私が逃がす話 パート③
メアリア=サーレストはため息を吐いていた。
3年前、メアリアの父は王のため賢者を招きそして奪われた。
あくまで内密に行われていた賢者様の接待だが、人の目はどこにでもある。
また、人の口に扉など立てられるわけがなく。
メアリアの家の評判は地に落ちた。
その罪を問われ、父は辺境に飛ばされ、元々不仲だった母は祖父の家に帰ってしまった。
そして、王都の小さな屋敷に残されたのはメアリアと幼い妹の2人。
長年使えてくれている使用人が少しいるが、若い者たちは次々と辞めていってしまった。
メアリアはどうにか賢者様の行方を探ったが、イーザ伯爵が関わっていることしか分からなかった。
イーザ伯爵は表では全く成功していないのに羽振りはいいので、怪しさ満点なのだが証拠がない。
証拠さえあれば軍に要請出来るのに。
メアリアは悔しさから唇を噛む。
今は深夜だ。こんな夜には使用人だって寝静まっている。
嗚咽が漏れそうになったその時。
「…そんなに唇を噛み締めないで。折角の綺麗な唇が切れてしまいます」
子供の、少女の声がどこからか響く。
メアリアははっと顔を上げた。
声は、窓の方からしていた。
風にカーテンがさらわれ、人影の姿をメアリアに見せた。
そこにいたのは黒髪の少女だった。
少女はメアリアを見てニッコリと笑った。
「あ、なたは…」
「はじめまして、メアリア=サーレスト様。私はキリヤ。メアリア様に、聞いて欲しいお話があるのですが…時間はお有りですか?」
少女の不思議な雰囲気に、メアリアは思わず頷いていた。
寝ていた使用人を起こし、2人分のお茶を用意して貰った。
少女とメアリアは、この屋敷の応接間にいた。
メアリアは寝間着に薄い上着を羽織った恰好でソファに座り、少女は黒ずくめの姿で反対側のソファに座っている。
少しして使用人のばあやがお茶を運んできた。
ばあやはお茶をメアリアと少女の前に置くと、静かに部屋の隅に下がる。
緊張した空気が部屋の中に漂う。
「…それで?話というのは?」
泣きそうな所を見られていたが、メアリアは偉そうに見えるように言った。
少女は少し笑って、目の前のお茶を一口飲む。
「3年前。こちらで賢者様が滞在なさっていたというのは本当ですか?」
「…えぇ、本当よ」
「それで、さらわれたというのは?」
「…それが何だと言うの?あなたはわたくしをそんなに貶めたいのかしら?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。メアリア様にとても良いお話をお持ちしました。賢者は私の属する組織で保護しております」
「…何ですって?」
「ご安心を。健康体ですよ」
「…証拠を。あなたの言葉だけで信用出来るほどわたくしは馬鹿ではないわ」
「そうですね…スーイ」
少女がそう言うと、少女の直ぐ横の天井から人が落ちてきた。
メアリアは何とか悲鳴を堪えた。
控えているばあやも悲鳴を堪えたようで、息を呑む音がした。
落ちてきたのは少年。
少女よりも幾分か年上に見える。
「何?もう話まとまったの?」
「ううん。まだ。ヴェルトと連絡取れる?」
「あー…水鏡を作れば。でもまだ魔力に慣れてないからなぁ」
「大丈夫だよ。やってみて?」
「うん」
少女に促され、少年はブツブツと何かを呟く。
少年が手を掲げた先に、どこからか水が集まり、鏡のように光を反射させた。
しばらく形は安定しなかったものの、少年が少し集中すれば水は安定したように丸い形で固定された。
それから少年はもう片方の手で水に向かって何かを唱える。
すると、水は光を反射し、そこに何かを映し出した。
「あー、ヴェルト聞こえてる?」
『…ああ?スーイか。何だよ』
「スーウが話あるって」
「ヴェルト、メアリア様を覚えてる?3年前お屋敷に泊めてくれた貴族の娘」
『…あぁ、覚えてるぜ。3年前は17だったから今は20歳か?』
「スーイ、鏡をメアリア様に向けて」
「うん」
水鏡には、確かに3年前と変わらない姿の賢者様が映っていた。
「…あぁ!賢者様、ご無事でしたか!」
『よぉ。まぁな。…それより、悪かったな。俺が捕まったせいでアンタん所には迷惑を掛けた』
「…いえ。いいのです。父に才覚がないことは分かっていましたので」
『否定はしねえ。代わりにアンタには才がある。そこのキリヤを信用して、話を聞いてやってくれ』
「…分かりました」
賢者様が話し終わると水鏡は光を無くし、水も何処かへ消えて行った。
メアリアはそれを少しだけ茫然と眺め、直ぐに頭の中で計画を立てる。
まず、目の前の少女たちからどうやって賢者様を取り戻すか…
「メアリア様。賢者は自分の意志で私たちの元に居ます。無理して離そうとすると賢者が逆ギレします」
少女にメアリアの考えを当てられ、メアリアは表情にこそ出さなかったが、動揺する。
「私たちからの要求は3つ。1つ目は土地を下さること。指定はさせていただきます。2つ目は私たちの中から数人雇っていただくこと。最後ですが、孤児院の経営の許可を下さること。それだけです。メアリア様は賢者を取り戻した才女として賢者を王に会わせて下さい。どうでしょう?悪くはないと思うのですが」
少女の発言は、メアリアに不利益になる話しはなかった。
メアリアは少し思案した後、控えていたばあやに指示を出した。




