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トラン・スペンド公爵令息side.
「従者と護衛を連れずに一人で来いか……」
私トラン・スペンドは、ハートラル伯爵家から来た手紙を読むなり、すぐさま握りつぶした。
なぜなら、私が発した言葉通りに手紙の内容が非常に不愉快な言葉使いで書かれていたから。
まあ、ただ、ハートラル伯爵が「貴族の立場を理解しているはずなのに」とは思ってはいないが。
何しろ、あそこはあの女のせいで既に一人を除いて皆がおかしくなっているのは周知の事実なので。
「なのに彼女がまだあそこに一人でいるなんて……」
ついそう呟いてしまうと、従者のシャルが口を開く。怒りを隠そうともせずに。
「これはスペンド公爵家に喧嘩を売ってるのですかね? それに、そもそも既に領地に王宮の執務をこなしているトラン様を一人にできるわけないではありませんか。全く、この者達は前からつくづく思っていましたが非常に不愉快ですね」
「だが、あそこには彼女がいるんだ。下手なことはできないだろう……」
「たしかにあの方はスペンド公爵夫人として相応しい方だと思いますが。ただ、残りは……」
「シャル、それ以上は言葉にしない方がいい」
「申し訳ありません。つい……」
「いや、わかっている。口に出すのはこれからの彼らの行動次第だと言いたかっただけだよ」
「なるほど。では、これから向こうに行かれるのですね?」
「ああ、手紙の内容は無視し、保険を持ってな。だから用意を頼む」
「わかりました」と、彼は頷くなりすぐに部屋を出て行く。
そして、私もすぐさま支度を。彼女の顔を思い出しながら。
何しろ、妙な胸騒ぎを感じたので。それは、ハートラル伯爵家の連中のことを考えれば考えるほどに。
だから「君に何もなければ良いのだが……」
そう呟くやくなり私は彼女の無事を祈りながら、ハートラル伯爵家に向かったが。
そして、到着するなり、不機嫌な態度でいるハートラル伯爵夫妻とルーカスに淡々と質問を。
「人を招待しておいてなぜその態度なのか教えて頂きたいのだが?」
内心、苛つきながら。
「……なぜ、一人で来なかったのですか?」
そう言って私の質問を無視し、敵視するように睨んでくるルーカスには特に——と、私は後ろに控える護衛に手を出すなとジェスチャーする。
頭の悪いルーカスに説明をして多少は理解できるか試したかったので。つまりは最後のチャンスを。
「私は王宮の執務も既に携わっているのだ。一人で来られるわけなかろう。それくらいもわからないのか? ハートラル伯爵令息」
もちろん期待はせずに。
「……ほお、そんな態度で良いのですか?」
何しろこいつが全く態度を改めず、更に挑発してくることは予期していたから。
「態度? 何が言いたい?」
そして、私がこうやって挑発に乗ることで、こいつが何に自信を持っているのかすぐ理解することもできるだろうと。
まあ、なんとなくだがわかってはいるが。
「ふう、仕方ない。入っておいで」
ルーカスがそう言ってリリスを部屋に入れてきたことで。
何しろ、若干腹が膨れている様に見えるその姿に色々と答え合わせできてしまったから。こいつらがこれから何をしようと考えているのかさえも——と、私はアイリスの心配をしてしまう。
こいつらはリリスをアイリスの代わりにしようとしているのだろうから。
更に甘い汁を吸おうとも。
そう確信していると、ハートラル伯爵が当たりとばかりに喧嘩腰の態度で言ってくる。
「せっかく、穏便に済まそうと思ったのですが、あなたの頭の固さには参りましたね。それで、この子のお腹を見て何か言うことはありませんか?」
つまりは責任をとれと。
こちらに非がないのに——と、私は無言で指を鳴らす。
扉の向こうで待機していたシャルを呼ぶため。
そして、彼が肩に担いだものをハートラル伯爵家の連中に見せるために。
予想通り連中の顔色が一気に変わるのを理解しながら。
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フランク・ハートラル伯爵 side.
