私が通う話、場所は学園 パート⑩
「何事だ!」
そこに扉を勢いよく開けて入って来たのはサイアス先生だった。
トーマはサイアス先生を一瞥したが、直ぐにミーナ先生に視線を戻す。
「…どうしてよ!何でそんな小娘を庇うの!?大した魔力も持たない、属性だって水しかもたない…そんなのこの学園には沢山いるわ!!多少魔術の知識はあるにしてもそれだけよ!!…どうしてっ!どうして賢者様の側にいるのがお前なの!!」
私は静かにミーナ先生を眺めた。
つまらない。
馬鹿馬鹿しい。
「…はぁ…トーマ、その人早く連れてって。最初は良い人かなぁって思ったけど、底の見えてる浅い人だったし。教育現場にこんな人いらない」
「確かにそうですね。底の浅さではそこの桃色の少年よりも浅いでしょう。それと、これは一つ貸しにしておきますので」
「えっ!?何やらせるつもりだ!?」
「さぁ…貴方の無駄な魔力でも使って賢者様の国でも造りましょうか」
「それ喜ばないよ」
「分かっています。そうですね。エレナに贈り物をするのでその荷物持ちに」
「…へいへい」
私は呆れた目でトーマを見た。
トーマは何やら喚いているミーナ先生を引きずって教室を出て行った。
「キリヤ!どういうことだ!何があった?」
ずっと聞きたそうな顔をしていたサイアス先生がトーマが出て行くのを見て私に話し掛けてきた。
「えーっと、カンペが見つかりまして。私のものらしい、ということになりミーナ先生が自白を促してきたんですが…それ洗脳で。だからトーマが連れて行ったんですよ」
「…そのカンペ、とはどこだ」
「先生の足下に」
先生の足下には紙切れが落ちていて、多分ミーナ先生が落としていったものだと思われる。
先生はそれを拾い上げ、眺めた。
「これは…本当に君が用意したものではないのだな?」
「筆跡が違います。トーマも賢者様も私もそんな女々しい字は書きません。そうですね…そちらの彼女の筆跡と同じものでしょう」
「えっ!?」
私を犯人呼ばわりした少女を私は見た。
彼女は違います、その女のだわ!と叫ぶ。
生徒たちも彼女に賛同して、私を批判する。
「…うるさい!他の者は黙っていろ!」
サイアス先生の一喝で、教室は静けさを取り戻した。
「筆跡は確かに違うようだが…君が用意したものではないとは限らない」
「…うーん…まぁ、別にいいんですけどね。私を退学にでも何にでもして下さいって感じだし…いい加減、飽きたんですよ。学園生活も勉強も。それに他の生徒の地味な嫌がらせも。それ、私のものでいいですよ」
「だが、」
「あぁ?随分勝手なこと言ってんじゃねえか」
先生の言葉を遮って、トーマと同じようにヴェルトも虚空から現れた。
…実は、私が付けている耳飾りに転移陣が埋め込まれていて、その転移陣を使ってみんな移動していたりする。
ヴェルトやトーマも持っていて、私たちはお互いの居場所に飛ぶことができるのである。
ただし、この耳飾りを創るのには二年近くかかるので、オススメしない。
…私が作って二年だからね?
普通の人なら一生掛かって出来るかどうかだから。
「あー、賢者様。だってー面倒になってきたし…」
「キリヤが止めるなら俺も止めるぞ。元々乗り気じゃなかったんだしな」
「じゃあ辞めよっか。王様には悪いけど、この国がどう足掻いたところで私たちに指一本も触れることは出来ないだろうし」
「ま、待ちなさい!キリヤ、本当に君ではないのならちゃんと弁解するべきだ!そうしなければ他の生徒たちの教育にも…」
サイアス先生が慌てたように言った。
確かに、私がこのままあやふやに終わりにすれば、生徒たちの教育には宜しくないだろう。
でも、面倒なのだ。
それに…
「勘違いしないで下さいね?確かに弁解するのが面倒なのもありますが…この学園の生徒は賢者様を馬鹿にしたんですよ」
「っ…」
「何よりもそれが気に食わない。賢者様賢者様と言っておきながら、賢者様の気持ちは尊重なさらないのですね。マリアナが言ったはずですよ。…私が賢者様の大切な人なのだと」
この学園の生徒たちは腐っている。
彼らが憧れているのはヴェルトという賢者様ではなく、賢者様という偶像に憧れているに過ぎないのだ。
馬鹿馬鹿しくて反撃する気も失せた。
「ねぇ?サイアス先生も同じですよ。知っていて無視をした。学園長もね。先生方が何かしら対策を練ってくださっていたら少しは考えましたけど…さ、賢者様、帰ろっか」
「そうだな」
ヴェルトは心無しか嬉しそうな顔で私に手を差し出してきた。
私はその手を取る。
「…本当にいいのか?」
嬉しそうな顔のまま、ヴェルトが聞いてきた。
…だが、その瞳は試すような、確信に満ちた色をしている。
「…はぁ」
「やっぱりな。キリヤはお人好しだからな」
「うるさい。…サイアス先生。本格的な調査をして貰えます?それと…」
私はヴェルトの手を取ったまま、教室を見渡した。
そして、目当てのものを見つけた。
私はヴェルトを掴む手とは反対の手で水を生み、教室の端に置かれている小さな石像に向けて放った。
石像はあっさり壊れた。
「これで洗脳は緩やかに解けるでしょう。彼女たちの行動も半分は洗脳によるものなので、配慮をお願いしますね。あぁ、この学園内には同じものが幾つか配置されていると思うので、壊すことをお勧めします。では、調査の結果が出たころにまた学園へ伺うので。賢者様、帰ろ」
「あぁ」
今度こそ、私とヴェルトは孤児院へ帰った。
…何がどうなっているのか、誰か説明してほしい。
今、私は自分の部屋にいる。
そして、その部屋でヴェルトと一緒に布団に入って寝ている。
正確には、寝ているのはヴェルトだけだが。
後ろから抱きしめられているので、抜け出すこともできない。
というか、抜け出そうとするとお腹に回された腕の力が強くなるので、遠慮している。
学園から帰って子供たちと遊び、お昼ごはんを食べて仕事してまた遊んで晩御飯食べて。
そしてお風呂から出て部屋に帰れば何故か背後からヴェルトに首根っこを掴まれそのままベッドに引きずりこまれた。
…不可解だ…
そういえば、組織にいたころはよくこうして寝ていたっけ。
大体こうして寝ていた時は大人たちがお酒を飲んで食堂で寝てしまって時かヴェルトが子供たちと遊んでみんな疲れて寝てしまった時とか。
懐かしいなぁ…
あの時は私だけじゃなくてみんなで雑魚寝してて、子供だったら寒いから固まって寝てたっけ。
「…私が一番気に食わないのはね。ヴェルトが嫌な思いすることだから」
寝ているだろうから言えることだ。
…普段なら恥ずかしくて死んでしまう…
「ヴェルト…今は幸せ?それだけ長く生きてると、大切な人だってもう…それに、周りは酷い言葉を投げつけてくるでしょ?…本当にヴェルトを助けるのは私なんかで良かったのかな…」
勿論返事はない。
私は腹に回されたヴェルトの腕を少しだけ緩め、体の向きを変えた。
暗いなか、月光だけが灯りである。
ヴェルトと向き合うようにして、私は眠りについた。




