私が笑う話 パート⑫
今回はほんの少しだけ早く更新できました…!
桐弥は最近の生活に嫌な慣れを感じていた。
諦めにも似た慣れだ。
このまま一生ここで暮らすことになる。
そんな予感がしている。
そして、そのことを受けとめて慣れている自分がいることに気づいていた。
今の自分は、絶対に帰るんだと決めている。
…でも。
桐弥の中にいる自分が、ここが好きで… が好きで、帰る場所はここだよ、と言っている。
それは間違いである筈なのに。
でも、否定できない自分がいる。
賢者を見ると何かを思い出しそうで、何も出てこない。
この気持ちが溢れそうで、でも何かが違うのだと叫んでいる。
だから、最近は賢者を見ないようにしている。
何かが溢れ出てきそうだから。
その日はキリヤさんの知り合いだという青年が賢者を連れて出ていった。
この二ヶ月で感じたのは、キリヤさんはとても顔が広いということ。
そして、周りから頼りにされていたということだ。
キリヤさんのことを知っている人はとても沢山いて、代わる代わるお見舞いに来ている。
誰も彼もがキリヤさんを心配して色々な物をお土産として持ってきてくれたり、情報を届けてくれたりする。
それと同時に、キリヤさんの話を聞かせてくれる。
どこどこでお世話になったとか、助けて貰ったとか、魔術を教えて貰ったとか。
キリヤさんの話はなるべく聞くようにしている。
…だって、好きな人の好きな人だし。
話くらいは聞いて学んでもいいかな、と。
しかし、聞けば聞くほど敵わないと分かった。
というか、無理である。
完全に無理。
ドラゴンを素手で倒すとか、絶対に人間じゃない。
トーマさんが「今なら桐弥さんも出来ますよ」と笑いながら言ってくれたが、無理なものは無理である。
この間来ていたミゼンさんという人とも対等に渡り合えるらしい。
…え?あの肉体的に一番強い種族っていう獣人三人を軽くあしらってた人と?
だから、絶対に人間じゃない。
そんな話を聞いていて、思ったことがあった。
…キリヤさんは、誰かに頼ったのかな。
多分、それなりには頼ったんだろう。
でも、本当に頼りにしていたのは…
気づかないふりをしてみた。
いいや。
見なかったふりだ。
話してくれた全員がそうだったように。
ここ最近、子供たちの要求の難易度が高すぎる。
空を飛ばせてほしいとか、魔獣捕まえてきて捌いてほしいとか。
…待って、捌くのは勘弁してほしいです…
だから、私の周りを囲んで我先にと大声で叫ばれるせいで、私は最初、気づかなかった。
「…桐弥!」
「…お姉ちゃん!!」
その瞬間に、世界中の音が消えたのを感じた。
後ろからの声に、私はゆっくりと振り返る。
その先に、呼吸を忘れるほど美しい男女がいた。
そして、私には直ぐに分かった。
多分、私たちのただならぬ雰囲気を察して子供たちは退散していたのだろう。
じゃなければ、走り出した時に子供たちを巻き込んでいただろうと思う。
「…お兄ちゃん!桐那!」
同じように駆け寄ってくれた二人と私は半ばぶつかり合うようにして抱き締め合った。
目の前で抱き締め合う3人を見て、ヴェルトたちは茫然としていた。
ハッキリ言おう。
彼らが美しすぎたのだ。
涙を流して喜ぶ和朔と桐那は他人に対して装っていた仮面を脱ぎ捨てていて、彼ら本来の姿を晒している。
それが初対面のヴェルトにでさえ神々しいと感じるのだから、一般人には堪ったものではないだろう。
そして、その感情を表面に出させているのは他ならぬ桐弥なのだ。
2人の特別。それが桐弥なんだろう。
(また、ヴェルトにとってはキリヤは最高に美しい存在なので他の人よりも目の前の光景が10割増しで美しく見えています)
