私が通う話、場所は学園 パート⑰
執事さんの指示で並んでいたメイドさんたちは消え、私とヴェルト、ハルトとお父さんとお母さん、アルベルト様とマリオット様、そして執事さんと燕尾服姿のお兄さんだけ玄関先に残った。
ヴェルトと繋いでいた手はいつの間にか離され代わりにお父さんとお母さんが両脇を囲んでいた。
「旦那様、客間に移動されては如何でしょうか。キリヤ様のお連れ様もいらっしゃっているようですし」
「…あぁ、そうだな。すみませんね、ところで貴方は…」
みんなの視線がヴェルトに集まった。
心無しかみんなが睨んでいるように思う。
ヴェルトは苦笑して私に視線を移した。
私はそれに頷く。
「…あー、俺はまぁ、キリヤの保護者のようなもんだ」
「…ほう?」
ヴェルトが敬語を使わないのに気付いたアルベルト様は挑戦的な笑みを浮かべた。
「…それで、君は何というんだね?」
「名前はまだ教えられねえな。もしかしたらキリヤを連れて逃げ帰らなきゃならねぇかもしれねぇし」
「…なんだと?」
…いやいや、ヴェルト君!
どうして喧嘩腰なの?
ハルトも黙ってないでヴェルトが賢者って説明しろよ!
「…あ、あの、アルベルト様!その人は私を助けてくれた人で…」
「キリヤをかい?」
「はい。それで、その人は賢者様です!」
「…賢者?」
アルベルト様はヴェルトを驚いたように見た。
「まぁな。この姿でアルベルトに会ったことねぇから驚くのも当たり前だろ」
「え?賢者様ってアルベルト様に会ったことあるの?」
「当然だろ。王の相談役やらされてんだぞ。王の親友に会わねぇわけねぇだろ」
「…確かに。え、じゃあどの姿で?」
「老人の姿だな。若いと舐められる」
「…あー、あの…っ」
「笑うな」
ヴェルトの老人姿を思い出して私は笑った。
そんな私たちの様子をアルベルト様たちは驚いた様子で見ていた。
「…それは、失礼な態度をお取りして申し訳ありません。まさかそのような若い方が賢者様だとは思いもよりませんでした」
「いや、俺も喧嘩腰だったからな。信じられねぇなら老人姿になるが?」
「…いえ、結構です。精霊王の誰も否定していない、それだけで十分です」
「そうか?ならよかった。あの姿だとキリヤが笑うからな」
ヴェルトの正体を明かしたことで、若干緊張した空気になってしまったが、執事さんの執り成しで私たちは客間へ移動することになった。
ソファは幾つか新しく用意され、三人掛けのソファに私を中心にしてお父さんとお母さん、二人掛けのソファにはハルトとマリオット様、1人掛けのソファにそれぞれアルベルト様とヴェルトが座った。
執事さんと燕尾服姿のお兄さんは壁際に立っている。
ヴェルトは出された紅茶を飲んで、気に入らなかったのかカップを置いた。
最初に口を開いたのはアルベルト様だった。
「キリヤ、君は今までどこにいたんだ?」
「あの後奴隷として売られたんですが、賢者様に助けて頂いて、その後はずっと賢者様と居ます」
口を挟もうとしたヴェルトを睨んで黙らせ、私はそう答えた。
…余計なこと言うんじゃない!
ヴェルトは不服そうだったが、私は無視しておいた。
「…どこに売られたんだね?」
「貴族のところ、でした。賢者様はその貴族のことを調べていて、わざと捕まってたんです。調査が終わって賢者様に助けて頂きました」
「…そうだったのか」
私の話は“大体”間違いじゃない。
だからこれでいいんだ、うん。
ヴェルトが物凄く睨んでくるけどね!
「…大変だったな」
お父さんに頭を撫でられ、思わず泣きたくなった。
駄目だ。
私に泣く資格なんてない。
「…お父さん…全然大変じゃなかったよ。お父さんとお母さんに比べたら、さ」
「…そんな…」
「ごめんなさい。私が勝手なことしたからお母さんとお父さんに辛い思いさせた。私に、みんなに迎えられる権利はないよ」
「キリヤ!」
「そんな風に言うんじゃない…!」
「姉さん!」
お父さんとお母さんに両手を掴まれた。
…本当にやだなぁ。
何で二人は私を恨んでないんだろう?
どうしてハルトは私を姉と呼ぶんだろう?
「キリヤ。そんな風に言うものじゃない。君はご両親がどれほどの気持ちで今まで君を探していたか、知らないだろう?」
「…はい」
「二人は自分の傷が治る前からキリヤを探しに出かけるほどだ。…村でのことをキリヤが気にして、自殺でもしてしまったら、と言ってね」
…さすがに自殺まではしないけどさ。
「村人たちも、キリヤを恨んではいないよ。それどころか君を心配してさえしていたよ。…だから、戻ってきていいんだ」
アルベルト様の言葉にみんなが頷いた。
ヴェルトまで頷くんだから、本当に嫌なやつだ。
だから私は笑った。
泣きそうな、困ったような、嬉しいような。
「…恨まれてないのは、わかってます。お父さんとお母さんの手は昔と同じで暖かくて優しい。それに、村を襲った連中は捕まったし、頭領のディグザムも死にました」
それなら、何を気にする必要があるのかと皆の目が問うている。
「…だからこそ、帰れません」
恨まれていたほうが帰りやすかった。
心配されてないほうが戻りやすかった。
「恨まれ、憎まれているなら戻って罪滅ぼしをしました。でも、そうじゃない。私はここよりももっと必要とされている居場所がある…だから、すみません。帰れません」
私はお父さんとお母さんの手を握り返した。
二人なら分かってくれるから。
私の目を見た二人は、昔のように微笑んだ。
あぁ、やっぱりこの二人の間に生まれて良かった。
前世を捨てることが出来ない私を暖かく導いてくれるのは、この二人だろうから。
「…キリヤ。辛くなったらいつでも帰ってきていいのよ」
「…俺たちは、味方だからな」
「…うん!」
少し不服そうなヴェルトとハルトを放って、私は両親との再会を心置きなく楽しんだ。




