私が逃がす話 パート②
燕尾服の男は、片眼鏡を掛け金茶の髪をキッチリと後ろに撫でつけた20代前半の若い男である。
彼は部屋の中を見渡し、私を見つけると舌打ちをした。
「チッ…貴女は組織の子供ではありませんか。まったく…折角あの方が来てくださっているのに子供の躾などしたくはないのですが…」
男は苛立ちを隠さず、手の平を私に向けた。
「爆ぜろ」
私はその場から直ぐに跳んだ。
直ぐ横の硝子瓶が弾け、爆発する。
男はそれから私が跳ぶ先々の物を爆発させていくが、私はそれを次々と避けていくので、余計に苛立ちを募らせていく。
「子供相手に本気にはなりたくないのですが、まぁ仕方ありませんね」
男は手をすっと引くと、懐から何かを取り出した。
そして、それを宙に放る。
男が放り投げたのは石。
それも宝石。あれは多分ルビーだ。
…媒介の中で、石というのは純度の高さ、稀少性の高さ、色の濃さという条件がある。
男の放ったルビーは最高級の物だ。
ということは…
「爆ぜろ」
「…ぎゃあー!」
大爆発を起こす訳である。
私は咄嗟にブレスレットの封印を解除し、魔力で壁を作った。
…はぁー。曾々おばあちゃんと曾々おじいちゃんの経験貰ってて良かったぁ…
多分、それが無ければ対応出来ずに木っ端微塵になっていたに違いない。
範囲は狭いが、威力は笑えるくらい強いので、屋敷は半壊するだろう。
あー…トレイスとディス大丈夫かなぁ…
私は目の前で起こる爆発を茫然と見ていた。
しばらくして爆発は収まり、私は砂埃が落ち着くのを待った。
「キリヤ!?」
「スーウ!!」
扉があったほうからヴェルトとアルバの声がする。
前を眺めていると、砂埃の中をアルバとヴェルトが走ってきた。
…ここが一階でよかったね。
そうでなければ地面が落ち、私も落下していた。
…トレイスとディスが心配です。
「…ヴェルト、アルバ。何してるの?」
「それはこっちの台詞だ!」
「大丈夫だった?主なら今頃驚いて気でも失ってるんじゃないかな?」
「ふーん…トレイスとディスは大丈夫かな?」
「あの2人なら大丈夫だと思うよ?僕らより野生の勘が強いから」
「…否定出来ないあたりがヤバいね」
普通に会話している私とアルバにヴェルトが呆れたような顔をしている。
「何なんだお前ら…」
「「え?暗殺者?」」
「聞いた俺が馬鹿だった。…来るぞ!」
ヴェルトが言った瞬間、砂埃からナイフが飛んできた。
私とアルバはナイフを叩き落とした。
砂埃の中から、男が現れる。
少しの乱れも見せない出で立ちに男の実力の高さが伺える。
…どうやら、男は火の精霊を使役しているようだ。
「…あぁ!」
男は私たちを見て感極まったように目を潤ませた。
「お会いしとうございました!賢者様!」
そして、ヴェルトの前に跪く。
私とアルバはそそくさと2人から離れ、傍観を決め込むことにした。
「おい!お前ら!!」
「や、その人ヴェルトに用があるみたいだし?」
「そうそう。頑張りなよ」
私とアルバの反応にヴェルトは「裏切り者どもが!」と叫んだが、それこそ言い掛かりである。
と、頭上に気配が現れ、人が降ってきた。
「スーウ、大丈夫か?」
「何だったんだ、あの爆発」
降ってきたのはトレイスとディスで、彼らは全くの無傷で、私とアルバを見てから安心したようにため息をついた。
そして、ヴェルトと男を見つけ、不思議そうに首を傾げる。
「ヴェルトの知り合いか?」
「何だ?…あいつこの家の執事じゃねぇか」
私とアルバには何とも答えれないので、4人でヴェルトを見た。
視線に気づいたヴェルトは「知るか」と吐き捨てるように言った。
「チッ…外野がガヤガヤと煩いですね…賢者様を呼び捨てにするなど躾がなっていません。少々お待ち下さい。黙らせてきます」
「い、いや、俺が呼ばせてるんだ。だから構わない。…それで、アンタは誰だ?」
「はい、わたくしはこの家の執事をしております、トーマと言います。あぁ!わたくしのような者の名前を聞いて下さるなんて…!」
男…トーマの様子に私たち4人は一歩下がる。
ヴェルトは顔を引きつらせた。
「そ、そうか…それで、どうして俺をあの組織に?」
「それは…大変申し上げ難いのですが、当家の馬鹿が賢者様の噂を聞いたらしく、手元に置きたいと言いまして…それなら比較的安全な組織にお連れしようかと。それに、噂では賢者様は人をお探しとのことでしたので組織であれば役立つかと」
なるほど、トーマは私と同じようなことを考えたらしい。
確かにおかしいと思ったのだ。
ヴェルトは連れ去られ、組織に来てからあの馬鹿はヴェルトに接触していない。
トーマがそうしていたんだろう。
ヴェルトはそれを聞いて少しだけ頬を緩ませた。
「そうか…確かに助かった。お陰で見つかったしな」
「本当ですか!?わたくしのような者がお役に立てるなんて…何でもお申し付け下さい!あぁ、この家の馬鹿を排除するのであれば是非わたくしが…」
「…というかトーマはここの馬鹿にどうして使えてたんだよ」
「丁度良さそうな馬鹿でしたので、操りやすかったのです」
直球だな、おい。
ヴェルトが顔引きつらせてるぞ。
ヴェルトはトーマに二、三言何か言うと、トーマは素早く立ち去り、ヴェルトは私たちのほうに来た。
「結局何だったんだ?」
「さぁ…ヴェルトのファン?」
「…全く嬉しくねえ」
私たちはヴェルトを慰めつつ、集めた書類を丁寧にまとめ、分かりやすく「不正」と書いて置いておいた。
ヴェルトに聞いたところ、トーマには馬鹿が捕まってからの後始末と使用人の次の仕事探しなどの雑用を任せたとのこと。
こうして、馬鹿主の屋敷への襲撃はあっさりと終わってしまった。




