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最強な賢者様と私の話  作者: 天城 在禾
事件、もしくは秘密
131/134

私が笑う話 パート⑩

遅くなりましたっ!!






あの日以来、桐弥は真面目に魔術の練習をするようになった。

元々、魔力の量は底無しだし素質もあったため、キリヤのように呼吸をするようにとまではいかないが、並みの魔術師では勝てないレベルまで引き上げられた。

桐弥自体はそんなこと知らないが。

トーマが調子に乗ってしまったらしい。


ヴェルトと話した次の日。

桐弥はエレナにぶん殴られ、思いっきり喧嘩をした。

頑なに桐弥は過去の話をしなかったが、エレナと喧嘩したことでストレスが発散されたのか、何か自分の中で価値が変わったのかもしれない。

エレナとは和解し、今では桐弥からエレナに相談事を持ち掛けるほどとなった。


孤児院の子供とは元々仲が良かったが、それに輪をかけて良くなったようだった。

たまに桐弥を心配して訪れる者たちとも普通に世間話くらいはできるようになった。


そうして、ゆっくりと孤児院に馴染み、そのうちキリヤとして記憶を思い出すのだろう、とほとんどの者が思っていた。

そんなある日、ヴェルトの元にとある一報がもたらされた。







時間は少し遡る。

場所は王都から離れた街道であった。

その街道を外れて北へ進むと『死の森』という魔獣の住処があるため、危険な場所であると知られていた。

そのため、別の街道が作られ、ほとんどの者が新たな街道を使うのだが、この街道は王都へ最短で向かうことができるため、急を要する場合や力のある者は使用していた。


レーイもそのような者の一人であった。

レーイはアルテルリア王国の騎士団、第二部隊に所属する騎士である。

レーイの場合は急を要する者ではなく、力のある者であった。

まぁ、多少早く戻りたいと思うところもあったのだが。

レーイは平民の出身で、実家の弟が結婚するので、式に出るために一時的に帰省していたのだ。


自分を快く送り出してくれた隊長を思い出し、(やっぱりあの人は俺ら庶民の憧れだぜ!)と考えていた。

貴族でもないのにあれだけの地位に登り詰め、この間などは賢者様の共として陛下から名指しされていた。

陛下に顔を覚えられているということだ。

元々賢者様と知り合いだったとはいえ、素質がなければあのように高い地位に就くことなどできなかっただろう。

また、Sランクのギルドメンバーとも知り合いであるという。

なのに、本人に威張ったところは全くない。

それに、自分のような下っ端の平隊員の名前までちゃんと覚えてくれている。

人当たりがよく、気さくで、実力が高く、人脈もある。

顔も悪くなく、女子供に優しい。


「…くっ!俺らの隊長は完璧か…!」


その第二部隊隊長であるシェリエは知らないことだが、騎士団の隊員たちからこのように崇拝されていたりする。

女騎士や王宮で働く侍女からの人気も高い。


そのうち、ヴェルトとキリヤによる「未来の騎士団長様(笑)争奪戦!」が開催される予定である。

(※場合によっては男も参加できます。)


