第3話 聖王の孤独
舞踏会の華やぎは遠くに消え、王宮の控室には静寂だけが漂っていた。
リシェルは椅子に腰かけ、まだ指先に淡く残る指輪の温もりを確かめる。胸の奥に、微かにざわつく感覚が残っていた。
「……陛下、この光は……わたしが持ち主だからでしょうか……?」
声は小さく震える。敬語を使いながらも、緊張で胸が高鳴る。
レオンハルトは静かに頷き、指輪の光を見つめる。
「そうだ。君に宿ったからこそ、力は発動した。だが、完全に制御できるわけではない」
控室の隅で、アランが黙って妹を見守る。
「リシェル……大丈夫か……」
強がってはいるが、声には深い心配がにじむ。
リシェルは小さく頭を下げる。
「お兄様、静かにしてください……陛下がお話し中です」
レオンハルトはゆっくりとリシェルの方へ近づき、その金の瞳は深く、どこか寂しさを帯びていた。
「君を守るために言う。聖遺物が発動した以上、君を王都に留めておくことはできない」
リシェルの胸がきゅっと締めつけられる。
神聖帝国――遠く、聖遺物の故郷でしか、力を安定させることはできない。
家族やお兄様とも離れ、見知らぬ土地で暮らすことになる現実を、ようやく実感した。
「……わたしが……神聖帝国に行くのですね……」
震える声で言う。胸の奥に、熱く重いものが押し寄せる。
「恐れることはない。私がそばにいる」
レオンハルトの声は低く、穏やかだが、どこか重みを帯びていた。
「君が苦しめば、私も痛む。喜べば、私も温かさを感じる。聖遺物は、持ち主と私を繋ぐ」
その瞬間、リシェルの胸に鋭い感覚が走った。
――胸の奥に、誰かの孤独が流れ込む。
自分のものではないのに、確かに胸を締めつける、冷たく重い孤独。
広く静かな宮殿の中、誰も寄せつけず孤高に立つ、聖王レオンハルトの孤独。
「……陛下……これ……陛下の孤独……?」
思わず口に出す。息が詰まるほどの重み。指輪の光は微かに揺れ、胸の奥の痛みを映しているようだった。
レオンハルトの瞳がわずかに揺れる。
「……感じたのか」
低く静かな声に、驚きとわずかな諦めが混ざる。
「王として、常に孤独である者の痛みを、君まで感じ取ってしまったか」
リシェルは顔を上げ、胸が熱くなるのを感じた。
孤独――王として生きる者が背負う、逃れられぬもの。
けれど、それを自分が少しだけ理解できたと思った瞬間、胸の奥に温かさも混ざる。
アランがそっと妹の肩に手を置く。
「リシェル、大丈夫か……?」
「はい……お兄様、わたし……大丈夫です」
指輪の光は、二人の間に微かに揺らぎ、リシェルの胸に残る痛みを柔らげるようだった。
レオンハルトはゆっくりと頷き、ほんのわずかに微笑む。
「……君がそう思うなら、私も少しは救われたかもしれない」
孤独を知られた王の表情は、初めて人としての柔らかさを見せた瞬間だった。
リシェルは胸の奥で、決意と不安が入り混じるのを感じる。
――これから神聖帝国へ行き、レオンハルトと共に生きる。
孤独を共有することの重さも、ほんの少しだけ理解した。
控室の空気は静かで、それでも少しだけ、温かさを帯びていた。
二人の心が、光を通して初めて静かに触れ合った証だった。




