私が逃がす話 パート④
私は少し高いテンションで基地に帰って来た。
馬鹿主のところへ襲撃したのは夕方。
所謂、黄昏時という時間帯。
それから走ってメアリアの屋敷に向かった。
走ってとか意味解らないとか言わない!
メアリアの所にミゼン、ノーヴェ、スーイを置いてメアリアの監視と雇用について話しをさせている。
雇用についてはノーヴェの担当だ。
ノーヴェは元傭兵なのでそう言った話しに詳しい。
ミゼンやスーイは論外。
きっとお金の使い方すら知らないに決まっている。
…今度教えないと。
メアリア=サーレストは父親が男爵、母親が伯爵の次女の逆玉の輿という夫婦から生まれ、今年10歳になる妹が居るという。
妹はあの屋敷にいるらしいから、いつか会う機会があるだろう。
メアリアは母親は父親と不仲だから出て行ったと思っているらしいが、それは違う。
サーレスト家の夫婦は大恋愛の末の結婚だと聞いている。
母親が家を出て行ったのは、娘2人を僻地へ連れて行くのを父親が拒んだから。
母親が伯爵家に戻れば、娘2人を王都で世話することが出来る。
確かに、父親には才覚はないが、家族を思う気持ちはとても大きいらしい。
私はそう考え、少しだけお父さんとお母さんに会いたくなった。
メアリアとの話し合いの結果、王都の外れに孤児院を建てる土地を貰うことが決定した。
経営者はヴェルト。
それを条件に土地は貰えた。
ただ、ヴェルトがその孤児院にいることはメアリアと王だけが知ることになる。
また、私たちの組織からの雇用だが、置いていった3人と他に4人雇ってくれるらしい。
何やら人手が無いとのことで。
私にとっては嬉しい誤算というやつなので、全く構わない。
ただ、後の4人どうしよう…
「スーウ!!」
「スーフォ!ただいまー!」
転移陣の上に私が現れるとスーフォが直ぐに駆け寄ってきた。
部屋にはスーフォ以外にも皆集まっていた。
「ど、どうだった…?」
「もちろん契約してきたよ!あんな好条件で契約しないとか絶対ない!それに切り札は私の手元にあったわけだし」
「そっか…!よかった!」
嬉しそうに笑うスーフォに釣られ、皆が笑顔になった。
私は皆を見て、ヴェルトが居ないことに気づく。
「あれ?ヴェルトは?」
「え?あー…その、ね」
スーフォが言いにくそうに言葉を濁し、聞いていた他の皆も苦笑いを浮かべる。
何だろうなと首を傾げていると、廊下からドッタンバッタンやっているのが聞こえた。
え、ヴェルト1人で何やってんの?
私は止める皆を無視して廊下に出た。
「…あー…何?ヴェルトってそういう趣味が…?」
「ねえよ!」
廊下ではヴェルトと馬鹿主のところにいたトーマという男がいた。
ヴェルトは何故かトーマに押し倒されている。
私は開けた扉を閉めようとしたのだが、ヴェルトに阻止されてしまった。
「別に偏見はないから事実なら否定しなくても…」
「違います。賢者様のお召し替えを手伝おうと思ったところ、賢者様がお逃げになられたのでつい…」
「なんだ。だめじゃんヴェルト。ちゃんと着替えないと」
「うるせぇよ!自分で出来るわ!!」
「ですが高貴な方というものは使用人に全て任せるのがマナーです。賢者様はこの世で最も尊い方なのですから…」
「…俺は自分でやりたいんだよ。邪魔すんなら雇わねえぞ」
「…分かりました」
ヴェルトの言葉にトーマは渋々ヴェルトの服から手を離した。
トーマが上から退いた瞬間、ヴェルトは素早く立ち上がり部屋に入った。
トーマはそれに続いてさも当たり前のように入ってくる。
私はとりあえず何も言わないで彼らの後に続いた。
トーマを見た皆は苦笑いしたり部屋の隅に逃げたりした。
「…はぁ。すまん、こいつはトーマ。馬鹿の所にいたんだが俺の補佐役になってくれるらしい。仲良くしろとは絶対に言わない。むしろ近づくな」
そんな紹介をされてもトーマは笑顔を浮かべ、一礼した。
それに皆律儀に礼を返す。
「分かったけど。トーマは使用人の再就職は終わらせたの?」
「もちろんです。馬鹿の軍への引き渡しもスムーズに終わりました。そちらの子供たちが手際良く呼んでくれたものですから」
「そっか。スーエとスーフォ、ありがとう。あ、そうだ。メアリア様から契約書貰ったからヴェルトに渡しておくね。孤児院建設は明日からだから、早くても3ヶ月は掛かるって」
私は懐から紙を出し、ヴェルトに渡した。
それにはメアリア自身のサインと国王からのサインの両方が書かれ、印まで押されている。
「あぁ、ありがとう。…って、俺が責任者かよ!?」
「大丈夫。王とメアリア様しか知らないから」
「…はぁ」
ヴェルトは仕方無さそうに溜め息を吐いて、紙を何処かに仕舞った。
…その魔法便利だけど忽然と消えるから見てて怖いんだよね…
そう考えいたら、肩を叩かれた。
振り返るとスーフォがいて、何か言おうと口ごもった。
「…あの、さ。スーウの名前を教えてくれる?」
そうだ。その約束があった。
「私はキリヤ。それじゃあ、スーフォの名前も教えて!」
その日、本当の意味で私たちは組織から解放された。




