私が通う話、場所は学園 パート⑯
気づくと、沢山の精霊が私を拘束していた。
「…あ、あれ?」
「…逃げられると困るからな。頼んでおいた」
泣き止んだハルトが顔を上げた。
ハルトはまだ少し赤い目で私を見て笑った。
それが何だか小さい時のハルトを彷彿とさせた。
「シィ、ルゥ、姉さんを連れて帰るぞ」
「はい」
「あぁ」
ハルトが私の背後に向かって言うと、いつの間に居たのかシルフィとルーチェが私の両脇を掴んでいた。
「いやいやいやいや!!ちょっと待とう!お姉ちゃんまだ心の準備が!」
「散々待たせてまだ言うのか?姉さんは諦めが悪いな」
「ちょ、自分で歩ける!引っ張るな!ヴェ…賢者様!助けて!」
シルフィとルーチェに引きずられそうになった私はヴェルトに助けを求めた。
ヴェルトはやれやれ、といったように溜め息を吐くとシルフィとルーチェを私から引き剥がした。
助けられた私はヴェルトを盾にシルフィとルーチェを睨んだ。
このハルト馬鹿どもめ!
私を引き摺るなんて何事だ!!
「…お久しぶりですね、賢者様」
「久しぶりだな、賢者」
「…よぉ。テメェら今はあのガキと契約してんのか?」
「えぇ。ハルト様は素晴らしい才能をお持ちのお方です」
「ハルト様は最高の主だ」
相変わらずのハルト馬鹿を発揮され、私は辟易した。
「…キリヤ。こいつら前からこんなんか?」
「え?うん。前からずっとこんなんだけど?」
「…人は変わるって言うが精霊も変わるんだな」
遠い目をしたヴェルトの言葉に私はシルフィとルーチェを見る。
…昔はそんなんじゃなかったと。
ハルト、どれだけあんた惚れられてんの?
「…姉さん、諦めて行こう。父さんも母さんも待ってるんだから」
「自首しようみたいな言い方止めてくれる!?…分かったって。行くから…けど」
「けど?」
「賢者様も一緒でもいいよね?」
私はヴェルトの腕に抱きついて、絶対離れるか!とハルトに訴えた。
ハルトはヴェルトと目を合わせしばらく無言で睨み合い、溜め息を吐いて仕方なく折れた。
学園長に報告しに行くとさっさと家族に会ってこい等のことを言われたので、大人しくハルトとヴェルトと馬車に乗った。
シルフィとルーチェも顕現していて、同じように馬車に揺られている。
静かに睨み合うヴェルトとハルトを放って、私はシルフィとルーチェを見た。
2人とも姿は全く変わっていない。
流石精霊だなぁ…
あ、私もあと一年ちょっとで不老になる!
…あんまり嬉しくないか。
「…久しぶり、だな。キリヤ」
「え?あ、久しぶり。ルーチェは相変わらずだね」
「私たち精霊は外見の成長はしないからな」
「…お久しぶりですね。何年ぶりですか?」
「シルフィも相変わらず。…何年ぶりかな?11年…くらい?」
「…どうして名乗り出なかったのですか?」
「あー…お父さんとお母さんがさ、アルベルト様のところに保護されてなければ二人を探してから行くつもりだったんだ」
「だが、お二人はアルベルトの庇護下にいるとハルト様から聞いただろう?どうしてあの時名乗り出なかったんだ」
私はシルフィとルーチェに困った顔をした。
…怖かったからに他ならない。
あの時、ハルトは罪を犯した姉を裁くと言った。
だから、お父さんもお母さんも私を恨んでるんだとずっと思ってた。
…でも、実際のところどうなんだろうか?
「…ねぇ、ハルト。私は罪を犯したんだよね。ハルトが裁くんでしょう?」
意を決して聞いてみた。
ハルトは少しキョトンとして、それから苦笑いした。
「あれは、俺との約束を少し破ったことだ」
「…は?」
「あの時は探して貰うために少し大袈裟なことを言ったんだ。…姉さん、約束は覚えてるよな?」
約束…
もしかして、
「私に街を案内してくれること…?」
「そうだ。覚えてなかったら姉さんに怒ろうと思ってたがその心配はなかったな」
「…そっか。そんな昔のこと覚えててくれたんだね」
「…まぁな」
「そうだね。直ぐに行くって言ったのに11年も掛かっちゃったね。ごめんね」
「…いいんだ。ちゃんと戻ってきてくれたから」
ハルトが嬉しそうに笑ったから、私も笑い返した。
…うれし泣きは後でヴェルトに付き合って貰おう。
しばらくして、馬車は大きなお屋敷の前に止まった。
ここまで送ってくれた御者の方にお礼を言って降りた。
…ここがアルベルト様のお屋敷か…
燕尾服姿のお兄さんがお屋敷の扉を開けてくれた。
中に入れば、メイド服姿のお嬢さんがズラリと並び、綺麗に揃って礼をした。
ハルトはそれらを諸ともせずにメイドさんたちの作った道を進み、最奥で頭を下げている男性の前に立った。
「ただいまゼス」
「おかえりなさいませ、ハルト様。今日はお連れ様がいらっしゃると聞いていますが…」
「…姉さんを見つけたんだ」
ハルトの言葉にゼス…執事さんがガバッと頭を上げた。
ハルトの後ろに立つ私を見つけ、ふらふらと近寄ってきて私の手を取った。
「…キリヤ様?」
「…お久しぶりです、ゼスさん。やっぱり私はキリヤ様なんですね。様は付けなくてもいいんですけど…」
私の言葉に執事さんの目がどんどん潤んでいく。
執事さんは私の手をぎゅっと握るとゆっくりと手を離し、ばっと踵を返した。
遠くから「旦那様!」と叫ぶ声が聞こえ、荒い足音が響く。
執事さん以外に声が一つ増えたかと思うと、足音は4つ増えた。
私はヴェルトを振り返った。
ヴェルトは私の視線に気付き、頭を少し乱暴に頭を撫でてきた。
私はその手を掴み繋いだ。
足音が近くなるにつれて、思わず手に力を込める。
「…キリヤ?」
目の前に新たに現れた4人の大人に、私はぎこちなく微笑んだ。
アルベルト様はあれからちょっと老けた。
でも相変わらずダンディーで格好良かった。
マリオット様は相変わらず綺麗で、見開いた目には涙が溜まっていた。
…お父さんとお母さんは、やつれていた。
頬は痩け、髪はボサボサで。
でも清潔そうで良い服を着てるから、私よりも良い生活をしてるんじゃないかと思う。
「…えっと…遅くなって、ごめんなさ」
私が言い終わる前に、お父さんとお母さんに抱きしめられた。
マリオット様とアルベルト様にも抱きしめられた。
すすり泣く声が聞こえ、みんなが泣いていることに気付いた。
「…ごめんなさい」
私は泣くみんなを空いてる手で抱きしめ返した。
「ごめんなさい。待っててくれて、ありがとう…」




