私が通う話、場所は学園 パート⑥
食堂に戻り、私はマリアナの横におとなしく座った。
「…はぁ」
「キリヤ?賢者様とお話された?」
「うん…面倒事押し付けられたら気がする…」
「確かにそうね。賢者様、本当は老人のお姿でいらっしゃる予定だったんでしょう?一体どうしてあのお姿に?」
「虫除けらしいよ」
「…あら、そうなの?」
「何の虫除けなんだか…あと、トーマ知ってるよね?」
「勿論よ。トーマ様は学園の卒業生じゃない」
「トーマも特別講師するって…」
「…まぁ!」
「マリアナ。トーマ様って…あの?」
私とマリアナの会話を聞いていたジョットが何故か驚きの声を出した。
「そうよ。トーマ様は今まで賢者様にお仕えしていたの。それが今日から賢者様とご一緒に特別講師をしてくださるって!」
「…信じられない…!あの学園嫌いの至上の天才のトーマ様だろう?!」
「そう!」
ジョットとマリアナはとても楽しそうに話し始めた。
全然私は嬉しくない。
トーマなんて絶対私に嫌がらせしてくるに決まってる。
私はコーヒーらしき飲み物に砂糖をこれでもかと入れ、一気に飲み干した。
クラスに戻れば、クラスメイトが遠巻きにこちらの反応を伺っている。
私はそれを無視して、席に座り、教科書を枕にして突っ伏した。
ううう…苦痛だ。
今すぐにでも辞めてやろうか。
…流石に学園長が可哀想だからやめとこ。
「あ、あのっ!」
私に声が掛けられたらことに気付いて、教科書から顔を上げた。
そこには、可愛らしい少女がいた。
薄い青の髪と目をした少女は、軽く震え、緊張からか頬を赤くしていた。
「…はい?」
「き、キリヤさん、ですよね、あの、平民の出、なんですよね…?」
「…まぁ。そうですね。お嬢さんは?クラスメイトでしたっけ?」
「あ、ご、ごめんなさい!く、クラスメイトのアリス=リドレイです!」
「そうですか。よろしくお願いします」
リドレイ…確か伯爵位だったか?
「あ、あの。賢者様の、付き人、なんですか!?」
「付き人…かぁ。まぁ間違ってはないですよ。正確には家族だと私は思ってますけど」
「か、家族!?賢者様と!?」
「一緒に住んでますし」
「ご一緒に!?あ、あんな美しい方と!?」
「…知ってますか?賢者様はご自身の姿を変えることが出来るんですよ。私だって本当の姿は見たことありません」
「で、でも!あんな美しい姿で…」
…この少女、賢者に熱い視線を送る一人のようだ。
やめてほしい。
実態はただのおっさんなんだから。
「…で?賢者様の何を探りに来たんですか?弱点?それとも女の好み?」
「…え?ち、違、私はそんなつもりじゃ…」
「賢者様に興味があるなら本人に聞いてみたらどうですか?可愛らしいお嬢さんを邪険にはしないと思いますよ」
「…そんな…」
少女は俯いた。
思い出した。彼女はピンク色の少年とのやり取りを心配そうに窺っていた一人だ。
…厄介なことになってきた気がする。
彼女はとても泣き出しそうな顔をした。
「…すみません、私も強く言い過ぎました」
なんだろう、小動物を虐めてる気分になる。
「いえ…そう、ですよね。賢者様のこと教えたくないですよね…」
…ごめん、何か勘違いしてません!?
「生憎賢者様は人間に興味はないそうで…私のことも眼中にないようなので安心して下さい。ね?」
「…」
少女は泣きそうな顔を背けて去って行った。
そしてその後、これに似たやり取りを何十回とやらされる羽目になるとは思ってもみなかった。
孤児院に帰ると、子供たちが喜んで迎えてくれた。
よじ登るのだけはやめてほしい…
「キリヤさん、お帰りなさい」
「エレナさん。ご迷惑おかけします。今日は何かありましたか?」
「特に何もありませんでしたよ?みんないい子ばっかりで」
「…ま、そこは否定しませんけど」
環境のお陰が、悪さをする子供はそういない。
いるっちゃいるけど、可愛らしいもんだ。
食堂にいたエレナさんと今日の様子を話し、何か問題があれば二人で考え、対策を練る。
と、そこにヴェルトとトーマが帰ってきた。
エレナさんは嬉しそうにトーマに駆け寄る。
「トーマさん!お帰りなさい」
「エレナ!ただいま帰りました。大丈夫でしたか?」
「大丈夫です!みんないい子ばかりだし…」
二人の世界に入った彼らを放って、ヴェルトが私の横に座った。
「お帰り」
「おー、ただいま。何だ、疲れてんのか?」
「ヴェルトがあんな恰好するからヴェルト狙いのお嬢さんが寄ってきて…」
「言ったのにな、人間に興味ねえって」
「それも面白い話しだけどね。人間に興味ないって、じゃあ獣人には興味持つの?って話しだし」
「気分次第だな」
「…うわぁ、最低」
「気分次第、ってことは一生その気分は訪れねえってことだよ」
「…で?ヴェルトたちは何かあった?」
「…トーマと同じ人種の生息する場所なのか?あそこって」
「…やっば思ったよねー」
ヴェルトも私と同じことを思ったらしい。
何て言ったって、あの学園は賢者様至上主義がヤバい。
ほとんどのやつらは賢者様の話しを始めると恍惚とした表情になり、軽く三時間は語る。
「当然です。何故なら賢者様は始原の魔女様の再来とされておりますから」
いつの間にかトーマが前の席に座っていた。
エレナさんは調理場に行ったらしく、遠くに姿が見える。
始原の魔女。
この世界が生まれる前、世界の原型となる無には未知の力に溢れていた。
その力を元に神様は世界を作り、自然を作り、生き物を作った。
神様は少しだけ余ってしまった未知の力を、一つの魂に託すことにした。
その魂を持って生まれたのが、始原の魔女。
人ではあるが、どの個体も凌駕する力を持って生まれた始原の魔女は幾度と転生を繰り返し、そして、ある決断をする。
己の持つ力を世界に解放しよう、と。
神様にとって少量とも思える力は世界には多すぎたのだった。
始原の魔女が力を解放すると、人は魔力を持ち、魔物や精霊が生まれた。
また、ドラゴン、竜、エルフなどの未知なる生物も誕生する。
この恩恵により、始原の魔女は神様同様に崇め称えられているのだ。
強大な力を持った始原の魔女の再来とヴェルトが言われるのも無理はない。
神様並みの魔力を持つことに耐えれるのは、この世界でヴェルトだけだろう。
もちろん私は論外で。
だって神様から最初っから貰ってるし。
魔術師たちにとって始原の魔女とは神であり生みの親であり、その再来であるヴェルトは神と同等、というのがトーマの説明である。
「…だって。楽しいね、ヴェルト」
「全然な」
エレナさんが用意してくれた料理に礼を言って、私たちは同時に食べ始めた。




