私が笑う話 パート⑧
すみません、お待たせしました!
目の前を子供たちが走り回っている。
初めてあったとき彼らには泣き叫ばれたが、今は普通に遊んでくれるようになった。
「桐弥おねーちゃん」
「うん?」
ミリアと自己紹介してくれた少女が足下に来て桐弥の膝に上半身を乗せてきた。
「桐弥おねーちゃんはしすたーのこと知らないんだよね」
「あ…うん。そうだね」
子供は正直だ。
大人が言いづらいことでも子供は面と向かって言ってくる。
だからこそ、その方が安心できる。
「しすたーはね、いんちょーの"コレ"なんだって!」
「…」
桐弥はつい思わず沈黙してしまった。
幼い少女が小指を立てて、"コレ"だよ!、と楽しそうに話してくれたからだ。
海外ではどうだか知らないが、日本では小指を立てる、という行為は"恋人"…あるいは"愛人"を指す。
ミリアは恋人だと言いたいんだろうが、桐弥は咄嗟に愛人の方を思い浮かべた。
「…あの、ミリアちゃん。それって院長さんとシスターさんはお付き合いしてるってこと?」
「お付き合いはしてないよ!」
「えっ…」
付き合ってない、ということは恋人ではなく愛人の方だったのか!?と桐弥は顔をひきつらせた。
「でもいつも一緒にいるの!」
にこにこと楽しそうに話してくれるミリアに桐弥はひきつらせた頬を緩めた。
「ミリアちゃんは二人が好きなんだね」
「うん!」
ミリアが二人を本当に慕っていることはよく分かった。
だから、桐弥は苦しさを呑んで笑い返した。
「桐弥さん」
「…あ、えっと、…エレナ、さん」
後ろから話しかけられ、桐弥は笑みを消した。
桐弥本人は意識して行ったわけではなく、自然と強張ってしまったのだが、話しかけたエレナはそれを見て少し悲しげに微笑んだ。
ミリアは桐弥の膝から降り、桐弥は立ち上がってエレナに振り返った。
「桐弥さん、みなさん探してましたよ」
「…すみません」
「…まだ、慣れませんか?」
桐弥は視線を落として頷いた。
魔力があり、魔法があり、魔術があることを知った桐弥は、トーマ主導の元に魔術の練習をさせられている。
今は練習の時間であり、桐弥はそれから逃げ出していた。
キリヤは呼吸するように魔法、魔術を使っていたそうだが、初めて見た桐弥はそれを理解することが出来なかった。
魔力はキリヤの体に馴染みすぎて、桐弥が魔力という存在を認識することが難しくなっていたのだ。
それに、今まで自力でやってきたことや、機械で行っていたことを急に見知らぬ不可解な力でやれ、と言われたって納得出来なかった。
…私は、ここの人間じゃないのに。
「桐弥さんならきっとできますよ!私は魔力が少ないので簡単な魔術しか出来ませんが、桐弥さんには沢山の魔力がありますし」
エレナが励まそうとしてくれているのも分かっている。
だけど、それを有り難く受け取って、受け入れて、練習に励むのは嫌だった。
「…べつに」
「え?」
「べつに、魔術なんか使わなくていいじゃないですか。意味の分からない呪文とか、変な模様とか書かせなくったって。私なんかが魔術使ったところで意味ないし」
「そんな…でも、使えたほうがきっと…」
「楽しくない!面白くもない…便利でもありません…私はこんなところからさっさと消えたいんです!私みたいなのは人様に迷惑かけるだけで対して役にも立たない。邪魔なんですよ、私なんて!」
「桐弥さ…」
「大体、魔力って何なんですか。エルフとかドラゴンとか、意味分かんない。物理法則ガン無視だし、わけわかんない力を使うなんて、怖くてできるわけない!月が3つあるのも変だし、見たこともない植物ばっかりだし…!帰れないなら、私なんて消してください!元の世界に…みんなのところに戻れないなら、死んでしまった方が楽です」
桐弥はいつも下げている視線を上げた。
エレナではなく、空を見た。
