幕間⑤ 上には上がある。
ウィル視点です。
目の前で、小柄な少女がふわりと浮かび上がった。
彼女から強い魔力が"ある"と感じられるが、威圧感はなく、彼女が自分達を気にしていることが分かる。
本来なら詠唱も、陣も必要としない彼女は怪しまれないようにと、詠唱っぽい何かを言った。
ウィルエルドはいつも思う。
…"上には上がいるもんだなぁ"、と。
ウィルエルドは農家の三番目に生まれた。
兄が二人と妹が二人、弟が一人いた。
裕福なわけでもなく、かといって貧しいわけでもなかった。
そのため兄弟が売られたり、何処かへ引き取られていくということもなかった。
ウィルエルドが傭兵になったのは12歳の時だ。
確か、兄と喧嘩して家出ついでに旅に出ようとしていたのだ。
12歳のガキが、何言ってんだと今なら思う。
その晩家出して、隣の村へ向かった。
そこで運悪く、盗賊を見かける。
盗賊は商人を襲っている最中だった。
そこで、盗賊とやりあってたのが、後のウィルエルドの師匠になる傭兵だった。
その傭兵の強さに惹かれ、無理矢理弟子入りして13年が経った。
その頃にはウィルエルドは傭兵として名を馳せていた。
師匠は、ミゼンやキリヤほどではないが、規格外に強く、13年経っても勝てなかった。
たまには師匠と別行動しよう、という話になり、単独で受けた依頼で運悪く暗殺組織に捕まることとなる。
そこで、ウィルエルドは自分よりも上が、いくらでもいるんだということに気づかされた。
師匠は、手の届く範囲の強さだった。
だが1は違う。
決して到達することのできない高み。
天才と呼ぶのに相応しかった。
ウィルエルドは1を見て諦めという感情を知った。
このまま鍛練を重ねれば、ウィルエルドは師匠を追い抜くことはできるだろう。
だが、憧れた"最強"にはなれない。
後に分かったことだが、連れてこられた他の仲間も名の知れた傭兵やギルドメンバーで、1…ミゼンを見て自尊心やらなんやらをボキリと折られたらしい。
お互いに慰め合ったのはいい思い出だ。
それから何年か経ち、1が0を殺し、ウィルエルドの名前がトレイスになって一年。
もう一人の天才、を見た。
少女はミゼンに連れてこられた時、物珍しそうに周りを見て、顔をしかめた。
薄汚い男ばかりだからだろうか。
それにしても、暗殺組織に連れてこられたというのに冷静だ。
もしかしたら暗殺組織だと知らないのかもしれない。
驚いたことにミゼンは少女を買っているらしく、少女はスーウと名付けられノーヴェに連れていかれた。
「リーダー。あの子は本当に俺らの仕事分かってるのか?」
「…あぁ。スーウは望んでこの組織に入った」
「はぁ!?まだ一桁のガキだろ!?」
信じられん。かつての最年少で入ってきたスーフォは当時9歳だったが、泣きわめき0に何度も殴られていた。
スーフォが今でも残っているのは単にディスのおかげだろう。
9歳のスーフォとより幼い少女が自ら望んでこの組織を選ぶとは。
「なるべく気にかけてやってくれ」
ミゼンがそう言うほど、少女は不安定な存在…だと、この時は全員思っていた。
「トレイス!次組み手の相手してー」
「ふざけんな。お前はミゼン専用だろーが」
「えー。だってミゼンの癖が付いちゃうじゃん。それは困る」
「…」
スーウは初日に泣いただけで、あとは平然と…それどころか元気一杯に組織の開拓を始めた。
食事がどんどん豪華になっていくのは嬉しいのだが、掃除させられるのは…まぁ、な、うん。
スーウのおかげだろう、子どもらと話す機会も増えた。
正直どう扱えばいいか分からなかったのだが、子どもの方が気を効かせて話しかけてくる。
…ミゼンだけ話しかけて貰えてねぇけどな。
スーウはいつもニコニコとしていて、誰彼かまわずこき使う。
確実にこの組織の実権を握られていた。
もし、スーウが弱ければ、ここまで実権を握られることはなかっただろう。
スーウは天才だった。
子どもで、女ゆえの身軽さで軽々と跳躍し、全ての体重をかけて繰り出される攻撃は重い。
ミゼンでさえ時折負けそうになるほどに。
この数ヶ月でここまで力を付けられるとは誰も予想していなかった。
どうせ途中で諦めると思っていたのだ。
だがスーウは血の滲む鍛練(実際に血を出していた)をこなし、ミゼンという高みまで到達していた。
…天才だな。俺らには無理な領域に踏み込んだ。
それでも足りないのだというスーウに、俺らは兄のような心境で無理すんなよ、と言ってやるしかできなかった。
組織から解放された俺らだが、相変わらずつるんでいた。
スーウ…キリヤは孤児院を運営し、俺たちも運営に関わっているとして、毎月給料を渡される。
…これが、結構多い。
孤児院の運営は大丈夫なのかと思うほどの金額を貰うんだが…
ヴェルトにいいのかと聞くと「キリヤがいいっつってんなら大丈夫だろ」と返ってきた。
…おい、本当に大丈夫なのか!?