目の前で信じられない事が起きていた。
それは、スペンド公爵令息の側近が私達の前に投げてきた人物の顔である。
「トラン様に瓜二つ……」
まさにリリスが言うようにそっくりだったのだ。
床に転がされている男の方が痩せてボロボロなだけで——と、私は頭の中が疑問だらけになりながらスペンド公爵令息の方を向く。
ただ、私が口を開く前に彼が答えてきたが。こちらを蔑んだ目で見つめてきながら。
「……そいつは私の双子の兄だった男でね。素行があまりにも悪く、何度も注意しても治らなかったので父が五年前に廃嫡にしたんだ」
「は、廃嫡……」
「ああ、だが、最近また悪さをしたらしくてね。それで二度と悪さをしないようにうちの牢屋に入れていたんだが、その時にこいつがある話をしてきてね。どこかの伯爵令嬢がある日、私と勘違いして誘ってきたと」
「じ、じゃあ、リリスは……」
「ふん、私がその女に拐かされるわけないだろうが。だが、当時、話を聞いた時は参ったよ。だが、お互いに黙っていようと約束していたらしいから私も黙っておく事にしたんだ。アイリスの将来のためにも」
スペンド公爵令息はそう言って、アイリスの部屋がある方を見つめる。
「で、でも、スペンド公爵家の血筋が入った子供が産まれるのですよ。ここは穏便に済ましませんか? きっとあなた様のご両親も喜びますし」
マーガレットがおずおずとそう言うなり、彼女を睨んだが。
「はっ、こいつは遊ぶことはできても子が作れないようにしてるんですよ、夫人」
それから、顔色が真っ青から真っ白になってしまう私達夫婦を交互に見て呆れた顔にも。
リリスが床に倒れている男をもの凄い形相で睨みながら蹴りだすまで。
「ふざけんなあああ! てめえ、偽ものかよ! おかげで公爵夫人になる計画が台無しよおおお!」
何しろ、リリスがそう叫んだところでスペンド公爵令息は違う恐ろしい形相で私達に詰め寄ってきたので。
「アイリスを呼んで下さい。彼女の為にずっと我慢していたがもう駄目だ。この頭のおかしい住人達のいる屋敷には置いておけない。連れて帰る」
できなければ無理矢理にでも——と、アイリスの元へと行こうとするスペンド公爵令息の前に慌てて私は立ち塞がる。
何しろ、アイリスの近況を知ってしまったら我々は文字通り終わってしまう可能性があったので。
それは命も含めて。
だから、絶対にアイリスの部屋には行かせるわけには——と、そう思っていたのだが……
スペンド公爵家の侍女が飛び込んできて「トラン様」と。
そしてスペンド公爵令息に耳打ちするなり、彼の表情がみるみる変わっていき……
「貴様ら本当に人か? いや、人の皮を被った悪魔だな。この件は国王陛下にも報告する。それと、貴様ら伯爵家の者達、総出でアイリスを探せ!」
つまりはバレてしまって——と、私は冷や汗を垂らしながらアイリスの部屋に駆け込む。
何処かに行きそうなヒントを見つけるために。
アイリスさえ見つかれば彼女にスペンド公爵令息の怒りを押さえ込むよう頼み込み、まだなんとかなると思ったので。
もしかしたら国王陛下に報告することも取り下げてもらえる可能性も。
ただ、部屋に入るなりその考えは消えてしまったが。
何しろ、驚くほどにアイリスの部屋は伯爵令嬢としてはあまりも簡素過ぎたので。それはここを出て行く時に持っていった服や靴などの数と比較しても。何しろ、購入したものはもっと、あったはずなので。
「アイリスには……」
そう呟いた直後、それはアイリスが幼かった日のことだったと思い出してしまうが。
つまりは最近、彼女には何も買わなくなっていた事も思い出してしまって——と、私は震える手で引き出しやドレッサーを開けていく。
スペンド公爵令息がプレゼントしたのであろう、アクセサリーやドレスがほとんど使われていない状態で入っているのを確認した直後、パーティーや社交界には体調不良と言ってよく休ませていたことを思い出しも。
そして、スペンド公爵令息が見舞いに来ても本人が会いたくないと言っていると嘘を吐き、追い返したのも。
私達の完全な嫌がらせで……
ただ、それを思い出した直後になぜ、ここまでアイリスを嫌っていたのだろうと首を傾げてしまったが。
今、思えばあんな酷い追い出し方も——と、リリスの怒り狂った叫び声が聞こえた直後、すぐに気づいてしまったが。
リリスが問題を起こした時の後始末が始まりだった事を。
何しろ、当時の私達は謝罪や話し合いなどでとてつもないストレスが溜まっており、それをリリスにぶつけても癇癪を起こしたり、上手くはぐらかされて余計にストレスが溜まるだけだったので。
リリスの嘘に騙されてアイリスを叱ったあの日までは……
もちろん、途中で嘘には気づいていたのだ。だけど、私達は日頃のストレスを発散したいがためにアイリスに無理矢理謝らせてしまって……
しかも、その姿がまるでリリスが謝っているように見え、更にそれを何度も繰り返しているうち、いつの間にかリリスの問題はアイリスの責任になっていって……
「つまりはアイリスは何も悪くないじゃないか……」と、答えに行き着くなり私は愕然としながらベッドに力なく腰をおろす。
その際、一枚の写真に強制的に目がいってしまいも。
何しろ、そこに写る私達は全員、心から笑っていたから。
私もマーガレットもルーカスもリリスも。
そして……
「アイリス」
私は写真の中で笑っているアイリスに触れようとして、手を止める。
彼女にしてきたことを思い出し、項垂れてしまいも。
何しろ、何も悪くないアイリスを屋敷から追い出した挙句に籍を抜いてしまったので。
スペンド公爵令息の言うようにまるで悪魔のように——と、自分がとんでもない事をしてしまった事にやっと気づいた私は、アイリスの部屋でただただ絶望し続けるのだった。




