのだが撒かせてもらった。
…流石に孤児院の場所を特定されるのは困る。
「…おい」
「私の名前はおいじゃありません」
「…キリヤ」
隣を歩くヴェルトに呼ばれ、私はヴェルトの顔を見上げた。
…クソ!どうしてお前らはそんなに身長があるんだ!
見上げる立場になって貰いたいものだ。
「何?」
「戻れよ。あれだけ会いたがってたんだ。一緒に暮らせばいいじゃねぇか」
ヴェルトは屋敷から出てからずっと不服そうな顔をしていると思ったら、そういうことか。
「ヤダ」
「…テメェなぁ」
「あのねぇ、私があの屋敷で暮らすって意味分かってる?」
「…」
「執事さんにマナーとか勉強とか政治とか教えられるんだよ?何それ、私に死ねと?」
「んなもん、キリヤが嫌がれば無理強いはしねぇだろ」
「…うーん。そうかもしれないけど。でもね」
私は立ち止まってヴェルトと対面した。
「私が助けるのはヴェルトだけだから。ヴェルトの側にいるのが普通でしょ!」
そう言うと、ヴェルトはため息をついて地面にしゃがみこんだ。
左手でガシガシと頭を掻き、また盛大にため息を吐く。
…失礼なやつだな。
「…俺はテメェの無自覚さに腹が立つ」
「…私はヴェルトのそのため息に腹立つけどね!」
「…」
「…」
「…帰るか」
「そうだね。子供たちが待ってるよ」
私はヴェルトの手を掴んで立ち上がらせた。
…大丈夫。
だって私たちは家族だもん。
離れてたって、絆が消えることなんてない。
私のワガママで孤児院を捨てるわけにもいかないしね。
孤児院に帰ると、相変わらず子供たちが嬉しそうに出迎えてくれた。
それに応え、子供たちを各自部屋に送る。
全て送り終わり、食堂で待っていたトーマとエレナさんと歓談し、ヴェルトが先にお風呂に向かった。
エレナさんがトーマに目配せしたかと思うと、トーマが食堂から出て行く。
…ん?
「キリヤさん、賢者様についに告白されたんですよね?」
「ぶっ」
口にあったお茶を噴きそうでヤバかった。
…あー、折角忘れてたのに!!
「…キリヤさん」
「は、はい」
「…まさか忘れてたんじゃ」
「…いや、だって今日は色々あったし…」
「賢者様、さっきから嬉しそうな複雑そうな顔してらっしゃいましたけど、そういうことですか…」
何か一人で納得したエレナさんはカップを置いて前に乗り出してきた。
「キリヤさん、実のところどうなんです?」
「…」
「言わないとトーマさん呼びますよ」
「…エレナさん、今日はすごく元気ですね」
「キリヤさん!」
「…実のところでしょ?分かりません」
エレナさんは何か言おうとして、言葉を呑み込んだ。
きっと、私が逃げているわけではないと気づいたからだろう。
「…ヴェルトに抱く気持ちと他の人に抱く気持ちは一線を画してます。だけど、それが恋愛感情での好きなのかは分かりません」
一つだけ言えるなら、ヴェルトは私の特別、ということだろうか?
その時、ヴェルトが帰ってきたので私は入れ替わりにお風呂に向かった。
…やっぱりこの感情にちゃんと名前を付ける必要があるのかな?
翌日、学園に行けば教室の私の席にハルトが座っていた。
「あ、おはよう」
「姉さん!遅かったな」
「いや、普通でしょ。ハルトは早いね」
「…姉さん、今日は暇?」
「え?うん。暇かな」
「なら、約束果たしてくれるよな?」
「…うん、もちろん!」
ハルトはどうやらそれを聞くために早くから私を待っていたらしい。
…暇人か!
ハルトは何度も聞き返し、それに何度も返事を返せばやっと納得して教室へ帰って行った。
「…キリヤ様!」
「ぶっ」
倒れる程ではない衝撃が背後からきた。
「…アリス」
「は!す、すみません!…ハルト様がずっとキリヤ様を独占してらっしゃるから…」
アリスは私の背中に抱きついていた。
それを剥がして向かい合い、寂しそうに俯いたアリスの頭を撫でる。
アリスは照れてるらしく、耳を赤くした。
「ごめんごめん。ハルトも私に久しぶりに会えたから嬉しいんだと思う。そのうち落ち着くでしょ」
「…あの、やっぱりハルト様のお姉様なんですよね?」
「うん。隠してたんだけど、バレちゃったからね」
「…では、キリヤ様は特殊クラスに行ってしまわれるのですか…?」
「え、絶対行かない」
「え?」
私の返事にアリスは弾かれたように顔を上げた。
「特殊クラスに入るなら最初から入ってるよ。わざわざこのクラスに入ったのはそれなりに理由があるんだよ?」
「…そう、何ですか…?」
「うん。自分を卑下してるこのクラスの人達に自信を持ってほしくて。昨日出来なかったテストで私が自信持たせてあげるから」
泣きそうなアリスの頭をもう一度撫でた。
昨日のテストは私以外は終わっているらしい。
だから、このクラスを変えるには丁度いい機会なのだ。
昨日と同じ部屋に行くと、サイアス先生が待っていた。
他のクラスの生徒たちも入ってこようとしていたが、事前にサイアス先生に伝えてあったおかげか、私たちのクラス以外の生徒は部屋の中にはいなかった。
「…キリヤ、昨日は助かった。礼を言おう」
「いえ、あれは私の責任です。私がいたからここに彼は来たんだろうし。…試験、やってもいいですか?」
「あぁ。残りは君だけだ。先ずは使う魔術を教えてくれ」
何か言いたげなサイアス先生を無視して、私は試験の話に持って行く。
「では、簡単な魔術は水を出しますね。難しい魔術は炎を先生に向かって放ちます。魔力量は登録してある通り、二千で行います」
「…魔力量が二千なのは分かるが…使う魔術は本当にそれでいいのか?」
「えぇ。なんなら、難しい魔術は水を投げるだけでもいいですよ?」
「…いや、構わない。それでは、始めてくれ」




