第5話 神聖帝国での初日
「陛下……ここが……神聖帝国……」
16歳の少女らしい声で呟く。緊張と期待が入り混じり、胸が早鐘のように打つ。
「そうだ、リシェル。ここは聖遺物の力を安定させるための特別な場所だ」
レオンハルトは落ち着いた足取りで、彼女の横を歩く。金色の瞳は光を受けてさらに輝き、リシェルの胸に微かなざわめきを生む。
神聖帝国——その名にふさわしい厳格さと静けさが、空気に溶け込んでいる。
広大な庭園、荘厳な建物、そして静かに歩く神官たち。一般の者や王族の家族では立ち入ることのできない特別な領域だ。
リシェルは指輪を握りしめながら、胸の奥で緊張を押さえる。
「陛下……その……お若く見えます……でも、年齢は……?」
思わず口をついて出た問い。16歳の少女にとって、目の前の聖王はただ若く美しいだけではなく、時間と経験を背負った存在に思えた。
レオンハルトは微かに微笑む。
「君には不思議に映るだろう。私は、君が思う以上に年を重ねている」
その声には、重みと長い年月の経験が滲む。
「……年を……?」
リシェルの目が大きく見開かれる。
「聖力が強ければ、ある一定の年齢で若さを保つことができる。私の場合は非常に強力な聖力を持っているため、外見はほとんど変わらず、長く生き続けられる」
その言葉に、リシェルの胸は少しざわついた。若々しい金色の瞳、美しい顔立ち、長い髪——しかし、その奥にある重責と孤独を、指輪を通して少しだけ感じ取ることができる。
「だからこそ、私は君を守り続けられる」
レオンハルトの言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
指輪の光が微かに揺れ、リシェルの胸の奥に温かさと不安が混ざる。
門をくぐると、神聖帝国の広大な庭園が視界に広がる。
修練と祈りを捧げる神官たちが静かに歩き、リシェルは息を呑む。
「ここが……陛下のお住まい……」
16歳の少女にとって、見慣れない光景と威厳に圧倒される瞬間だった。
「まずは君の生活空間を整えよう」
レオンハルトは微笑みながら、建物の中へと案内する。
静かな廊下に差し込む光、石造りの壁に反射する光、そして微かに漂う香りが、神聖な空気を強調する。
「陛下……わたし、少し緊張しています……」
小さな声に、指輪が柔らかく光を返す。
その光が、初めての共同生活の不安を少しだけ和らげる。
「恐れることはない、リシェル。君がここで過ごす時間は、私と共にある」
レオンハルトの声には、静かだが力強い安心感があった。
リシェルは少しほっとして、微かに笑みを浮かべる。
胸の奥のざわめきが落ち着き、指輪の光が二人の心を静かに繋ぐ。
「陛下……それにしても、わたし……陛下のこと、まだ理解しきれないです……」
リシェルの目に、不安と好奇心が入り混じる。
「当然だ。私の年齢も、私の力も、普通の人間には理解しきれないものだろう」
レオンハルトは淡々とした口調だが、微かに微笑む。その笑みに、リシェルは胸が熱くなる。
建物の中に入ると、まずは彼女の居室が用意されていた。
「君の部屋はここだ。必要なものは全て揃えてある」
壁には静かな光を放つランプが並び、窓からは広大な庭園が一望できる。
「……陛下……わたし、ここで……」
言葉が詰まる。16歳の少女にとって、初めての環境、初めての生活。
その胸に、不安と期待が交錯する。
「ここで君は学び、修練を積むことになる。聖遺物の力は日々の生活と共に安定する。無理はさせないが、少しずつ力を理解していくのだ」
レオンハルトの声が静かに響く。
指輪が微かに光り、リシェルの胸の奥に温かさと安心感を届ける。
――この指輪を通して、陛下と心を通わせることができるのだ。
孤独、痛み、喜び——すべてを共有できる存在がそばにいることを、リシェルは初めて強く実感した。
「陛下……わたし……頑張ります」
小さく頷き、胸の奥で決意を固める。
レオンハルトは微かに微笑み、静かに頷く。
「よし、まずは少し休め。明日から本格的な生活が始まる」
その夜、リシェルは自分の部屋で指輪を握りしめながら眠りについた。
胸の奥には不安もあったが、同時に温かさもあった。
――聖王レオンハルトと共に過ごす日々が、今ここから始まる。
孤独も、痛みも、喜びも。すべてを分かち合う共同生活が、静かに幕を開けたのだった。




