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トラン・スペンド公爵令息side.
ハートラル伯爵家からアイリスが追い出され、もう三日が経っていた。
だが、いまだに彼女は見つからずじまいである。出たタイミングが人気のない時間帯のため、目撃情報がなかったので。
それも一人も。
だから、ハートラル伯爵領をしらみ潰しに探し、彼らの親戚の方にも手を伸ばしてみたのだが、結果は現在どこにいるのか全くわからない状況で……
「……アイリス」
私は一枚の写真を取り出す。
幼い私とアイリスが写る、まだ、婚約者ではなく幼馴染だった時に一緒に撮った時のものを。
この頃の彼女は太陽のように眩しい笑顔を常に周りに見せてくれていたのだ。
なのに、私が一年半前に留学から戻って来た時、彼女は作り笑いしかできなく、あんなに家族仲が良かったはずのハートラル伯爵家もどこかよそよそしくなっていて……
困り用があるなら力を貸すといっても彼らも作り笑顔で断ってきて。
それは、アイリスでさえ……
だから、すぐに原因を探ったのだ。必ず言えない事情があるはずと。
特にこちらに迷惑をかけたくないという表情をするアイリスには……
ただ、当時はそう考えながらもなんとなく理由はわかっていたが。ハートラル伯爵家の様子から。
原因はあの女だと。
何しろ、リリスという名は貴族社会で有名になりはじめていたので。もちろん悪い方に。それがハートラル伯爵家をおかしくしているのだろうと。
そして、やはりその考えは正解で、わかった範囲だけでもはらわたが煮えくり返りそうに。
なのに当時、幼馴染でしかなかった私ではどうすることもできなくて——と、急ぎ、向こうに条件の良い内容を付けて婚約話を持っていったことを思い出す。スペンド公爵家の名を使えばアイリスを守れると思ったので。
ただし、蓋を開けてみればその名が彼女を追い詰めることになってしまったが。
つまりは私の判断は大きな間違いだったと。父の力を借りてでも、いや、王家に貸しを作ってでもアイリスをすぐに保護すべきが正解で。
そうすればこんな事にはならなかったのだから。
そう思いながら、もう何度目かもしれない溜め息を吐く。
「どこにいるんだ……」
それから部下の報告書を次々と見ては地図を黒く塗り潰しも。既にハートラル伯爵の屋敷から女性の足で三時間以上歩かなければいけない場所を探しきってしまったことに絶望感を抱きながら——と、思わず頭を抱え込みそうになっていると従者のシャルが執務室に駆け込んでくる。
「ハートラル伯爵夫妻が来たのですが、もしかしたら、アイリス様の居場所がわかったかもしれないと」
そう言ってきて。
「単に罪を軽くしたいのではないかと……追い出しますか?」
続けてそんなことも——と、私は思わず同意しそうになるが、少しでも可能性があればとハートラル伯爵夫妻が待つ応接間に向かうことにする。
少しぐらいは怒りをぶつけても良いだろうと思いながら。
それは私の姿を見るなり彼らがソファから勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げてきても。
「……で?」
何しろ、態度だけはどうとでもなるからだ。
「アイリスはもしかしたら修道院にいるかもしれません」
特に嘘まみれの貴族社会を生きていれば——と、私は彼らを睨む。
「大概の修道院は探しましたが……」
「この修道院には行きましたか?」
それはハートラル伯爵か地図を出してきたことで態度を更に強めも。
何しろ、彼が指さしたのは別の領地の修道院だったので。
しかも……
「ずいぶんと距離があるな。徒歩だと旅慣れた大人でも半日以上かかるじゃないか……」
つまりは貴族令嬢一人で行くのは無理だろうと。
誰かの馬車に乗せてもらわなければ。
そう思いながらも私は微かな望みを抱く。
「この修道院は家族で旅行をした際に立ち寄った場所なんです。その時にアイリスはここの修道女達と仲良くなり、その後は定期的に本人だけで手伝いに行くように……。ただ、二年前のことですが……」
ハートラル伯爵の背中に手を添えながらハートラル伯爵夫人が言ってきた言葉、そして一枚の写真を見せてきたらなおさら。
そこには修道女達と写る今よりも幼いアイリスがいたから。優し気な微笑みを見せた——と、 私は一刻を争う状況だったが、いつからこうなってしまったかを調べきれなかったので、つい尋ねてしまう。
「まだ、この頃は心から笑えてるみたいですね……。いつからですか? あなた達がアイリスに酷いことをしだしたのは?」
「五年程前からです……」
そして、ハートラル伯爵夫人の答えに私が留学して半年もしないうちだとわかり歯軋りも。手紙が来なかったのもきっと邪魔をしたのだと理解し——と、私は怒りのあまり怒鳴りそうになるのを堪える。
「そうですか……。もし、アイリスに何かあったら私は絶対にあなた方を許さない」
「……夫と共に覚悟をしています」
ハートラル伯爵夫人がそう言ってきても感情は収まることもなく。
それはまるで憑き物が落ちたような夫妻の顔を見たとしても——と、私は吐き捨てるように呟く。
「今更ですよ……」
それからシャルと共に応接室を出て行きも。
何しろ彼らの言動ではもう心が動かないからだ。中からすすり泣く声が聞こえてこようとも。
「反省してる様ですね。まあ、トラン様の言うように今更ですけど……」
「ああ、けれども可能性のある場所を教えてくれたのは感謝しないとな」
私はそう口にするとすぐに外出する準備を始める。
目指すべき聖アレッシス修道院に行くために。
一秒でも早く彼女の生存確認をしたかったので。
たとえ、二度と私に会いたくないと思われていても……
「これはこれは、遠くから良く来られましたね。それで御用とはなんでしょうか?」
「こちらにリリスか、アイリスという名の女性が来てはいませんか? 二年ほど前までここに手伝いに来ていた伯爵令嬢なのですが」
私はそう言いながらアイリスの特徴を伝えていくと、修道長はこちらを値踏みするように見てくる。
「彼女とはどの様なご関係ですか?」
そう尋ねてきながら。
そして、「私の大切な婚約者です」という言葉を聞くなり「……大切ですか?」と、棘を含んだような言葉を返してきも。
つまり、私をアイリスを裏切った者だと判断したのだろうと。
間違いなくアイリスも——と、私は修道長を真っ直ぐに見て頷く。
「ええ、大切な婚約者です。そして、これだけは神に誓って宣言しても良い。私はアイリスを裏切ってはいません。どうか彼女に説明をする機会を与えて頂けないでしょうか」
ただ、そう言っても修道長は首を横に振ってきたが。
「残念ですが彼女は去りましたよ。行き先を告げずにこの修道院からね。だから、お帰り下さい」
そう答えてきて——と、修道長はこちらに頭を下げるなりさっさと去っていく。
残され、ただただその場に立ち尽くすしかなかい私を置いて……