心配すぎてキリヤ本人に聞いてみた。
「え?んー…みんなギルドで稼いだ分を生活費以外、全額孤児院に入れてるでしょ。それと雀の涙ほどの孤児院の給料を足して渡してるだけだから。それよりちゃんとご飯食べてる?孤児院で食べて行ってもいいんだからね?」
…お前は俺らの母親か。
やべぇ、睨まれた。
…まぁ、なんてこともあった。
今は俺らにも家族が出来たので孤児院には雀の涙?ほどの金額しか渡していない。
代わりに孤児院出身のやつらが頑張ってるらしい。
ついでに、雀って何だよと聞いたら鳥だと言われた。
…んな鳥見たことねぇけど。
ギルドに入った俺たち7人はいつの間にか7強と呼ばれ、ランクもAになっていた。
パーティーを組んでいるわけではないのだが、大体組むのは7人の内の誰かなので7強と呼ばれてしまっている。
ギルドでの尊敬の眼差しが痛かったが、俺らを慕う新入りたちの存在は嬉しかった。
たまに鍛練に来るゼクスたちが男爵家の者だと知られると余計に尊敬された。
ゼクスはランクBの奴に喧嘩を売られていて、それに勝ってからはギルド内でゼクスに逆らうやつらは居なくなった。
確かに怒ると怖いからな、ゼクスは…
「俺で怖がってたらキリヤ相手だと死ぬんじゃないかなぁ…」
…まぁ、そりゃあなぁ…
キリヤはギルドの依頼を受けている時間がないので、未だDランクだが、本来ならSランクだろう。
ヴェルト経由で王族とも知り合いだろうしな。
「そういえばさ、ドラゴンが魔獣化したって聞いたけど」
「あぁ、何か村が3つ滅ぼされてるらしいな。魔術使えるやつが結界張ってどうにかしてるらしいが」
「ギルドマスターはどうするの?」
「さぁな。ヴェルトに頼むとか何とか言ってたが…」
「おいウィルエルド。ちょっと賢者んとこに使い頼まれてくれ」
ギルドマスターが俺を呼んだのを聞いて、俺とゼクスは顔を見合わせた。
そして、紆余曲折ありキリヤとヴェルト、俺ら7強、シェリエ、ロウ様、殿下、ガゼル様とドラゴン退治に来ている。
殿下たち三人がドラゴンを引き付けてくれたおかけで隙をついて攻撃をすることができた。
キリヤはわがままな子供に手厳しいからな…
殿下が少し可哀想になってきていた俺らはとっとと助けに入った。
その年でそれだけ魔術操れたら将来大魔術師と呼ばれるくらいになるだろう。
魔術については専門外だが、ギルドに所属してるやつらを見ている限りは殿下はトップクラスだろう。
…それにしても、組織時代よりも速さが落ちたな…
そして、冒頭へ戻る。
キリヤが攻撃を防ぎ切ると同時に俺たちは飛び出し、首筋を狙って徹底的に攻撃していく。
これがミゼンだったら…三回切ったらドラゴンは死んでるだろう。
これがキリヤなら?…魔術使って一撃だな。
やはり、上には上がいる。
だが、それでいいのだ。
上には上がいなければ、俺らはきっと衰退していくだけだろう。
ミゼンやキリヤ、ヴェルトのレベルになろうとは思わない。
だが、あいつらを支えてやれるレベルにはいたい。
あいつらは強い。
だから孤独だ。
孤独を払拭することはできないが、減らすことはできる。
あいつらに助けて貰ったんだ。
今度は、俺らが支える番だろう?
◇◇◇
ドラゴンと戦う7人を見て、私は思わず口を開く。
「やっぱりさ」
「うん?」
「上には上がいるよね」
「…それキリヤが言う?」
隣でシェリエが苦笑した。
「うん。…私、きっと一生あの7人には敵わないんだろうな」
「えー…?」
「いや、戦闘能力とかの話じゃなくてね?…というか、シェリエにも敵わないと思う」
「どこが!?」
…組織に入った時、本当は不安しかなかった。
死んだらどうしよう。劣悪な環境なら?…仲間と呼べる人たちじゃなかったら?
だけど、みんなは私を受け入れて守ろうとしてくれた。
それに、私を叱って、引き留めようとしてくれる。
…だから、きっと敵わない。
私みたいな偽善じゃない、本当の善を貫ける人たち。
やっぱりさ、思うんだよ。
…上には上がいるよね。




