私が笑う話
近くに国もなく、生物の気配もしない…
そんな場所に、私は結界を張って一人で座っていた。
ここは、不可侵の森のさらに北側だ。
不可侵の森ではないが、ここも生物はいない。
ここは火山から有毒なガスが吹き出ているので、生物は近づけないのだ。
角言う私も本来ならここでは生きていられないが、結界を張ることでこれを凌いでいる。
「あー、眠い…お腹すいた…」
私は結界を張っていることをいいことに、火山の真上で結界に寝転んだ。
「…帰ったら…どうしようかなぁ…また学園とか行ってみようかなぁ…そーいやぁ、レィティアたちどうなったかなぁ…」
私がぼーっと空を眺めていると、地面から沸き上がる力を感じた。
私は自分の周りだけに結界を張り替え、その力をもろに受けた。
わぁー、火山が噴火したぁー。
火柱が私を包み、視界が真っ赤に染まる。
「…酷いな。そんなに私のことが憎いの?」
火柱が収まり、視界が開ける。
そこには、ヴェルトにそっくりの青年が佇んでいた。
「…どうして…」
「?」
青年が何かを呟いた。
私は聞こえなくて首を傾げる。
「…どうして、貴方は私の中にいないのですか」
「は?」
言ってる意味が分からぬぞ?
え、何?私は青年の中に入らなきゃいけないとか?
ちょ、怖いんだけど。
私はすすす…と青年から距離を取った。
彼はそんな私には気づかないようだ。
「…貴方には確かに憎悪という感情がある…なのに、その感情が私の元へ来ていない…」
青年がゆらゆらと掠れ、大柄な男性になったり、柔らかな雰囲気の女性になったりして、そしてまたヴェルトの姿に戻った。
青年は憎悪そのものだ。
そしてその憎悪はヴェルトだけではなく、他の人の憎悪も含んでいるらしい。
「…人は、つらかったり、悲しかったり、憎んだりする。そして、その感情はその人にとっては持ち続けるのがつらいものだ…だから、人はいつしか憎悪という感情を捨てることにしたみたい…だけど。私はこの感情を捨てるつもりはないよ」
「…なぜ?ほとんどの者は私を捨てた!貴方の側にいる者も…貴方にも必要ないんだろう?」
「…ヴェルトの顔でそういうこと言うのやめてほしいなぁ。確かにヴェルトはあんたを捨てたのかもしれない。でも、ヴェルトは知ってるよ、憎悪が不要なものじゃないってこと」
「…不要じゃないだと?ならば、なぜみんな私を捨てる!私がいらないからだろう!私が邪魔だからだろう!」
青年…いや、ここは憎悪とでも呼んどくか。
憎悪は叫んだ。
私だけにじゃなくて、多分、人間や感情を持つものに対して。
「…そりゃ、あんた単体じゃ邪魔なだけだよ。でも、憎悪を持っているからこそ思い出すものもあるから」
「…ディグザムも…」
「?」
「彼も、そう言った」
ディグザムが…
そうか、だからディグザムはあのキメラの実験にも耐え、一人、意識を保っていられたのだろう。
「ディグザムだって分かってたんでしょ」
「…なら何故他の者は分からないんだ…」
「弱いからに決まってる。あんたを直視したくないし、そんな恐ろしい感情を持ってたら何をしてしまうか分からない。それに、あんたを持ち続けるのはとてもつらい」
だからこそ、私は憎悪を捨てることはできない。
「あんたを元に戻す。今度は誰にもあんたを捨てさせたりしない」
「…馬鹿な、そんなことが…」
私は足元の結界を蹴って、憎悪の前に飛んだ。
憎悪は反射的に腕を振りかぶったが、私はそれを受け止める。
「大丈夫。誰にもあなたを不要だとは言わせない。捨てていいものなんてないんだよ、感情も記憶も、自分という存在は捨てちゃいけない」
憎悪の頬に手を伸ばす。
