私が笑う話 パート⑥
七月になってしまいましたね…!
最近は暑くて溶けそうですよね。
家から出られなくなる時期だ…!
集まっていた子供たちは、ナーダとエレナによって外や、それぞれの部屋へと連れていかれた。
子供たちもキリヤとヴェルトのただならぬ雰囲気を察し、素直に着いていった。
食堂には、キリヤとその他に残された大人たちが顔を強張らせて、座ったり立ったり、落ち着かないようだった。
本来ならば、一番不安なはずのキリヤは、周りを警戒はしていたが、出されたお茶を飲んで落ち着いた様子をしていた。
キリヤに説明するため、キリヤの前にはトーマが座り、キリヤの両親のリリアとレイドがすぐ横に、ハルトはその後ろに立っている。
「…本当に、何も覚えていないのですね?」
酷なことだが、トーマは最初にそれを確認した。
「…は、い。…あなた方のことは全く知りません」
キリヤはハッキリとそう言った。
それを聞いて、トーマはため息を吐いた。
「そうですか…私はトーマと言います。先ほど家族と言っていましたが、リリアさんとレイドさん、ハルト君のことは覚えていらっしゃるのですか?」
「…?…すみませんが…」
「…?」
疑問符を浮かべたキリヤに対して、今度はトーマが疑問符を浮かべることになった。
キリヤは確かに「家族」と言った。
キリヤの家族は確かにこの3人であるはずだが…
「えっと…私の両親は日本人ですし、兄と妹も日本人ですが…」
「…ニホンジン?」
「ここは日本じゃないんですか?」
「…ニホンとは?」
「えっ…」
予想外の反応に、流石にトーマもこれは可笑しいと分かり始めた。
「…申し訳ありませんが、キリヤさんのことを詳しく聞く必要が出て来ましたね」
「…私も、みなさんのことを詳しく聞く必要があると判断します」
キリヤとトーマは、同時に深くため息を吐いた。
「そうですね…まずは、キリヤさんについて私たちが知っていることをお話ししましょう」
「お願いします…」
「現在、キリヤさんは19歳、あと少しで20歳になります。こちらはキリヤさんの両親のリリアさんとレイドさん、そして弟のハルト君になります」
「…19歳…」
「あなたは7歳で暗殺者の集まる組織に奴隷として集められ、10歳に組織を作った貴族を出し抜き自由になります。それから8年は孤児院…ここのことですね。ここで孤児を引き取り育てて居ます。先ほどあなたを抱えていらっしゃった方は賢者様です。あなたは賢者様を崇拝し毎日賢者様の手足として…」
「トーマさん、待って下さい」
記憶がないことを良いことに、キリヤを崇拝者に仕立て上げようとしたトーマだったが、子供たちを宥めて帰って来たエレナに肩を捕まれたので、やめることにした。
「ゴホン…いえ、申し訳ありません。賢者様はキリヤさんの夫です」
「トーマさん!」
「強ち間違いではないでしょう」
「確かにもう夫婦でいいじゃない!と思うこともありますけど、ダメです!この焦れったい感じもいいんですから!」
「…エレナも相当ですね…」
目の前で何やら言い始めた二人を、キリヤは困惑しつつ、とりあえず先ほどの男性が自身にとって大切な存在であったのだろうと結論付けた。
「…なるほど、私自身についてはなんとなく分かりました。ここが孤児院で、私がここで働いていることも分かりました。…根本的なことですが、私が住んでいるここは何処ですか?」
「あぁ、そうでしたね。ここはアルテルリア王国。あちらの方がこの国の国王と皇太子になります」
トーマは少し離れた場所に立つ父子を指した。
キリヤは慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「あの、えっと…申し訳ありません」
「いや、キリヤさんが悪いわけではないからな。私はアルテルリア王国国王、レオナルドだ」
「…俺はアレンだ」
アレンはふいっと顔を反らした。
キリヤの他人行儀な反応をこれ以上見たくなかったのだ。
「王国……はぁ。なるほど。大体把握しました。あの…人間じゃない方々もいるみたいですが…」
「えぇ。あちらはエルフ、魔族とドラゴン、獣人です」
「…なんてファンタジーなんだ…」
「ふぁんたじー?」
「いえ…こちらの話です。そう、ですね。私の話をしますね」
キリヤは視線を落とした。
「…たぶん、ですけど。私は別の世界…あるいは別の惑星の人間です。地球っていう青と緑の星に住んでました。日本っていう、東の島国で生まれて…両親と、兄と妹がいます。…記憶だと、私は17歳だったはず、です」
「わくせい?…別の世界ですか。俄には信じがたいですが…どうして別の世界であると?」
「…私のいた世界は発達した文明を持ち、未開の土地なんてほとんどなかったからです。えっと、トーマさん、の口振りからするとこの国は結構な大国だと思います。でもアルテルリアなんて聞いたことないし、王制を執ってる国は少ないんです」
「…なるほど。ということは、あなたはキリヤさんではない可能性があるということですね。キリヤさんの身体にあなたの意識が入り込んでしまったとか」
「はい…ただ同じ名前なだけだと思います。どうしてこんなことになってるかは分からないですけど…」
俯くキリヤの目は潤んでいて、今にもこぼれ落ちそうな涙をなんとか引き留めていた。
確かに、彼女は"キリヤ"ではないだろう。
あの図太い少女なら、こんなことで泣いたりはしない。
…いや、泣くかもしれないが、それは今ではないだろう。
状況を把握して、どうやったら問題が解決するのか考えて、それから一人で泣くのだ。
トーマやエレナたちにとって、それがキリヤだ。
とはいえ、この少女をキリヤと比べるのは違うだろう。
キリヤは同年代の人間でもちょっと可笑しくね?と思えるような少女だから。
「…では、改めて、あなたの名前を教えてください」
「あ…私、は…星野桐弥です。星野が苗字で、桐弥が名前、です」
「そうですか。では"桐弥"さん。しばらくここに滞在しませんか?我々はその体の持ち主を知っていますし、あなたにはこちらにいてもらった方がお互いに都合が良いと思います。桐弥さんは元の世界に戻るために。我々はその体の持ち主を戻すために」
キリヤ…いや、"桐弥"はトーマの申し出に強く頷いた。




