私が笑う話 パート⑤
転移した先で、ヴェルトとミゼンが見たのは、血塗れで倒れるキリヤと呆然と座り込んでいる少女だった。
少女は、ヴェルトとミゼンを見ると、ハッとしたように表情を取り戻した。
「……この女の仲間ね……」
少女から殺気を感じ、ヴェルトとミゼンは身構える。
少女は二人を睨み、落ちていた包丁を拾った。
「テメェ、何者だ」
「答える必要はないわ…」
少女は包丁を高々と掲げ…
己の左胸に突き立てた。
ゆっくりと倒れる少女を、ヴェルトとミゼンはただ見ていた。
二人にとって、会ったことのない少女が死ぬことはどうでもいいことだったし、状況からして、目の前の少女がキリヤに何らかの害を及ぼしたのは事実のようだったからだ。
少女が絶命し、魂が旅立つ瞬間、キリヤの元からひとつの魂が少女の魂の元へ行き、共に神の元へと向かったのだが、ヴェルトとミゼンは気付かなかった。
ヴェルトとミゼンは急いでキリヤの元へ走り、血塗れのキリヤを抱き起こした。
キリヤはただ、気を失っているだけだった。
服は切り裂かれ血塗れだったが、キリヤ自体には何も傷は見当たらなかった。
ヴェルトとミゼンは安堵のため息を漏らした。
「…キリヤが起きたら色々と聞かねぇとな」
「そうだな。あの少女の遺体はどうする?」
「…キリヤが起きたら煩そうだが…キリヤに何かしたみてぇな反応だったしな。ここに置いてく」
「そうか…」
ミゼンはヴェルトの言葉に頷いたが、何か少し考え、少女の遺体を近くに唯一あった小さな木の根本に寄り掛からせた。
「…帰るぞ」
「あぁ」
ヴェルトはミゼンを咎めることはなかった。
ミゼンはヴェルトの元へ戻り、ヴェルトはキリヤを抱えて、3人はそこからフッと消え去った。
後に残された少女の遺体は、少し、幸せそうに笑っていた。
孤児院には、多くの人が集まっていた。
孤児院の子供たちや元組織組の奴ら全員は勿論のこと、メアリアとマリアナ、ジョットにアリス、オルディーティ夫妻とキリヤの実の両親のリリアとレイド、ハルト…国王のレオナルドと皇太子であらアレンまで来ていた。
花屋のアンナとその婚約者、セェルリーザにいるはずのソラとアリア、リタが呼んだらしいナーダに他に魔族が4人、レィティア、獣人の男が一人、サフラとハウエル、他にエルフが一人、あとはドラゴンの王、アイリーン。
彼ら全員は、ヴェルトに抱えられたキリヤを見て、血塗れであることに気付き、顔を青ざめさせて、声を揃えて、
「キリヤ(しすたー)(さん)(ちゃん)は!?」と叫んだ。
彼らの様子にヴェルトとミゼンは呆気にとられたが、直ぐに笑って、傷は無いことを伝える。
「ただ気絶してるだけだ。安心しろ」
ヴェルトがそう言うと、全員が全員、安堵のため息を漏らした。
「つーか、明らかに居るのおかしいやつらがいるよな?」
レオナルドやアレンはともかく、ソラとアリアや人ではない種族の者たちは明らかにおかしい。
ナーダはリタと仮契約しているから、分からないでもないが…
あの、短時間でどうしてここまで集まれたのだ。
「あぁ。それは昨日のうちに俺らが連絡してたからだな」
ウィルエルドたちが頷きあい、レオナルドを見る。
「7強から連絡を受け、私が彼らに伝えたんですよ」
レオナルドがそう説明すると、彼らは頷いた。
「賢者様…キリヤさんを寝かせませんか?立ち話も何ですから、みなさんは食堂に来て下さい」
エレナの提案で、ヴェルトはキリヤを寝かせに別れ、他は食堂へ向かおうとした。
その時。
ヴェルトの腕の中から、微かに呻き声が聞こえ、全員はまたヴェルトの周りに集合した。
「…うぅ…」
「キリヤ!?」
名前を呼ばれたことで、意識が浮上してきたようだ。
キリヤはゆっくりと目を覚ました。
茫然とした表情で、ヴェルトを、そして周りの人垣を見渡す。
「よかった!キリヤさん!」
「目覚めたんだな!」
「心配させやがって!」
「どうした?どっか痛いのか?」
「しすたー!」
がやがやと周りがキリヤに声をかけていく。
キリヤはやはり茫然と周りを見つめるだけだった。
その反応の薄さに、キリヤの無事を喜んでいた彼らは不自然さと奇妙な違和感を感じていた。
ヴェルトはどうしようもない不安に駆られた。
何か、とても大変なことが起こっているのだ…と。
茫然としていたキリヤは、周りをゆっくりと見渡し、最後に自分を抱えるヴェルトを眺め、やっと口を開いた。
「…だれ?」
キリヤの発言に、誰も何も言えなかった。
続きを聞くのが怖かった。
そんな周りの様子に気づくことなく、キリヤは口を開く。
「あの…すみません、私、どうかしたんでしょうか?」
「…う…いや…」
「もしかして、貧血か何かで倒れてたんでしょうか?すみません、ご迷惑おかけしました。あの…離していただいてもよろしいですか?」
キリヤの他人行儀な態度に、ヴェルトは思わずキリヤを腕の中から開放する。
キリヤはヴェルトに礼を言って、立ち上がった。
