幕間⑥ 静かな思考の海の中で
本日2話目の投稿です。
こっちがめっちゃ長くなりました…
星野和朔には妹が二人いる。
下の妹は小動物のようでとても可愛らしく、妖精のようさ可憐さと白い花のような清楚さを持ち、しかし、一本筋が入った強さも持ち合わせている。
その揺るがない強さは妹を輝かせ、より美しくさせた。
外見の可愛らしさと内面の強さで妹を神聖視する輩も少なくはなく、その信者の暴走を止めるべく上の妹と何度も奔走した。
上の妹は和朔たちとは少し違った。
両親も和朔も下の妹…桐那も、揺るがない強さ(これは良い言い方をしただけで、実際はただ頑固なだけである。と和朔は自覚している)を持っていて、その強さに憧れを持つ者たちに仰がれることばかりだった。
頑固なだけであったなら、こんなふうに仰がれることはなかっただろうが、残念なことに、両親も和朔も桐那も、神々しいまでの美しさを持っていた。
自画自賛しているとは思われたくないが、否定しても嫌味になるだけなので素直に言うことにしている。
実際、上の妹には「その顔で自分のこと普通とか言ったら殺すぞ」と言われたこともある。
両親も和朔も桐那も、顔面偏差値が著しく高い。
100人中100人が振り返るし、外を歩いていて視線を感じない日はない。
この顔が嫌いではないし、武器であることも分かっている。
何より家族が格好いいと言ってくれるから和朔は自分が嫌いではなかった。
上の妹は、和朔たちが持っているものを何も持っていなかった。
いや、これは少し語弊がある。
同じ血が流れているし、手足がないとか、何か障害を持っているとか、そういうわけではない。
人並みの知能もあるし、身体能力も低くはない。
だが、上の妹は自分たちの持つ神々しいまでの美しさも揺るがない強さも持ち合わせてはいなかった。
平均的な身長、平均的な外見。
顔のパーツの一つ一つを見れば血の繋がった兄妹であることが分かるが、全体的に見てしまうと妹は平凡過ぎた。
何がどうなって、そうなってしまったのか分からない。
母方の血筋は美形しかいないし、父方の血筋も母方には負けるが美形が多い。
というか、一族全員が美形である、と言ってしまってもよかった。
そこに、どうやって紛れたのか分からなかったのが、上の妹だった。
だが、一族全員と和朔たち家族は妹を蔑ろにすることはなかった。
むしろ可愛がっていたのだろう。
妹は賢かった。
自分が家族とどこか違うことに早々に気付き、遠慮を見せた。
遠慮していたが、妹は家族を、一族を愛していることを隠さなかった。
そこには美しさへの憧れとか、揺るがない強さへの羨望とか、信者たちの崇め讃えるような狂気はなく、ただ純粋な愛情が溢れていた。
だから、和朔たち家族や一族は妹に憧れた。
美しさを基準にしてしまう周りにいつの間にか自分たちまで流されていたことに気づいたのだ。
自分たちが美しいから特別だと思っていたし、そう扱われるのが当たり前だと思っていた。
でも、妹は自分たちを何も特別扱いしなかった。
妹の中では自分たちはただの兄で、妹で、父で、母だった。
恥ずかしいことに、和朔は傲慢なクソガキであった。
外見が良いだけでちやほやされて調子に乗っていたのだ。
しかも、勉強しなくても成績は良かったし、スポーツも出来て努力なんてしたことがなかった。
自分は選ばれた存在とさえ思っていた。
…ここで弁解しておきたいのは、当時は一族のほとんどがそう思っていたし、両親もそう思っていて、そんな教育を受けていた。
可笑しいのは、同じ教育を受けていた妹がその思考を持たなかったことだ。
2つ年下の妹は、当時中学1年生であった和朔を一族の前で脅して見せた。
「お兄ちゃん」
「あ?なんだ?」
「いつか後悔するよ」
「…は?」
確か、新年の集まりか何かで、母方と父方の両方が珍しく揃う機会だった。
外見の美しさで儲けていた一族は毎年盛大に新年のお祝いをしているのだ。
「お兄ちゃんはさ、自分にどんな価値があると思う?」
「んだよ、急に」
「確か、お兄ちゃんは部活やってなかったっけ。勉強は…学年3位だったよね。そういえば、この間作文で優秀賞貰ってたんだっけ」
「…そーだけど?だからなんだよ急に」
「…努力、したことないんだよね、お兄ちゃんは」
「まぁな」
この時の和朔は妹が僻んでいると思っていた。
妹は平凡だから、兄である自分の出来の良さを妬んでいるんだと。
「学年1位狙ってみたら?部活もやってみればいいのに。お兄ちゃんが活躍するところ、見てみたい」
そうおだてられて悪い気はしなかった。
それに、妬んでいる妹に格の違いを見せつけてやろうと思った。
冬休みが明けて陸上部に入った。
チーム競技は今入っても無駄だろうと思ったし、何より苦手だった。
勉強もしてみた。次のテストでは1位をとってやろうと思ったからだ。
惨敗だった。
陸上部で大会に出たが3位入賞で終わった。
勉強もしてみたが、3位以上にはならなかった。