「お姉ちゃんだぁ…本物だぁ…ふぇぇ…」
「桐弥…元気そうでよかった…!」
「うんっ…二人には迷惑かけて、本当にごめん…」
「迷惑じゃないよ…!心配したの!」
「…まぁ、うちの両親以下親族を宥めるのは大変だったけどな…」
「お兄ちゃんが最初に一番ぶちギレてたじゃん。現実の地獄を見せてやるって。あの人どうなったの?」
「あー…狂った。あれこそ生きた屍って感じだな」
「…狂った?」
なにやら話が噛み合っていないことに気付き、ヴェルトとシェリエは「「…やべぇ!」」と思わず言ってしまった。
「お姉ちゃんを殺した人」
「…私を、殺した?」
「…もしかして忘れてるのか?」
「えっと…私は桐那が誘拐されたことを話してるんだけど…」
「…お姉ちゃん。今いくつ?」
「17歳、かな?」
桐弥の発言に、和朔と桐那はヴェルトたちのほうに向き直った。
「「聞いてない(ぞ)(よ)!!」」
和朔と桐那に詰め寄られ、ヴェルトたちは渋々今の桐弥がどういった状態なのか話した。
もちろん、桐弥には聞こえないように。
「お姉ちゃんが記憶喪失…」
「…というか、桐弥はこの世界に転生していたのか」
二人には桐弥に会わせろと急かされたせいでまともに説明ができていなかったのだ。
「…しかも17歳の頃になってるとはな」
「うーん…でも、あの頃の悲壮感はあんまりなかったね」
「あぁ。お前が猫被ってたせいであの時は桐弥が死ぬんじゃないかと思ったぞ」
「…ごめん。せっかくだから、あの時のこと、ちゃんと話してみたい」
「そうだな。俺も色々と話したいことがある」
なにやら納得してみせた二人が改めて桐弥のところへ行こうとしたところを、ヴェルトが呼び止めた。
「なぁ。あんたの誘拐って、どういうことだ?」
問われた桐那は、ヴェルトをじっと見つめた。
「…ふぅん…そっか。うん。分かった!」
「おい。何もわかってねぇよ。一人で納得すんな」
「ごめんなさい、こっちの話です。そうだなぁ…お姉ちゃんが17歳、わたしが13歳の時のことなんですけど…」
和朔と桐那の話によると、桐弥の友人に桐那が誘拐され、自身の友人が起こしたことに責任感じて思い詰めていたらしい。
そこへ、その友人を調べた者から和朔にも危害を加えようとしていたことが分かったと連絡があり、本当に衝撃だったようで、和朔と桐那との接触を全くしなくなってしまった。
和朔たちにとって誘拐は日常茶飯事であり、桐弥自体も何度か誘拐されかけたこともあった。
「ですが、自身の友人が自分が常日頃大切にしている家族に害を成そうとするとは思っていなかったようで…一年ほどは顔を見たこともなかったですね」
「徹底的に避けてたもんね…でも、進学して新しい友達ができてからはお姉ちゃんから話しかけてきてくれるようになって…」
そのあとは何も言わなかった。
シェリエとレーイは怪訝な顔をしたが、ヴェルトには分かった。
…桐弥が殺されたんだろう、と。
「なので、お姉ちゃんは悪いけど悪くなかったってことを話してこようと思うんです。3人だけで話したいんですが」
「…なら、キリヤの部屋を使え。俺が防音の結界を張っといてやる」
ヴェルトの言葉を聞いて、二人はさっさと桐弥の元へ戻って行った。
「…賢者、よかったの?桐弥って、あの二人とよく分かんないけど何かあったんだよね?」
「…あぁ。あいつらにはあいつらなりの解決方法があるんだろ」
そう応えつつも、ヴェルトは3人から視線を外せなかった。
…もし、彼らの問題が解決してしまったら。
桐弥は…キリヤはあの二人と異世界へ戻ってしまうのではないかと。
そんな不安がヴェルトからなくなることはなかった。