土産の入った袋をちらりと見て、レーイは馬のスピードを上げようとした。

か、死の森の方から声が聞こえたような気がして、馬を止めた。

馬から降りて、森の方を警戒する。

段々と声が近づいてきた。

それも、大きな音と共に。

腰に提げた剣の柄に手をかける。

そして。


「グォォォォオオオ!」


魔獣が、現れた。


二人の男女が魔獣の前を逃げていることがわかった。

レーイは剣を抜いて、魔獣と男女の間に立つ。

魔獣は突然現れたレーイを標的と見なし、腕を奮う。

それを避け、レーイは魔獣の腕を断ち切る。

魔獣は悲鳴を上げてレーイから距離を取った。

レーイはそのまま魔獣の懐へと入り、心臓を一突きした。

心臓から剣を引き抜き、布で剣に付いた血を拭き取り、念のため、魔獣が死んでいることを確認する。

このまま魔獣を放っておくと、新たな魔獣が死体を食べに来るだろう。

レーイはどうしようかと悩んだ。


「…すみませんが、そこの方」


悩んでいたレーイに声をかけたのは、先程の男女だった。

そういえば人がいたんだった、とレーイは二人に振り返った。

そして、絶句した。

二人は絶世の美形だったのである。

男の方は上質な黒い服をビシッと着こなし、セットされていただろう髪が、走ったためだろうか少しだけ崩れていて色気を醸し出している。

女の方は上質な濃紺のドレスを着て、髪はおろしていた。

なぜか、女の方は男に背負われていたが。


「おい、そろそろ降りろ」

「えー!?やだよ!わたしヒールなんだよ?ヒールでこんな山道歩けるわけないじゃん」

「話す時くらいいいだろーが」

「ちっ」


女は舌打ちをして、男の背から降りた。

そして、こちらに向き直って二人は頭を下げた。


「助けていただき、ありがとうございました」

「本当にありがとうございます」

「え、あ、いえ!自分、これが仕事ですから!」

「…こんな生き物を殺すことを…?」

「自分、騎士ですから。それより、お二人はどうして死の森の方から?」


レーイの質問に、二人は揃って首を傾げた。


「死の森、ですか?」

「はい。この魔獣も死の森のものでしょう?」

「…死の森…」

「魔獣…」


二人はレーイの言葉を復唱したあと、お互いに顔を見合わせた。

そして、こちらにバッと顔を向ける。

その迫力に、レーイは思わず後退る。


「「ここ、どこですか!?」」







レーイと男で魔獣を焼き、処理したあと、三人は一先ず街道を抜けることにした。


「私は星野和朔といいます」

「わたしは星野桐那です」

「自分はレーイといいます」


男がホシノ・カズサで女がホシノ・キリナというらしい。

二人が似ていることから、血縁関係にあるんだろうとレーイは観察する。


「ホシノというのがお二人の姓なのですか?」

「はい。キリナは私の妹です」


やはり、血縁関係であるようだった。

キリナの方はレーイの乗っていた馬に座っていて、軽く頭を下げた。


「それで、ええと…ここはアルテルリア王国の王都へ向かう街道です。お二人は見たところ貴族の方のようですが…このようなところに二人で?」

「貴族なんかじゃありませんよ。私たちは平民です」

「しかし、姓を名乗られましたし、何よりも服装が…」

「ねぇ、お兄ちゃん。やっぱりわたしの考えが当たっていると思うの」

「…認めたくないが…仕方ないことか」


唐突に話始めた二人に、レーイは困惑する。


「すみません、レーイさん。今のは私たちの話です。…私たちのことは不審に思われるかもしれませんが、犯罪とは無縁です。遠い場所から来たものですから、この辺りには疎くて…」

「お二人だけ、ですか?」

「えぇ。荷物などもどこかへ忘れてきてしまったようです」


二人が悪い人間では無さそうだとは分かるのだが、状況だけを見るとなんとも怪しいのである。


「ねぇ、レーイさん。わたしたち、人を探しているんですけど」

「おい、桐那」

「お姉ちゃんに会ったら解決すると思わない?お兄ちゃんもあの声を聞いたんでしょ?」

「…まぁな」

「ええと、その、人というのは?」


キリナは手綱を引くレーイの顔を覗き込むように馬から身を乗り出した。


「名前は星野桐弥。わたしの姉なんですが、その…多分、この辺りにいると思うんです」

「ホシノ・キリヤさん、ですか……キリヤ?ん?」

「え!何か知ってるんですか!」


レーイの左肩をカズサが、右肩を馬から身を乗り出したキリナが同時に掴んだ。


「え、ちょ、ちょ!キリナさん危ないですから!」

「レーイさん早く吐いてください!」

「あの、」

「桐弥はどこにいるんです!?」

「お二人とも落ち着いてくださいよぉぉお!!」


左右から揺すられて、馬の手綱も揺れて、馬が不愉快そうにこちらを振り返っていた。

さすがに悪いと思ったのか、キリナはレーイの右肩を離して馬に乗り直し、カズサは揺するのを止めた。


「ええと、ですね。ホシノっていうのは聞いたことないんですけど、キリヤっていうのは聞いたことあります。自分の上司の知り合いに確かキリヤって方がいたと思うので」

「とりあえずその上司に会わせてください」

「えー…まぁ、会えなくはないと思うんですけど…」

「そんなに偉い人なんですか?」

「いえ、隊長は平民です。じゃなくてですね…」


ゴニョゴニョと口を濁らせると、カズサとキリナは察したようだった。


「あー、確かにわたしたちは不審者ですもんね」

「身分証明書なんてないしな…」


自分たちが不審者であることをちゃんと分かっているらしい。

二人は同じように顎に手を当てて考え、同時に顔を上げた。


「お兄ちゃん!」

「桐那!」

「「こういう時のための俺ら(わたしたち)の顔だよな!(ね!)」」

「嫌な予感しかしねぇ!!??」


…レーイの苦労は始まったばかりである。



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