一年間、死に物狂いで部活に参加し、勉強をした。
だけど、2位にはなっても1位になることは出来なかった。
翌年の新年の集まりで、妹はこう言った。
「自分の価値を見つけられた?」
愕然とした。
妹の表情に、だ。
ここでニヤニヤと笑われていたり、憐れみとか同情の視線を向けられたなら、怒りで妹が言いたいことが分からなかっただろう。
妹は眉をひそめて怒ったような泣きそうな顔をしていた。
「…俺に、価値なんてなかった」
「どうして?」
「…努力したって、1位になれない。外見がいいだけの仕方のないクソガキだから」
「1位になるのが、お兄ちゃんにとっての価値なの?」
「…は?」
「お兄ちゃん。私はお兄ちゃんやみんなが大好きだよ。
だけどね、外見にしか価値を感じられないみんなの考えは大っ嫌い。1位であることが当たり前だと思ってるその考えも嫌い。
1位じゃないことはお兄ちゃんの価値を0にしちゃったのかな。お兄ちゃんの努力をなかったことにしちゃった?みんなの応援は無駄になっちゃったの?」
「…」
「お兄ちゃんの中にどんな価値があるんだろうね。私はね、お兄ちゃんの価値を知ってるよ。ぶっきらぼうだけど、妹には優しいの。女の子に乱暴なことしないし、悪口も言わない。勉強も運動もできて、色んな人から頼りにされてる。なんでも出来ちゃう凄いお兄ちゃんなの」
「…違う。俺はそんなやつじゃない」
「私はお兄ちゃんに自分の価値を知って貰いたいな。みんな外見だけ自慢するけど、外見以外にもいっぱい良いところあるのに。…私たちの世界って、狭いよね」
妹のその発言は、集まっていた一族の誇りやら価値観やらをぶち壊したんだろう。
次の日から一族たちは人が変わったように外見を磨き、内面を研いた。
両親の教育も変わった。
今まで、高みを目指せなんて言われたことなどなかったのに、やるからにはとことんやれ、と言われるようになった。
それに、前から放任主義気味だったのが、完全に放任されることになった。
桐那が和朔のように傲慢な子供にならなかったのは、この時点での教育の切り替わりのお陰だろう。
もっとも、桐那は上の妹に以前から教育を施されていたから、傲慢な子供になることはなかっただろうが。
それ以来、普通だった妹の扱いが可愛がられる方向へ変わった。
カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。
隣に座る桐那がグラスを傾けたのだ。
「…お姉ちゃんは今頃どうしてるかなぁ」
「さぁな。俺は桐那の世話を一人でやらされててんやわんやしてるってのにな」
「逆だよ!お兄ちゃんの世話をさせられてるのはわたし!三十路なのに結婚してないし、変に頑固だから大変なんだから!」
「それをお前が言うか!?頑固なのは桐那も同じだろう!」
「…あーあ。お姉ちゃんが居たらなぁ。きっとお兄ちゃんは結婚してて、わたしはお姉ちゃんに養って貰いつつ、お姉ちゃんに悪い虫が付かないように頑張ってたのに」
「養ってもらうのかよ…」
桐那は姉である上の妹に少し依存気味だ。
…上の妹、桐弥が死んで、今日で十年目になる。
あの日以来、和朔と桐那はぽっかりと開いた穴を埋められないでいる。
「…どうして、神さまはお姉ちゃんを奪ったんだろ。わたしたちが一番必要としてたのに。お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんがわたしたちのこと愛してくれてるように、わたしたちだってお姉ちゃんを愛してるんだよ。なのにどうして自分を大切にしてくれなかったの…」
桐那の目に光るものを見つけて和朔は目の前に置かれたチョコレートに視線を移した。
桐弥の好物であるチョコレートを、こうして命日に食べるのが恒例になっていた。
多分、今頃一族のほとんどがチョコレートを口にしているのだろう。
「桐弥は自分の価値を見つけてたんだろうか」
「…それって、新年会の話?」
「…あいつは俺に価値を知ってほしいって言ったが、あいつは自分の価値を知ってたと思うか?」
「…お姉ちゃんはわたしたちのことばっかりだったから、知らなかったと思うよ。いっつもそうなの。…だから、死ぬときだって女の子庇っちゃったんだよ。自分よりも女の子の方が価値があると思ったんだよ」
「…だよなぁ。桐弥は馬鹿だったもんな」
「お兄ちゃんも大概お馬鹿さんでしょ」
辛辣な妹だ。
元々毒舌だったが桐弥が死んでから、辛辣さに拍車が掛かっている。
「…会いたいよ。お姉ちゃんともっと沢山お話したかったのに。お姉ちゃんに謝らないといけないこと沢山あるのに」
桐那から聞こえる嗚咽をただ黙って聞いていた。
「会いたいなら、会わせてあげるわ」
視界が暗くなる前、母に良く似た声を聞いた気がした。
お兄ちゃんは32歳、
桐那ちゃんは26歳です。
桐弥は生きていたら30歳…
桐那ちゃん…お姉ちゃんに悪い虫でもいいから何か出会いを作ってあげたほうがいいと思うよ…?