青くて、爽やかな空だ。
それが憎くて憎たらしくて、奥歯を噛んで空を睨んだ。
「…私なんか、邪魔なだけです。それに、みなさんにはキリヤさんが必要でしょ?さっさと消してくださいよ…私なんて、」
「いらない」
エレナは桐弥を殴ろうと思った。
何言ってやがるんだこの小娘、と。
だが、エレナの拳は空を切った。
桐弥は倒れていて、その上にはミリアがいた。
「痛った…」
「桐弥おねーちゃんのばか!ばかばか!」
「ミリアちゃん…」
「おねーちゃんはばかだよ!」
「…知ってるよ!私は馬鹿で阿保で救い様の無いろくでなしだもの!」
「ならどーしていらないとか言っちゃうの!分かってるならそんなこと言っちゃだめなのに!」
「だって事実じゃない!私は必要ない!私がいるせいでミリアちゃんはシスターさんと会えないんだよ!?シスターさんは何でも出来て、ここのみんなに、この世界に必要とされてるんだから、私なんて邪魔なだけでしょ!」
「ジャマじゃないもん!必要だもん!おねーちゃんはいらなくなんてないもん!」
「いらないよ!なんの才能もない!能力もない!何をやらせたって平均以下で、挙げ句には私のせいでお兄ちゃんと桐那に怪我させるところだったし!」
悔しくて涙が出てきた。
自分が必要とされてないなんて百も承知だ。
桐弥が使える魔力はキリヤの物だし、エレナやトーマたちはキリヤが大切だから、好きだから桐弥に優しくしてくれているだけ。
桐弥には才能も能力も無くて何も持ってなくて、何をやらせても上手くいかなくて。
自分のせいで大切な人たちを傷付けて。
「…私なんか…私なんて…消えちゃえばいいのにっ…」
涙が勝手にボロボロと溢れて来て腹が立った。
どうにか止めたくて歯を食い縛るけど、あんまり効果は無さそうだった。
ヴェルトは、桐弥の上に乗るミリアを持ち上げ、桐弥から退かせた。
そして、桐弥の腕を掴んで立ち上がらせる。
桐弥はビクッと震え、ヴェルトから腕を解放しようと引っ張ったが、ヴェルトの力に勝てなかったようだ。
「あ、賢者様…」
エレナが心配そうにヴェルトを窺ってきたが、大丈夫だと首を振った。
ヴェルトから逃げるのを諦めた桐弥は掴まれていない方の腕で顔を隠し、泣き続けている。
「悪ぃなミリア、コイツ借りてくぞ」
「…ごめんなさい」
「なんでミリアが謝るんだ。お前は悪いことしたのか?」
「…でも、桐弥おねーちゃんにぶつかっていって、押したおしちゃったもん…せんせーたちが、シスターを押したおすのはいんちょーの役目だからって…」
「待てミリア、それは誤解だ。それに今は桐弥だろ!つーかあいつら、んなこと教えてんのかよ…!」
シリアスな雰囲気が台無しである。
気を改めて、ヴェルトは桐弥と共にその場を後にした。
ヴェルトが向かった先は、キリヤの部屋だった。
桐弥をベッドに座らせ、一度部屋から出て、食堂に向かう。
食堂でお茶を用意し、ついでにキリヤが作っていたお菓子を適当に発掘して異空間へと仕舞い、キリヤの部屋に戻る。
桐弥はベッドの端に膝を抱えて、顔を膝に埋めていた。
テーブルの上に仕舞っていたお茶とお菓子を置いて、ヴェルトは桐弥を眺めた。
「…何ですか…」
しばらくして、眺められていることに気づいた桐弥はヴェルトの視線を遮るように背を向けた。
そして、掠れた声が響く。
「いや、幼児と喧嘩するとか面白ぇと思っただけだ」
「…どうせ、私なんて幼児以下ですから」
「…何か、あったのか?」
「…あなたに関係ありません」
頑なな桐弥の姿にヴェルトは苦笑した。
ヴェルトは、キリヤにもこんな時代があったのか、と少し嬉しくなる。
「この世界は嫌いか?」
「…えぇ、大っっ嫌い…」
「エレナやトーマたちは嫌いか」
「嫌いですよ…!大っっ嫌い!全部ぜんぶ!この世界もこの世界にいる人もみんな!」
「自分が、嫌いか?」