「私のことを知ってるみたいですけど…家族の知り合いでしょうか」
キリヤは警戒した様子でそう言った。
周りを囲まれていることを把握し、どこが一番突破しやすいか…そんな風に視線がキョロキョロと動く。
そのことが、ヴェルトたちを余計に傷付けた。
「…ふざけんな」
「え?」
「…ふざけんじゃねぇぞ!!」
急に怒鳴ったヴェルトにキリヤはびくりと肩を震わせる。
「…あの、」
「多少の怪我くらいだったら覚悟してたが…こんなことになるなんて聞いてねぇぞ!俺に手を出すなっつっときながら……俺らに、どうしろってんだよ…」
俯くヴェルトの顔は、キリヤからはよく見えた。
キリヤは、思わずヴェルトに手を伸ばす。
その手がヴェルトにたどり着く前に、ヴェルトは人垣を掻き分けて、孤児院の中へ消えていった。
「…とりあえず、みなさん、食堂に行きましょう。キリヤさん、あなたも一緒に」
重い空気の中、トーマがそう言った。
キリヤは、一瞬躊躇したが、すぐに頷いた。
◇◇◇
アレン、ジョット、アリス、マリアナ、ハルトは、一つの馬車で仲良く揺られていた。
『今から行くところは賢者様とキリヤさんの住居です。場所を特定されると困るため、皆様には窓を塞いだ馬車にご乗車をお願いします』
王宮に集められた彼らは、魔術学園の学園長にそう言われ、魔術で塞がれ、外の状況が把握出来ないようにされた馬車に押し込められた。
「…キリヤ様、大丈夫でしょうか…」
「大丈夫よ。殺しても死なないもの」
「それは言い過ぎじゃないか?」
「…いいえ…わたくしは忘れないわ。キリヤがお義兄さまに刺されても平気な顔をして笑っていたのを…!口と腹から血を流しているのにも関わらずによ…!!」
「姉さんが刺された!?」
「…あいつは何をしてるんだ…?」
「さすがキリヤ様…!素敵だわ…」
同年代の少年少女が集まっているのに、この話題。
ついでに、最後の発言をしたアリスに対して、他の四人はドン引きしていた。
ここにキリヤがいてもドン引きする。
「それにしても厳重な馬車だな。外の気配も感じ取れない」
「マリアナはいつもこのような馬車に乗ってキリヤさんたちの家に行くのか?」
「わたくしはキリヤたちが作った魔術陣で行き来してるわ。屋敷の裏にあるのだけれど、お義兄さまの従僕しか発動出来ないようにされているの」
「どうして従僕が?」
「…キリヤの兄弟子だって、お義兄さまは言ってたわね」
「…実際、マリアナの義兄はいったい何者なんだ?キリヤの過去もよく分からん…」
「…ちゃんと知ってるのは陛下とお姉さまくらいですわ」
実の弟のハルトや、長年友人をしているマリアナでさえ、キリヤは何も教えてくれなかった。
なんとなく、奴隷だった、としか知らない。
「…キリヤ様が言わないのは、私たちに知ってほしくないからだと思います」
「それは…でも、俺達だって、姉さんを支えることはできるし、どんな酷いことがあっても受け止められる…」
ハルトの言うとおり、彼らはキリヤを大切な友人、姉であると思っている。
キリヤが辛いなら、その辛さを受けとめ、支えたい。
もう何も知らなかった子供ではないのだ。
世の中には、信じられないほど酷いことがあるのだと、彼らは知っている。
「いえ、違うんです。多分…キリヤ様は、知られたくない、自分の過去を、みなさんに知られるのが嫌なんです」
「…それは、どういう…」
「みなさんにもありませんか?自分の知られたくない過去や、弱さ、とか…」
マリアナは驚いていた。
キリヤを妄信していると思っていたアリスが、キリヤの弱さを、ちゃんと分かっていたからだ。
マリアナだって、キリヤの過去を受けとめたい、と思っている。
けれど、キリヤは嫌なのだ。
キリヤは、自分の格好いい(本人はそうは思っていないが)ところしか見られたくないのだ。
強くて、絶対的な姿しか。
「…驚いたわ」
「え?」
「アリス、わたくしは貴女の事を見くびっていたわ。貴女は本当に素敵な女性ね」
「ふ、ふぇぇぇえ!?マリアナ様にそんなふうに言っていただけるなんて…!わ、私、今なら死んでもいいですっ!」
「待て待て。早まるな」
最後にツッコミを入れたのはアレンだ。
最近、アレンはツッコミ役が定着しているようで騎士団で訓練をつけてもらうとき、アレンのツッコミが炸裂している、との噂である。
「楽しんでるところすみませんが、殿下方、そろそろ着きますよー」
御者を勤めていたシェリエが、どういう仕組みか彼らに声をかける。
そうして、彼らは孤児院へと到着したのだ。
◇◇◇
そういや、以前ハルト君は孤児院の場所を知られないようにキリヤたちに撒かれてたなー、ということを思い出しました。
ので、みんなどうやって孤児院集まったの!?という疑問を個人的に解消してみました。
他にも、オルディーティ夫妻とか、キリヤの両親とか、アリアさんとかが乗った馬車があります。
まぁ、きっとみんなキリヤのこと話してますよきっと。