彼は一瞬抵抗しようとしたが、私が頬に触れると驚いたような表情を見せた。
「…どう、して…」
「ほら、早く帰って」
「いやだ…もう捨てられたくない…」
「捨てないよ。きっと気づくから」
憎悪の姿がどんどん薄れていく。
涙を流す憎悪の頬を撫でる。
大丈夫、大丈夫だから。
そう思いながら憎悪の頬を、頭を撫で続ける。
ヴェルトの姿だから、余計に気持ちが籠った気がする。
憎悪が消えるまで、私はずっと憎悪に触れていた。
「…さて、と。次にいきましょーかね」
私は結界を解除して、すぐ近くにあった気配に向けて炎を放った。
「うわぁ!」
「さっきから見てたみたいだけど、何のつもり?」
「…君が…」
近くにいたのは私と同じくらいの少女だった。
可愛らしい、が、彼女からは私に対する好意と、歪んだ気配を感じる。
第一、こんな溶岩が燃えたぎる場所に平然とした顔でいること自体、この少女が危険過ぎることに十分な証拠である。
「あなたが憎悪に入れ知恵をして、操ってたんだな?」
「…やっぱり!君が、君が星野桐弥なんだね!?」
「…!?」
前世の名前を当てられ、私は手元に魔力を集める。
つーか、私の話は無視か!
「僕は西川昭一というんだ。名乗る前に君は死んじゃったから、僕の名前を知らなくて当然だよ!」
「…あの場にいた奴か」
「居たもなにも!」
…いいや、こいつは。
「僕が君を殺したんだから!」
私を何度も包丁で刺してくれた糞野郎殿だった。
正直、あの男の顔はアホみたいに呆けたものしか覚えていないが、思い出す度に背中が痛む気がするのだ。
はぁ…もう、何なの、本当に。
「うわぁ、嬉しいなぁ!もう一度君に会えるなんて!
前世では済まなかったね。あの頃の僕はさ、世界に飽き飽きしてたんだよ。犯罪と名の付くものは粗方やったことがあったけど、何と言うのか…そうだな…満たされなくてね?
あの時はちょうど会社を止めさせられた時で、以前から追われていた警察にも嗅ぎ付けられて、困ってたんだよ。
満たされていないのに、刑務所に入るのなんて嫌だったからさ」
「知るか。話が長い」
「まぁまぁ!それでね、最後はこう、パーっと人でも殺してみようか、って気分になってさ。元々人を殺すのは嫌いじゃなかったし、興奮するというか。まぁ、終わった後は冷めちゃうんだけどね?
その時だよ!女の子を庇った君に何度も包丁を刺した、あの時!
僕は普段とは違う興奮を感じてたんだ!女の子の顔が驚きと恐怖で歪むのもとても良かったけど、君がいくら刺しても動じなかったのが、とても良かったんだよね」
こいつ果てしなく気持ち悪い。
私は手元に集めた魔力を彼女?に放った。
「酷いなぁ。あと少しなんだけど」
「っ!」
だが、彼女は全く動じていなかった。
放った攻撃は何かに遮られたように霧散する。
しかも、霧散したかと思えば先ほどの攻撃が彼女の胸元から発された。
「ふふ。これは全反射というんだ。こっそり神様とやらから貰ってきたんだよ」
「…へぇ?どんな攻撃も効かないってことか」
「うん。そう、それでね!あれだけ刺したんだし、そろそろ倒れるかなって思ってたら、君、僕を投げ飛ばしたじゃないか!君が振り返った時の驚いた気持ちは今までの何物にも勝ったよ!それに君に投げ飛ばされた時のあの感動と言ったら!」
彼女は自分に酔ったように自分を抱き締めた。
「君を殺してしまったのがとても残念だった。警察にも捕まって、僕は一生牢屋から出られない。君のような存在を探したかったんだけどね…あの感動をもう一度だけでいいから、味わいたかったんだよ…」
そう言って、彼女、西川昭一は、ニィ、と笑った。




